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転生者選定NO.  作者: 鈴明明書房
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勇者の剣として

ベッドで仰向けとなっている一加。その体を毛布の代わりに覆っているエクバ。今は短い口づけを終え、見つめあっている。


「・・・・・・エクバ。」


 頬を赤めて上目使いの一加。今度は長い口づけそして心と体は2人だけの世界に入っていた。


 


 眠っている一加を見つめるエクバ。ともに一糸まとわない自分の身体と一加の身体を見比べて思う。隣にいるのは戦士とは程遠い体と心を持った女だと。


 自分ともミニアドとも異なる男性を魅了するスタイル。きれいな黒色の髪はボブカット、吸い込むような瞳に唇。女の自分から見ても一加は美人だ。


 戦士としてはその体つきを不安に思うが、女性としてはそのスタイルを正直羨ましく思う。この世界に来たとき、場違いな視線を送っていた者を一喝したが、それ自体はやむえないとも思う。

 

 何をしてきたら、こんなスタイルになるのか、異世界の技術、知識、体質なのか、今度教えてもらいたいとも思う。普段なら気にも留めていない、出ているところがなにもないこの体。だがこの体と一加の体を並ばせると、否応に比べられてしまう。ほんの少しだけ嫉妬したりもする。だから、彼女をからかうときは若干の腹いせを込めて、この胸を力強く握ったり、はじいたりしている。その反応を見るのも楽しいんだが。


 エクバに対して暴力的な体に比べてその心は大人しい。この世界に来たせいもあるのだろうが、押しに弱く、自己主張も少ない。勇者に相応しい優しさと芯の強さ、責任感もあるが、それで無理や苦悩している姿をよく見るし、勇者としての立場から弱音や泣き言も人前では言えないでいる。一緒に寝るようになってやっと、エクバには弱音、悩みを吐くようになった。


 今日も、立ち寄った町からの頼みで3日間帰ってこない住民を探しにいったが、すでに魔物の犠牲となっていた。このことを住民の家族の1人から「もっと早く来てくれれば。」と理不尽な怒りをぶつけられ、落ち込みふさぎ込んでいた。エクバもミニアドもこの世界の残酷さや、非情さを知っている。だがこの世界に来たばかりの、しかも争いとはほど遠い生活をしていた一加にこの現実は厳しいものだった。


 その傷を癒すためにエクバは一加を体で心で包み込んでいた。自分はこの体と心にあと何回触れ会うのか、触れ合えるのか。それは誰にも分らない。


 


 エクバは『勇者の剣』の役割を王国より命じられている。文字通り、剣として敵対するものを振り払う役目、まだ発展途上の勇者一加の身を守る役目である。一加もこのことを知っているが、それを抜きにしてもエクバを頼りにして、信頼していた。


 だが一加の知らされていない役目もある。


『勇者の剣』としての裏の役割。争いとは遠い世界にいた一加、その彼女が抱く恐怖や不安を和らげる、取り除く、振り払うこと。


 その手段の1つが今しがたまで行ってたことだ。人肌から伝わる優しさ、温かさを伝えるためエクバは一加を抱いている。勇者は女であるが、ある理由で勇者に男性を与えることはできない。だから、戦場で隣で並び立つ戦士であり、王国所属の女性で一番の将来性をもっていたエクバがその役割を持つことになった。


 その役割は一加が来て1週間後に実践することとなった。王国周囲での初めての実戦を終えた日、危険な場面や大きい負傷などはなかったが、実戦そのものと魔物ではあるが生物を殺したことが彼女を憔悴させていた。これからのことも想像ができて不安になっていたのもあるだろう。


 実戦を終えた夜、一加の様子を確認しにきたエクバ。一加はベットの上で、毛布を頭からかぶり膝を抱え震えていた。エクバの顔を見てつくり笑顔を見せる一加、その一加の隣に座り少し会話をする。最初は相槌ながら答えていた一加。話していると不安から涙を流すもあくまで笑顔をエクバに見せていた。そして、エクバは彼女を抱き寄せる。

 

 最初こそ驚き、彼氏の存在がある故、頑なに抵抗してきた一加。彼氏への裏切りにはならない。一加の心を軽くするためだからとエクバは言葉巧みに懐柔し、最後は強引に一加を横たわらせた。ベッドで横たわらせたとき、一加はもう心折れていた。


 それ以降、一加が心塞ぎそうなとき、エクバは部屋を訪れてきた。一加はこれもエクバの役割なのだろうと、受け入れていた。


 


 魔王が現れたと噂され、世界は揺れ動いたと言われたらそうでもない、一般人はせいぜい魔物が増えたくらいの認識で終わっており、なにも変わらない日常を送っていた。だが月円王国を含む五大王国の上層部は過去の経歴からこれを重要に受け止め、対策に乗り出した。その内容は情報の収集、五大王国以外との国との各種連携、魔主教団の動向把握、魔物退治、戦力の増強、多岐にわたった。


 勇者に対してそれぞれ役割のある5大王国。月円王国は勇者召喚の他にも『勇者の剣』と『勇者の指針』の育成任務が当たっていた。勇者と長く共に歩む存在の育成を。

 

 一加が来る3年前、エクバは『勇者の剣』としての役割を与えられたとき、だれよりも驚いた。一般家庭から王国に務めて2年経っていたが、特段目立つ経歴もなく、女性兵士の中でも格上はいた。


 彼女はそこから、剣として王国精鋭の兵士たちに鍛えられる。そこで女性兵士の中では1番の才能を持っていることを知らされるも、2年の勤務でヒイヒイで魔物退治が精いっぱいの自分には信じられずにいた。だが、半年後には女性兵士で最も強くなったため、自分でも驚きだった。

 次は命令で王国内の娼婦館で裏の方の技術を学び、実践、経験をつんだ。ちなみにここでエクバ本人、王国も想像していなかった才能を発揮することになる。


 3年間の訓練で、『勇者の剣』として自負を持てるなったエクバ。あとは勇者がどんな人物なのかが気になっていた。勇者が来てから『勇者の剣』としての本番。今より更なる高みへ行かなければならない。だが勇者となら、行ける予感があった。


 そんなとき、王を始めとした王国幹部からあることを伝えられる。一加が考えもしないエクバの役割。


 『勇者の背中に突き立てられた剣』としての役割。


 勇者を魔王の元へ、戦地へ進ませる、それも自らの意志で進めるように。勇者の隣で戦うのも、精神、心のケアもこの役割を担う。


 共に行動し、戦い、体を重ね合い、信頼関係を作り、勇者にとってエクバを必要不可欠の存在とする。依存関係でもいい。エクバを失いたくない、守りたい、そう思うように向ける。そうなれば勇者は、エクバを守るために戦う。それこそ勇敢に積極的に全身全霊を込めて戦う。


 誰かを守る意志は力になる、それをも利用するために。


 魔王を退治するために、退くな、止まるな、留まるな、前へ、前へ。


 この人の関係、思い、感情まで利用することに対して、エクバは正義感、良心から声をあげる。だが「世界を救うために」と、この世界の一住人としてと王自らが頭を下げた。ただの兵士だった彼女もその王の覚悟、決意に応えることを決めた。



「モモ君・・・・・。」


 寝言で恋人の名を口に出した勇者の安らいだ顔に目をやる。


 自分は一加を癒しているようで、戦いに誘導している。一加を騙していることにも罪悪感も感じる。じゃあ真実を話すかと言われたら考えてしまう。既に自分は一加の心を支えている実感がある。今自分のことを伝えると一加はどうなるのかなんて火を見るよりも明らかだ。

 

 心折れてしまう。


 それでも世間は一加を戦わせようとするし、一加ならそれに応えようとする。だがこんな状態では、たとえ勇者でもすぐに死んでしまう。そして、死んだ勇者に世間が非寛容なのも想像がつく。世界の非情さをしるからこそ、容易に想像できてしまう。こっちの都合で来てもらったのに、それじゃああんまりだ。だから、このことは言えない。エクバも戦場へ向けるためじゃなく、彼女の心を癒していることのみを考える。一加を心配するには役割じゃない、本心だからだ。


 それに自分も彼女に癒されているのかもしれない。一加自身意識しているのかわからないが、彼女といると心が安らいでいる。これらもあるから一加は勇者なんだろう。そんな一加を彼女にもっている彼氏モモ君とやらは幸せもんだ。早く再会させてあげたいと心の底から思う。


(だから少しの間だけ許してね。)


 勇者の髪に触れながら、エクバは出会うことのない勇者の恋人に心の中で謝る。




 恋人が女と体を重ねている。その状況を観られているなんて恋人もその相手も思いもしないだろう。

ではその状況を覗き見ている自分はどう思うべきなんだろうか。


 裏切者?浮気もの?俺もまぜて?


 初めて一加とその仲間エクバが体を重ねたとき、唖然として見ていた。魅入ってしまった。その日一加は見るからに憔悴していた。憔悴した理由は一加の部屋に来たエクバとの会話で判明した。命がけの実践に魔物と呼ばれる生物を殺したからのようだ。  


 一加だって蚊を叩き潰したりはしている。だがそれに罪悪感を感じる人はどれだけいるだろうか。

 では犬や猫は?彼女はそんなことできやしない。百次と一加の生きてきた世界では大抵の人がそうだ。 

では魔物と呼ばれる人々に害する生物は?一加を呼び寄せた世界の人は自分が生きるために殺す。そういうものだとこの世界の人は幼少期より教えられ、または無意識のうちに考えている。でも異世界の住人の勇者一加は違う。それが彼女の精神に心に重くのしかかったのだ。


 その彼女を慰めるため、癒すためエクバはいるのだろうう。抵抗する一加を篭絡するエクバの言葉の中に「軽くするため」があった。その言葉には本心を感じられた。一加を心配してくれているのは本当なんだろう。


 俺とは違い一加の隣にいるエクバだからできる。ちょっと前までそこにいたのは俺なのに。


 これは嫉妬なのか。無力感からの絶望からなのか。確かにちょっと前まで彼女を抱いていたのは自分だった。


 怒りまかせに2人に届かない非難はできる。だが、


 自分が転生するために死者を選定している男 南場百次


 異世界を救うために命がけの戦いをしている女 九十九一加


 今までとそんなに変化のない生活を送る自分と文化環境すべてが変化した生活を送る彼女、どっちが大変だ。向かう先は異世界転生、ゆくゆくは生死もわからぬ魔王との闘い、どっちが精神的負担が多い。


 後者だろう。百次だってそう判断する。選定は選定で大変だと言いたいが、一加と比べるとましだと思う。(死んでいるという事実は置いとくが)


 それに一加は百次の死を知らない。だから百次に会うため、家族の元に戻るため、元の世界に帰るために異世界で戦っている。仲間との会話に自分の名が度々でてくることもあるから、その考えは間違ってないし、そのことは嬉しい。


 結局、一加に新しい彼氏ができるまでは現状維持。それだけを自分ルールとして決めた。


 一加の相手をする女性、『勇者の剣』エクバは眠っている一加の髪に触れている。


 でているところが見当たらない一加より小さい背丈。筋肉隆々ではないが、一加より引き締まって戦士ということを感じさせる肉付き。レモン色のツインテール、ぱっちりとした目、童顔。一加とは異なる可愛さがある。


 エクバの一連の行動からは言葉通り、一加を慰める、癒すためにしているのが見える。それと同時に自分をのためにしている部分も見える。戦場に立つ故の負担があるからだろうし、相手が一加だからだろう。


 ただ、胸の大きさには嫉妬しているようで、一加の胸を執拗に攻め立てているが分かる。嫉妬はしなかったが、攻め立てたい気持ちは分かる。


 自分は一加に触れられない。それは言葉にできないなにかになっていた。


 一加の無事を祈る、できる協力はしたい。


 そう思いながら、今日も百次は一加とエクバのベットシーンをフォルダに保存していた。




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