勇者一行とギユ3
一加は活気であふれた街をあてもなく歩く。活動が確認されていないとはいえ、魔王の存在など誰も気に留めていないのだろう。すれ違う親子、夫婦、兄弟、仲良しグループ、カップルは笑顔であふれてた。
「家族を心配するのは普通だと思います。」
自分の言葉が重い。アフィーナさんの思いはわかる。分かっているつもりだ。ギユをこの旅に同行させるのは危険すぎる。勇者の自分がいるから大丈夫と気軽に言えない。
エクバやミニアドは自分と同じ使命を持っており、自分と歩む仲間。2人の家族の顔が脳裏に浮かぶ。泣きながら手を握っていたミニアドの母。全力で抱き合っていたエクバの母。ミニアドの父は既に亡くなっていたが、エクバの父は「足を引っ張るようならすぐ解雇してください。」と笑って言い、エクバに突っ込まれていた。そのあと「娘をお願いします。」と深々に頭を下げた。
元の世界でも家族が自分のことを心配しているのだろう。デート中に行方不明になったんだから、百次を責めているのかもしれない。この世界に来る直前、彼と手を組んでいたんだから、一番驚いているのは彼なんだろうけど。あの手の大きさと温かさはまだ手に残っている。今は、自分を探しているのだろうか。それとも探すのはもうあきらめて、別の女性と付き合ってるかもしれない。
勇者になんか選ばれたくなかった。元の世界で、この世界のことを知らずに生活していたかった。今すぐ帰りたい。
この思いが尽きない。だが口にすることはできない。この世界のことを知ってしまった以上、放置することもできない。
「つめた!」
左頬になにか冷たい物があたり、思考が止まる。
「お嬢ちゃん。考え事しながら歩くと危険だよ。」
背後からエクバが冷たい飲み物を一加の頬に当てていたのだ。
「エクバ・・・・・。」
「そこの公園で休もう。」
2人は公園のベンチへ腰かける。
「どこでも公園はにぎやかねえ。」
「そうね。・・・・・」
賑やかな公園で1人だけ空気の違う一加。エクバは気分転換になればと思ったが、無理なのようだ。自分やギユと異なり、根がまじめな一加は目の前の問題をスルーできる性格ではない。
「ギユどうする?連れてく?ここで別れる?」
「私は・・・・・・。」
「ごめん、まだ悩んでいるね。」
「うん。・・・・・・・・・・ねえ。エクバはどっちがいいと思う?」
「私?うーん。」
エクバは飲み物を飲みながら考える。
「うん。本人の意志にもよるけど、私は連れていってもいいと思うよ。だって私とミニアドの2人だけのときよりイチカの表情は明るいもん。」
ギユの明るさがイチカの笑顔を生み出している。これは事実だ。またギユの言った「気楽に行こう。」の言葉はイチカをいい方向へ進ませた。少しだけ悔しい部分はあるが、あの性格は天性のものなんだろう。夜なら負けてないし。
「でも、死んだら・・・・・。」
「だから、本人次第でしょう。私やミニアドもその覚悟はあるよ。」
戦って死ぬこともあり得る。いざとなったら、イチカの盾になる覚悟もある。無論、簡単に死ぬつもりはない。そのための今なんだから。
「そんなこと言わないで・・・・・・。」
一加は俯く。自分のために誰かが死ぬ。一加はこの重責に耐えれないことが、先日のネネラの件ではっきりした。その心の負担を減らすためにギユはいたほうがいい。だが、ギユが魔王との闘いについていけず、真っ先に死ぬ可能性が高い。どっちをとるかだ。
「そう言う分けにはいかないよ。この旅からこのことは切り離せない。過去の勇者に付きまとった事実なんだから。」
一加の頬をなでながらエクバは答える。勇者と仲間の死別。どの勇者も通った避けられない道。厳しいけど一加はこのことを受け止める必要がある。
「私たちが例外1号になりたいけどね。」
口では言うが、現実は厳しい。
娼館をでたミニアドは2人を探しだす。
「たぶん公園ね。」
公園へ向かって歩きながら一加とギユのことを考える。一加には死を身近なものだともっと自覚してもらう必要がある。今後、どこかで一加の仲間が死ぬ。そんなことが起きないと言い切れないし、過去の歴史が物語っている。
ギユの必要性はさっき言ったとおりだ。そして、アフィーナには言わなかったことがある。勇者の指針として合理的に、いや、冷酷に。とことん冷酷に考えるなら、ギユにもできる役割がある。
一加に仲間の死を体験、それへの耐性を身につける必要がある以上、誰かの死は避けられない。
現状だとギユになる可能性が一番高い。ギユが死んだ場合、戦力の減少は最小である。そして、その死を持って、イチカには死への耐性をつけてもらう。
役割がある自分たちはそう簡単に死ぬわけにはいかない。生き残る優先順位は 勇者 役割持ち、他の仲間。それは王国からも厳命されている。少なくとも役割持ちの誰か1人は一加を魔王との最終決戦まで駒を進めなければならない。現状役目のあるのは自分とエクバのみだが、この先の旅路で役割持ちがいるのも知っている。少なくともその者たちと合流するまで、自分たちがリタイアするのは避けなければならない。
それに死への耐性をつけるなら早いほうがいい。魔王との闘いが本格化すれば、自分たちもその機会が訪れだけではなく、連続で起きるかも知れない。その状況にイチカは耐えれない、限界が必ず来る。それも阻止しないといけない。
だから、ギユには・・・・・・・・・・・・・・・。
ミニアドは考えるのを辞めた。ギユを見つけたからだ。ギユは悩んだ顔のままこちらに向かってくる。さらに公園には予想通り、イチカとエクバがいた。公園のベンチに座っているあの後ろ姿は間違いない。
ギユがこちらに気づく。
自分はそこまで非情になれない。死の耐性は自分も含めた誰かの命でつけてもらおう。エクバもこのことは感づいているはずだ。だから自分が死んでも問題はない。死ぬ気もないが。
・・・・・ギユは魔王と関関係ないところで、うっかり死にそうなのが怖い。
「イチカはどう考えているの。思っていることを教えてよ。」
「ギユは・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「ギユは?」
「私のことを知っても、勇者として見ていない。」
エクバやミニアドは自分に対しての役割がある以上仕方ないとして、自分の素性を知った人は皆、勇者として自分を扱っている。王国勤めの人でも、ネネラのいた村でも変わらなかった。それも仕方のないことかもしれない。
でもギユは違った。お金がからむ会話でこそ勇者の力を期待している発言はあるが、基本的には普通の人として自分を扱っている。
それこそ、ギユの姉妹、家族と同じような感じでだ。猫のように自分に甘え、セクハラをしてくる冒険者にぶち切れ、エクバと一緒に自分の胸を跳ね上げてくる。そして、ミニアドに杖で叩かれる。
「普通の人として接触してくれるから、気が楽になる。」
エクバはこの言葉を聞いて内心反省する。結局、自分たちはイチカを勇者としてしか見ていない。なんだかんだ勇者として魔王と戦わせることを基本として考えている。それだけでも彼女には負担だったのだ。ただの女性としてイチカを扱った記憶がない。
「あ。エクバやミニアドはそれが役割だから、気にしていないよ。」
嘘だ。エクバはそう判断した。彼女の性格からして間違いない。自分たちが役目を持っているのを知っているから、責めるつもりがないんだろう。
「ギユの明るさは素直に楽しい。」
「うん。」
「だから、ギユには死んでほしくない。きっとあの孤児院でもムードメーカーだったと思う。もちろん2人にも死んでほしくない。」
「うん。」
「私・・・・・。ギユも2人も守れる自信がない。」
「うん。」
「それに・・・・・。」
晴れ晴れとした空を見上げる一加。エクバも空を見上げる。一加のいた世界とほとんど変わらない空。違うのはどんな悪天候でも雲のかかることない青い道がこの空にはある。天青道と呼ばれ、かつて勇者と魔王の戦いでできたものだ。
一加はこの道筋を見るたび、自分もこの規模のことができるようになるのか不安になる。一加の目線が天青道に向いてることに気付くエクバ。
「あれができたら、ギユも普通の人として見てくれないと思うの。勇者としてはそっちのほうがいいと思うけど。」
できないと世界は救えない、できたらできたでもう人間ではない気がする。そんなふうになった自分を
ギユが変わらず接してくれるのかわからない。無理だと思ってしまう。それが嫌だ。普通の人として扱ってほしい。勇者としてではない、唯の一加としてのわがままだ。
「だから、ここで別れるしかないと思う。死ぬかもしれないけど、付いてきてなんて言えない。」
「・・・・・・・・。」
「ねえ。イチカ。」
「なに。」
「勇者としてでなくてさ。イチカとしてはどうなの?」
「それは・・・・・。」
「いいよ。思ったままのことを言って。」
仲間、友としていてほしい。でも死んだら嫌だ。勇者として見てほしくない。でも勇者にならないといけない。無責任だけどついてきてほしい。
「ギユには・・・・・・・私のわがままでいてほしい。エクバもミニアドも一緒にいてほしい。勇者の仲間としてだけじゃなくて。」
切実な表情だった。
思えばイチカの願いやわがままは聞いたことがない。元の世界に帰りたいことは言うが、あくまで魔王を倒してからと、勇者としての役割までは捨てていない。弱音は吐くようになったが、まだまだ自分の思いを抑えていると思う。
「イチ」
「ねえーさん。私はついていくですうううううううううううううううううううう。」
ベンチの後ろからギユがイチカを一旦飛び越え、すぐさま振り返り、イチカに抱き着いた。イチカも驚きでいっぱいになる。そして、ギユとは対照的に普段通りミニアドも現れる。ミニアドはギユの口を押えながら2人の後ろで会話を聞いていたのだ。
「私も付いていくですう。私も姉さんたちと旅がしたいんですう。」
「ギユ・・・・。」
ギユは泣きながら叫ぶ。異常な状況に周囲の視線を注目させるが、ミニアドが冷静に対処している。
「私も強くもなるですううう。一緒に戦うですうううう。いずれ魔王の顔に爪を引っ立ててやるですううう。」
抱きつくギユの頭に優しく手を添える一加。一加としてではなく勇者として、ギユを心配していた。
「いいの?死ぬかもしれないのよ?」
「それは姉さん、姐さん、姉貴も一緒ですう。」
「なんで私たちなの?」
「私もいっぱい、いっぴあい、いろんなところが見たいんですう。それに私を必要としてくれたのは姉さんたちが初めてなんですう。」
冒険者約2年のギユ。色々とトラブルが起きるせいでチームを組むことはなく、臨時で雇われることがたまにあるくらい。基本的には1人でクエストをこなしていた。
「そう。」
「いいの?いざとなったら、イチカを守る盾にするかもよ。ミニアドが。」
エクバの言葉にミニアドがムッとする。実際その考えがなかったわけではないので反論はしないでいるが。
「そのときはそのときですう。姉貴。姉さんが世界を救わなきゃ、私の家族だって危険ですううう。それくらい私にだって分かります。私だって家族を守るためなら、命がけですうううう。危険なのは分かってますうう。」
「そう。」
「それでも、私は一緒に行きたいんですう。姉さんたちと行きたいんですうう。」
「・・・・ありがとう。」
一加は涙を流しながら、感謝の気持ちを述べた。自分のわががまに答えてくれたことに、一緒に歩んでくれることに。
勇者一行に新たな仲間が加わった瞬間だった。
数時間後、2人はアフィーナに決意を述べ、
「お母さんたちに会ったらよろしく伝えといてね。」
とアフィーナはギユの旅立ちを見送った。
「あ、あああ。行くな。行くな。待て、待て。」
百次はパソコン画面を凝視している。パソコン画面はギユに抱き着かれている一加を映しているが、決してギユの参加を否定しているわけではない。
百次は珍しく一加に注目していない。いや、見ているには見ているが、彼は一加たちを見ている群衆の1人に届かない声をかけているのだ。
「もっと見ろ。見てろって。」
その者の名は武五。
百次が選定した転生者。元の世界で高名な武人であり、強さを求めた一加のために転生させた人物だ。一加の勇者としての特性か、百次の願いがこの世界に届いたのか、一加と武五が街の公園で出くわした。
百次はこれはと期待を大きくしていたのだ。この老師が仲間になれば、一加を鍛えてくれるし、純粋な戦力になる。
だが結果は
「青春だのお」
と一加たちのやりとりを見て、老師はまた歩きだしてしまったのだ。もちろん一加たちはそれどころではない。百次は肩をガクッと落とす。
「ペットの猫より老師の方が役に立つのに。絶対に・・・・・・・・。はあ。」
机にうつ伏せて百次は愚痴る。
老師も一加もあずかり知らぬ場所で、百次が騒ぎ立てただけで終わった。そしてその様子を見ていたウリアルの笑い声だけが空間に響いていた。




