転生したのは2
半年後、瓦解した国の一部に新たな集団現れた。
『背徳』
その集団を説明するにはこの言葉1つで十分であった。殺傷、暴食、強奪、姦淫等々その集団に属する人はそれらを隠すことなく溺れていた。
この異様な集団に対して周辺国は兵を向かわせ、赴いた兵は驚愕することになる。
その中心にいたのはディーナ・スーンであった。
彼女は背徳行為を変わらぬ笑顔で見つめ、変わらぬ声と姿で多くの人々にその行為の正当性を訴え、人人々を勧誘し、堕落させていたのだ。
ディーナを知る兵たちは当初、偽物だと思い、捕縛を試みる。だがその女性の前に立つと、認識を改めることになった。
雰囲気が言葉が、醸し出す空気がディーナであった。以前と異なったのは服装と時折みせる淫靡な笑み。それでも彼女を偽物だと言えるものは皆無であった。その場にいた兵のほとんどがディーナの魅了と言葉に帰順し、この状況の異状さに恐怖を覚え全力で逃げ切った1人によりこの事実が周辺国に知られることとなった。
集団は彼女のためならば、死を恐れない心を持ち、善悪の基準の型はとっくに外れた者の集まりとなっていた。その中には裏世界で生きる者もおり、彼女の言葉が届かないもの、拒否するものを武力で排除してきた。
集団は周囲の人々を飲み込んでいき、とどまることなく強大になっていた。その集団に対して周辺国は危機感を持ち、すぐさま行動を開始した。それは、前回の戦争から1年も立たずに戦争という形になった。
当初は彼女の魅了と言葉で勢いのあった集団であったが、結果的には集団と周辺国という数の差により敗北し、集団は壊滅した。
ディーナも一兵士の放った矢により生を終えた。ディーナは最期まで凛としており、彼女は成りすました偽物ではない本物であると誰もが思った。
戦後、国や協会は彼女を聖女ではなく、魔女として歴史に残した。
彼女の豹変に対し、彼女の存在を疎ましく思った国によるもの。咎人としての思いが狂わせた。本当はこういう人物だった。やっぱり偽物。宗教関係者による排除。邪神に魅入られた等、様々な憶測がたった。かつての協力者たちも彼女の名誉回復のため、原因を探すも決定的なものは見つからず、歴史の謎となった。
パソコンの画面から目を離す百次。確かにディーナ・スーンは聖女と呼ばれた女性だった。だから今回の条件にもあてはまる。『呼ばれた』には当てはまる。
死後、この場に立ったディーナは至って冷静であった。ラファアルの説明を受け、自分が死んだこと、転生できること、百次たちは自身の信じる主とは異なることもすんなりと受け止めていた。
「失礼を承知で確認したいんですが、私の信じる主はどこかに存在するのですか?」
「それは・・・」
百次は回答に窮する。結論から言うとそのような存在はいない。そして、この場にいるディーナはどちらのか判断がつかない。聖女と呼ばれた彼女なのか、魔女の烙印を受けた彼女なのか。彼女にとって主は一緒なのか、それとも異なるのか。
「それは秘密。自分の世界についても、これからの世界についても教えれないことはたくさんあるのよね。」
助け舟をだすラファアル。この回答に少し残念がるディーナ。
「では私はなにをすればよろしいのですか。」
これにも回答を窮する百次。なにもしないでほしい、それが百次の本心。
「なにかをしなさいとは私たちは強制しないよ。せめて言うとしたら、頑張って生きて。」
「あと私の行為は間違っていなかったのですか?」
「というと。」
「私は自分の死を受け入れますが、道半ばであったことも事実です。あそこで終わったのは主によるものだと思っていました。」
「あー。それはないよ。少なくとも私たちはあなたの行動の是非を判断してないよ。」
「少なくとも否定された事実はないんですね。」
「うん。そうだね。」
満面の笑みを浮かべるディーナ。
「そうですか。そうなんですね。そして、今、わかりました。私の生まれた意味とこの死の意味は、異なる世界に主の教えを広めることなんですね。」
その目は輝いていた。ただただ純粋に。微笑みを見た人物はいてもこの笑みをみた人物は近年いない。彼女には自身の行いに後悔も反省もない。百次は確信する目の前にいるのは聖女と呼ばれていた存在だと。
「そうと分かれば、早速お願いします。」
「いいかい。主様」
ディーナは頭を下げ、ラファアルがこちらを伺う。
「ああ。」
百次は静かに答え、ディーナ・スーンは転生した。
百次は相変わらず膝に座っているラファアルをじっと睨んでいる
「そんなに転生させるのが嫌だった?」
「聖女じゃないだろ。」
百次の脳内イメージの聖女とディーナ・スーンは一致しない。
「聖女と呼ばれた女性だよ。条件通りじゃない。まあ、百次の思う聖女がどういうものか分かんないけど。」
「俺には魔女にしか見えないんだが。」
「私もそう思うよ。」
「なら、条件とは合致しないだろ。」
「条件は『呼ばれた』だよ。以前はそう呼ばれたでも、『呼ばれた』に違いはないでしょ。百次だってとっくにわかっているんでしょ。」
「・・・・・・わかってはいる。」
「なら、なにが不満なのさ」
「いくら、俺が馬鹿でも、ディーナが危ない奴だってのはわかる。」
「まっとうな人ならわかるよね。」
「なら、あんたたちで分かっているはずだろ。ディーナは元いた世界と同じことをする。結果的に周囲を巻き込む。大勢が死ぬ。」
自分が転生するために、危険人物を異世界に放った。あの女はすぐに行動してそれに関わって死者がでる、それも1人、2人では済まない。数千?数万?その責任を負えない。その状況を無視して生きていくことができるか?自分が転生するため、ただそれだけのために。
「だから?」
ラファアルは心底不思議そうにする。人と天使の違いを実感する。天使4人は自分が関わって、人が死ぬことになっても気にならない。縁遠いなら百次もそうだが、例えば身近な人が死んだら、悲しくは思う。自分が誰かを殺して、平気ではいられない。
だいぶ慣れたが、はじめて転生者を選らんだときは寝れなかった。選ばれなかった者は死、正確には魂の浄化。だが百次には死と同じにしか捉えれない。最初のリストにはまだまだ幼い子もいた。
「だからって。」
「じゃあ、バルララは?」
「バルララは・・・」
バルララは転生する際、ただの女の子だった。性格はともかく、無力だったし、いきなり大勢を殺すことはできないし、起きないと思っていた。危険性を感じなかった。
「少女になって転生したから、大丈夫だと思った?確かにそうかも、だけど、いずれはわからないよ。そ数年、数十年先なら関係ないって思ってた。」
「・・・・・・・・。」
「図星だね。それは差別じゃないかな。人にも世界にも。」
言われた通りであった。バルララも人にとっては危険な思想を持っていた。ただ人間になっただけで、数年先、もしかしたら、既に大量殺人を起こしていてもおかしくはない。このことには目を背けているだけだ。
「行先も。」
逃げるように話を逸らす百次。
「勇者イチカのいる世界なら、彼女が解決してくれんじゃないの」
「そうかも知れないけど。」
ディーナの転生先は一加のいる世界。これもレキルアの指定だ。
ディーナの行動を一加たちが無視するか?必ずどこかで、戦うことになる気がする。勇者の役目として、一加はディーナを殺すことになる気がする。一加の手によるか、仲間の手によるのかは分からない。どっちにしろ、一加の負担になるのは明らかだ。自分は転生するために、他者を巻き込み、さらには一加を巻き込んでいる。
「それでも、俺はディーナ・スーンを転生させたくなかった。」
口では言える。行動は伴っていないが。
「諦めが悪いねえ。あ、でも拒否はできたね。転生を諦めることでだけど。」
「・・・・・転生はしたい。」
「なら、耐えなよ。レキルア様は試練の神。再認識してもらうけど。ただで転生させるほど、優しくはない方だよ。」
「これも、試練かよ。」
「これも試練ね。」
百次の目前には満面の笑み。
「それでも天使や神なのかよ。」
「私や主は説明に都合がいいし、わかりやすいから、天使、神を名乗っているけど、それはあなたの思う存在とは違う。似てるようで違う。あなたの思う神や天使に近い思考行動をする者もいるけど、私の主は違う。善悪や人の生死は判断の参考にはなっても絶対的基準にはなっていない。」
ラファアルに圧倒され、口を開けない百次。
「今回のは百次の良心を攻め立てる試練ってこと。」
「悩め、耐えれ。超えれ。ってことかよ。」
「苦しめ、苛め、傷つけってことね。」
冗談・・・・ではない。真面目にラファアルは答えている。
「楽しんでいる?」
「そういう部分があることは否定しないわね。」
悪びれもしないラファアル。恨めしそうにしている百次。
「レキルア様はたいそうな趣味のお持ちで。」
「試練の神だからね。試練に頑張り、悩み、苦しむ姿を見るのは好きなんだよ。」
「そうかい。なら、期待には応えれているのか。」
「さっきまでの表情は繰り返し見ると思うよ。こう口角をあげならがね。」
ラファアルの表情はディーナの笑みと被る。目の前にいるのは天使ではないことを実感した。




