勇者旅立つ
部屋の片隅のいる女性はベットの上で両足を抱き寄せうつむている。カーテンの隙間から入る光。外は快晴だ。その光は優しく彼女を包むが、一層心の影を濃くしている。
彼女は緊張、不安、プレッシャーに押しつぶれそうだった。数分後、数時間後、明日、1週間後、半月後、1か月後、半年後、1年後、これから先、彼女に安寧が来る保証がない。そして、ここでとどまることを誰も許してくれない。無論、自分でもそのようなことを許せないが。
トントン!
ノックの音は彼女の耳に届いているが、彼女の顔は上がらない。
「入るわね。」
彼女への来訪者は返事を待たずに入ってくる。ドアを開け部屋に入ってきたのは気心の知れた相手だった。来訪者が入ってきても彼女の顔は上がらない。
「怖い?」
来訪者は彼女の肩に手を乗せ心配そうにする。
「・・・・・・・うん。」
絞りでた声と同じく彼女の体は震えている。
「そう。」
彼女のこれからを知る来訪者も表情が浮かばない。
「辞めたい?」
「うん。」
「そう。」
彼女の本心を責めることはできない。
「・・・・・・でも。・・・・・・・頑張ってみる。ううん。やり遂げる。」
本心では固まっていた決意を再確認し、彼女はやっと頭をあげた。その目元が少し腫れていることに来訪者は気づく。彼女はもう人前で自分のために泣くことが許されない。これからは周りのためにしかな泣けない。
「私がやらなきゃならないんでしょ。」
彼女は立ち上がり、窓から外を見る。快晴の空を小鳥が気持ちよさそうに飛んでいる。カーテンを揺らしていた風も心地よい。彼女は最後になるかも知れない平穏を感じながら来訪者へ振り替えり、笑顔を見せる。
「なんたって。勇者なんだからね。」
光が注ぐ勇者の笑顔に来訪者は複雑な表情となり勇者の名を口にする。
「・・・・一加。」
九十九一加。日本人女性としては平均的な身長。男性を魅了する体形。黒髪ショートボブ。少し幼さの残る顔。
彼女は勇者。勇者になってしまった女性。勇者にとして選ばれてしまった女性。
自分の生まれ育った地から遠い遠いこの地で。いやもしかしたら、近いのかもしれない。彼女は生まれた地から今の場所へ一瞬で来たのだ。日本からこの地へ。世界を超えて、空間を超えて、異世界へ。
彼女は2週間前のことを思い出す。この世界アルトリウスに呼ばれた日を。
あの日、一加は彼氏とのデートを楽しんでいた。夕食を終え店を出た後、一人暮らしをしている彼氏の自宅に向かうことになった。彼氏と手をつないで1歩目を踏み込んだところ、一加の周囲は昼間になった。
「え。・・・・・・・・・」
目前を通っていた歩道に車道、行きかう人々も車もない。背後を振り返るもお店の入り口もない。何より、右手に握っていた彼氏の手もなくなっていた。周囲を見渡しても彼氏はいない。
代わりに目に映ったのは自分の四方を囲むフードを被った老人4名。足元には自分を中心とした謎の模様の書かれた円。その円は僅かながら光を発している。さらに周囲を見るとここは城の中庭のようだ。無論彼女は城に入ったことはないので想像だが。
「成功です。」
一加の目の前にいたフードの1人が振り返り、その奥で一加を注視している男性陣に声をかける。その言葉を聞いた男性陣は
「おおし。」
「よかった。」
「これで救われる。」
様々な歓喜をあげた。
一加はこの歓喜に驚いた後、自分が想像できない状況にいることをようやく察して恐ろしくなっていた。
「ごめんねえ。いろいろと驚かしちゃって。」
「はっい。」
後ろから声を駆けられ、ビックとし、恐る恐る一加は振り返る。一加の背後には自分より小さい女の子と長身の女性が並んでいた。
「あ、私、エクバ・リーカス。月円王国の剣士。よろしくねー。」
レモン色のツインテール、ぱっちりとした金目、へそ出しの赤い鎧を装備している女の子は明るい笑顔を見せて右手を差し出してくる。
「あ、よろしくお願いします。九十九一加です。」
一加は明るい笑顔につられて握手をするが顔は困惑していた。混乱しており、「よろしくお願いします。」の使い方があってるのかな、なんてことも考えてしまう。
「私はミニアド・ロンゴと申し上げます。」
ブロンドのポニーテール、碧い釣り目肩出し青色ローブ。ハイヒールが大人雰囲気を醸し出す女性が丁寧にお辞儀をする。
「はじめまして。」
恐る恐る頭を下げる一加。そんな一加に対してミニアドは優しい眼差しを送る。
「突然の状況に理解できないでしょうが 私たちは危害を加えるつもりはありません。まず、状況を説明いたしますのでこちらへお願いします。」
ミニアドの表情を信じて一加は少しだけ警戒心を解く。それを察したのか、男性陣の中央にいた壮年の男性が頷き、ミニアドも頷く。上司なんだろうか、一加はそう思うも質問できずにいる。それよりも聞きたいことはいっぱいある。
「じゃあー行こうか。イチカ!付いてきて。」
頭の後ろで手を組んで歩き出すエクバ。フンフン♪鼻歌交じりだ。
「エクバについて行ってください。」
「あ、はい。」
ミニアドに言われ、エクバの後をついて歩き出し、男性陣の横を通り過ぎていく。男性陣の一加への視線は期待、疑念、好奇心と様々であり、中には獲物を見る目、胸を凝視してくるのもあった。
「じろじろ見ないでよ。見世物じゃないし、可哀想だよ。」
男性陣の一部、あきらかに趣旨の違う目線を送っている者を睨みつけるエクバ。その言葉を聞いて、ミニアドが一加への視線を遮るよう横に並ぶ。
「失礼なものがいて、すいません。」
「いえ。こちらこそかばってもらって。すいません。」
「いいよ。いいよ。お礼なんて。」
まだ不安は残るも2人の行動に誠意を感じながら、一加は城の中へ入っていく。
「もう。まだあー。」
エクバが部屋の入り口前に仁王立ち。ブーブーとした顔で一加の気持ちなんておかまいなしに急かしてくる。2週間で性格もわかっており、この明るさに心を救われた一加は、ミニアドと苦笑しながらも荷物を手に取る。
「今、行くわ。」
一加はさっきもまでの落ち込みを振り払い、ミニアドと共に部屋を出る。
一加は今日、エクバ、ミニアドと共にこの国を旅立つ。
魔王退治
そのために。たった数文字のこの言葉のために。
一加はそのためにこの世界に呼ばれた。このことを聞いたとき、彼女は驚き、戸惑い、悩んだ。だが彼女はその使命、運命を受け入れた。それは彼女の本質が優しさだった故に。少なくとも目の前で苦しんでいる人、困っている人を見捨てられない性分故に。
王国関係者が彼女たち・・・・勇者一行を盛大に送り出す。
(場違いって思うよね。)
一加はそう思う。2週間前まで自分は日々の生活を送るので精いっぱいな凡人で、将来は結婚して平穏な生活を送れればいいと思っていた。ありふれたありきたりでいいと思っていた。だが、そんな自分に期待を込めている人、一縷の望みをかけてる人がいる。その思いを踏みにじることが一加にはできるはずなかった。
(もも君、行ってくるよ。)
一加はこの場にいない彼氏、南場百次へ心の中で呟く。そして、勇者一行は旅立った。
「これで世界は救われたな。」
旅立った勇者一行の背を見つめながら、国王は呟く。希望、期待ではなく、確信した言葉だった。
「そうですな。」
国王の隣にいた老人のみがこのつぶやきに答えた。他の者は勇者への賛辞を贈るのに夢中であり、異質な雰囲気の2人に気づかなかった。
「一加・・・・・・・・。」
百次は神より与えられた部屋からパソコン画面越しで勇者一加の旅立ちを見ていた。
このパソコンも神より与えられたパソコンなので便利機能が多彩である。そのパソコンにより百次は一加と離れ離れになったあの日、死んだ日から自分の彼女の同行を把握している。盗撮、ストーカーの言葉が頭をよぎるので、ほどほどに自戒はしている。と本人は言うが、周りの天使に信じてもらえない。
2週間前、自分が一加とデート中に死んだことも驚いたが、一加が勇者として異世界転移したことにも唖然としていた。なんで一加なのか?戦えるのか?生き残れるのか?1人で大丈夫か?疑問と心配でいっぱいだが、自分にはどうしょうもなかった。
一加は百次が死んだことを知る由もない。百次は自分の死、遠くから見ていることを伝えることもできない。一加の状況を把握できるが声を掛けることも、助けることもできない。歯がゆい状況でもあるが、彼女のことを見れるだけでもましな状況である。
今は彼女の旅立つ雄姿を記録し、無事を祈るのみ。
(・・・・・この角度でとれた画像、やばいな、かわいいな。あー胸が・・・・。)
邪な気持ちもあるが無事を祈っていることには変わらない。
そんな彼も一加とその周辺しか見てないため、国王と隣の老人の異質な雰囲気に気づかないでいた。