勇者一行とギユ2
翌日、一加たちはギユの付き添いでルルナの街に来ている。目的はギユの姉妹、孤児院の同年代組に会うためだ。今はギユたちにとっての長女アフィーナに会いにきたところだ。
「やっほー。アフィーナ姉に会わせてちょうだいな。」
「お。生きてた。」
「殺すにゃーよ。」
「アフィーナなら部屋にいるよ。」
「ありがと。」
「あらら、今日はお客連れ?」
「違うよー。あ、でも。」
ギユは顔なじみであるため、すんなり入っていく。そのあとをミニアドは淡々とエクバは従業員の顔を吟味しながら付いていく。最後尾を一加が体を小さくし、会う人会う人の服装を見るたび、顔を赤くしながら付いていく。
「アフィーナ姉、ギユだよ。入って大丈夫?」
「あら。久しぶりねー。入って入って。」
一加は色気のある声にドキッとしながら、3人について部屋に入る。エルフの特徴のとがった耳。店ナンバー1の地位を持つのも納得する容姿の女性。ミニアドも感心する整った顔。エクバが釘付けになったプロポーション。それらを有するアフィーナは窓際でキセルを吹かしていた。そして、アフィーナの恰好を見た一加は顔から湯気を出すほど真っ赤になる。
一加は思い出す。友人達に押し負け買ったあの服と下着を。百次の部屋で着たあの服と下着を。あのときは酒の力と勢いで着こなしたあの服と下着。百次との一昼夜の思い出を作ったあの服と下着を。もう恥ずかしくて着れないあの服と下着を。
「おーい。一加。」
エクバは一加の目の前で、手を振るも反応がない。
「あら?その子・・・・。」
「にゃい?」
「イチカ?」
他の面々も一加を心配する。エクバが一加の胸を跳ね上げる。
「ひゃい。あ、すいません。ちょっとその、アフィーナさんの服が。」
はっとし、慌てる一加。
「ああ。ごめんね。てっきりギユ1人だと思ってたから。」
キセルを置き、毛布を羽織るアフィーナ。
「半年ぶりだけど、アフィーナ姉は相変わらずだねえ。」
「あら、あなたが言うことかしら。」
「にゃははは。それもそうだね。」
「ふふ。それでなんのよう、ギユ?珍しくお客まで連れて。」
「私、こちらの姉さんたちと世界を旅することにしたの。それの報告と当分会えないから、顔を見にきたわけ。」
孤児院の現保護者トップはウルウラとアフィーナ。孤児院を出るなりの人生の岐路には彼女たちに報告する流れになっている。ウルウラは心配故に反対するときもあるが、アフィーナは本人の熱意に応じて応援、後押しをとることが多い。2人に反対されることはほとんどく、反対される場合は他の者も反対するような内容であった。
「へえ。っと。自己紹介がまだだね。ギユの義姉、アフィーナと言います。愚妹がお世話になっているようで。大変でしょう、この子といると。」
「いえいえ。ミニアドです。」
「エクバ。」
「一加です。」
アフィーナの自己紹介に、一加一行も応じる。3人の名前を聞いたとき、アフィーナは何かに気づく。
「それで。ギユ。その件はウルウラに言っているのかい。」
「そにゃーもちろん。許可は得たよー。」
「へえ。よくウルウラが許したわねえ。」
「にゃひひひ。ウルウラ姉は粘った粘った。」
「そう。」
「アフィーナ姉はそんなことないでしょう~。」
ギユはアフィーネの脚に抱き着き、顔をこすりつける。まさしく猫のように。アフィーナもギユの頭を撫でながら微笑みで返す。
「ふふ。そうね。個人のやりたいことを止めたりしないわ。」
「だよね~。」
ギユの顔は明るくなる。
「でもさ、この人たちが勇者一行なのをウルウラは知っているのかしら。」
ギユの表情は変わらないが、固まっている。対するアフィーナの表情も変わっていない。変わったのは部屋の空気。一加たちも固まっていた。一加たちの名前までは世間に知られていないはずだ。
「えっと。その。なんのことでかにー。」
「ふふ。皆さんが固まる必要ないですよ。勇者の噂は流れていますから。胸板の厚い戦士、鎧の戦士、魔法使いのチームってね。」
3人を一瞥するアフィーナ。ここまでの旅で『勇者は胸板の厚い戦士』その噂が一番世間で知られている。ただ、勇者の存在は世間に広まっても名前や容姿はそこまで広まってない。むしろ、過去の経験から勇者の名を利用した悪事を防ぐために気をつけているほどだ。さらに本人も期待以上のことを求められないため、街の住民たちと互いに変な気を使わないためでもある。そのため勇者であることも必要時以外は名乗らないようにしている。
「名前はね。ふふっ。ここは王国の領地内、故に兵隊さんも遠征なり、任務なりで訪れるんですよ。そして、日ごろのうっ憤を晴らしたい兵隊さんたちは、ちょっと本拠地から離れたこと、お酒、この姿で、お口が軽くなるんですよね。ま、ここでの話を外に漏らすことはしませんが。」
エクバは納得した表情をして、ミニアドは頭を抱える。彼女の脳裏には間抜け面の男の兵士が浮かんでいた。
(あいつら・・・・・)
ミニアドは怒りも含む飽きれた顔をしていた。
「ふふ。王国兵には少し注意が必要かもしれませんね。ミニアドさん。」
「ええ。ご忠告感謝します。アフィーナさん。」
アフィーナへの感謝と同時にミニアドはひそかに苦情の便箋を送る決意をしていた。
「話がそれたわね。それで、ギユ。ウルウラには説明したの?」
「にーっとそにゃー。」
アフィーナの問いにギユの目が泳いでいる。泳ぎすぎて顔から飛びでそうである。
「やっぱり言ってないのね。」
「そ、それは姉さんたちが秘密にしてるんで~。」
「ウルウラの口は、あなたの口とあなたの財布の口より何倍も固いわよね。」
「で、でうね~。」
恐怖でギユは言葉使いまでおかしくなる。
「私が何を言いたいかわかる?」
「う、うーん。」
「ねえ。ギユは彼女たちに付いていってなにがしたいわけ?勇者様たちは魔王退治のために旅に出ている。命がけ旅に。あなたがその旅に同行する理由は?」
「えーと、今、姉さん方は世界を見るのと、実践を積んで鍛えるているんです。」
「そうなの。」
「その過程でクエストなりをこなすんで、そのおこぼれを頂戴して。それを孤児院に送る寸法ですう。」
「へえ。それは分かったわ。で、本格的に魔王やそれに関する案件と対峙することになった際、あなたはどうするつもりなの。それらがお金につながることなんないと思うけど。」
「えーと、その。」
「お金にならないから、安全なところにいる?それともここに帰ってくる?そんな人が勇者一行に必要なの?」
「それは・・・・・・・。」
ついにはなにも言えなくなるギユ。
「ギユ。私は怒っているわけではないのよ。あなたがどうするのかを聞いているの。」
「えーと。その。」
「ふう。なにも考えていなかったわけね。でもこれは避けれないことよ。少し考えをまとめてから、答えを聞かせて。」
「う、うん。」
ギユは立ち上がり、部屋の入口へ。一加たちは初めて見るギユが肩を落として落ち込んでいる姿を。ギユ本人は反対されるとは微塵も思っていなかったのだ。
「ギユ。姿勢が悪いわよ。」
「ひゃ、ひゃい。」
ギユはピンと背筋としっぽを伸ばす。
「分かっていると思うけど、結論を言わずにこの街を出た場合は、本当に怒るからね。」
「うん。」
逃げるようにギユは飛び出していった。
「ごめんなさいね。見苦しいところをお見せして。」
部屋に残った一加たちに頭を下げるアフィーナ。
「あ、いえ。そんな。」
アフィーナのプレッシャーに震えていた一加は手と首を横に振る。
「あの子はほら。お気楽な性格しているからね。」
「ああ。」
部屋の空気の動じていなかったミニアドのみが納得している。
「実際のところ、皆さんにギユは必要ですか?」
「えーっと。」
アフィーナが一加を見据え、一加は目を逸らす。有無を言わせないその瞳に一加は恐怖を感じたからだ。魔物や戦いから感じるものとは別の恐怖を。
「彼女はわた・・・・」
見かねたミニアドが助け舟を出すが、それをアフィーナが制する。
「ごめんなさいね。私はイチカさんに聞いているんです。これはあなたの旅なんでしょう。そのあなたから見たギユのことを知りたいわけ。危険な旅にギユはついていけるのか。無駄に死ぬことになるのか。そんなことないのか。あなた達に必要なのか。イチカさんの言葉で教えてほしいの。」
「・・・・・・・・・・・・・・。」
答えれない一加。この旅は言われなくても危険。今のところは魔王の動きもないので、普通の冒険と変わらない。だが、それでもゲスカルの戦いではネネラを守り切れず、彼女は命を落としている。ネネラとは違い戦いに身を置いているギユではあるが、純粋な戦闘力は3人よりも劣っている。本格的に魔王が動き出したら、彼女は生き残れるか?守り切れるか?自信を持って答えることができない。
「・・・・・・・・・必要って即答はできないのね。」
「それは・・・・・・・・・。」
「あなたたちが普通の冒険者だったら、私もここまで言うつもりはなかったわ。ただ、あなたは勇者で、世界の命運をかけた命がけの旅。世界のために戦うあなたたちに、なにもしないで日々の生活を送るだけの私が意見するのも烏滸がましいけど、危険すぎるなら、はっきり言ってほしい。そのときはあの子がなんと言ってもここで引き留めるわ。あなたたちの旅に必要なら私はもう何も言わない。生死を含めて全て容認します。」
それでも口を開けれない一加。アフィーナは柔和な笑みを浮かべ、空気を和らげる。
「ごめんね。意地悪いことを聞いて。私もかわいい妹を簡単に死なす訳にはいかないからね。」
「そんな、家族を心配するのは普通だと思います。」
そう普通のことと一加は思う。国から選ばれたエクバやミニアドの家族だって心配していた。
「ありがとう。答えは後で聞かせてね。」
「はい。ギユと一緒に。」
一加は振り返り、部屋を出る。口を挟めないでいたエクバが心配しながら一加についていく。
「ごめんなさいね。勇者様に無礼なことを聞いて。」
アフィーナは2人を見送ったミニアドに向き直る。
「いえ。ギユにしても、イチカにしても、必要なことなんで。」
「そう。実際のところはギユはどうなの?」
「冒険者としてなら、私たちより経験がありますね。だから、私たちより優れた部分はあります。」
戦いが主の生活をしてきたエクバ、ミニアドの2人。それに対してギユは冒険者として、様々なクエストをこなしてきている。必然と戦闘以外のスキルも身に着けている。
「あの子の夢は冒険者になって世界を見ることなの。そのために私たちの親に先生に色々教わっていたからね。そこにあなたたちと出会った。だから、チャンスと思ったのね。・・・・お宝とかも手に入りそうとも思ったのかも。」
「そのがめつさは仕方ないとして、あのトラブルメーカーの部分はなんとかしてほしいけど。」
「ああ。そこは昔からね。親も治せなかったわ。」
2人が同時に呆れた顔をしたことにより、互いに笑いあう。
「ふふ。で、私が一番知りたい肝心な部分は。」
「・・・・・・・・・・・・。」
単純な戦力としては3人より劣っているのは事実である。追いこまれ逃げながら、エクバや一加に助けを求める場面もある。叫ぶいとまがあるので深刻には捉えていない一加とエクバだが、ゲスカルのような相手の場合、助けれる保証は全くない。
「ついていけないのね。」
「今のままだとね。成長できるかどうかが肝ね。」
ギユの成長性は分からない。無論自分たちだってまだまだ成長しないといけない。ギユが言った通り、今はその期間でもある。
「足手まといになることより、命を落とすことのほうが、イチカにとって負担になるわ。一加本人はそれを自覚しても、そのことをギユには言えない。そういう性格なのよ。」
弱いから不要、そんなことを一加は言えない。むしろそのことを隠して必死で守る。それにより成長する可能性はあるが、それがいつまでできるかは分からない。相手のために非情な判断が彼女にはできない。
「ミニアドさんとしてはどうなんです。」
「ギユの言葉がイチカの助けになったこともあるし、ムードメーカーがいても困ることはないわ。あとはいざとなったら、イチカの弾除けになる。それくらいの戦う覚悟、死ぬ覚悟をもってついてくるなら、私は拒まないつもりです。」
ギユから魔王と戦うことや世界を救うことへの覚悟や決意が感じられない。その手の案件に当たっていないせいでもあるが。自分もエクバも一加のために死ぬ。その覚悟は日ごろから持つようにしている。無論そう簡単に死ぬつもりもないが。
「そのときは妹をよろしくお願いします。」
丁寧に頭を下げるアフィーナ。
「アフィーナさんはそれでいいの?無事この街に戻ってこれる保証のない旅。家族なら止めるべきでは?」
「あの子の人生だからね。本人がしっかりとした覚悟を持っていれば、私も何も言わない。」
アフィーナは微笑む。だがミニアドの目に写ったのは家族を心配している姉の姿であった。自分やエクバの家族と同じような眼であった。
「そうですか。だとしたらあとは2人次第ね。」
「ええ。」
保護者枠の話はついた。
「あ、でも。」
ミニアドが何かに気づく。
「なにか?」
「本人が思うほど、お金や宝を入手できるとは思わないんだけどね。」
「ふふ。それも勉強ですよ。」
2人はまた笑いだす。




