勇者の指針は揺れる2
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
お気楽な笑みでこちらを覗く猫人。へそ出しで身軽さ第一の服装。猫人と認識させる耳としっぽ、ひげ以外は人間と変わらない見た目。
「にゃにゃにゃっ。この笑顔に対して無視は酷いじゃないですか。」
「それ笑顔なの?」
「何をいってるんですかあ。笑顔だけは美人トリオにも負けない自信がりますよお。」
頬に指を当て、かわいさをアピールする猫人。腹の奥底で何を企んでいるのかしら?そう言いたいのをグッツと堪えるミニアド。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「なにか言ってくださいよお。皆さんの舎弟、ギユ・オーバは寂しくて、死んじまうですう。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 (1分経過)
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
(5分経過)
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「死ねってことでかあああああ。」
無言を貫くミニアドに耐え切れず猫人、ギユ・オーバは爆破した。宿の一室で喚き散らすギユを無視して天を仰ぐミニアド。
私が隣に欲しいのは頼れるパートナー。せめて同じ目線、ポジションにいる人。現実は厳しい。
隣にいるのは喧しい猫人。同じポジションにいるどころか、見守る対象が増えた気がする。
ギユは2日前、複数の魔物相手に1人で奮闘していたところを勇者一行に助けられた。
「にぃやっはーーー。ラッキー。これで報酬独り占め。にゃやあやややや。」
戦闘終了一番の飛び跳ねながらギユの口から出てきた言葉。この言葉に3人は茫然とした。彼女が一人奮闘していたのもこのためであった。
「にゃにゃつ。おーと。姉さん方助けてくれてありがとうございまーす。感謝の気持ちは忘れないでごにゃーい。」
ギユはしっぽと耳を揺らしながら、一人ずつ握手していく。
「私はギユ・オーバ。見た通り猫人の冒険者です。いやー、姉さん方はつっよいですねえ。そのうえ美人ときた。いやはや。ほんとうに助かりました。」
彼女は即席チームで魔物討伐のクエストに挑んでいた。クエストのターゲット
大きすぎる『暴れ馬か鹿』
と遭遇したのはいいが、その個体の強さと配下の多さに、メンバーは死亡、逃走とギユは1人と追い込まれたのだった。
「じゃあ、これで。」
「いやいやいや。姉さん方、すいませんがギルドに一緒に同行願いますよ。」
すぐさま立ち去ろうとする一加を遮るようギユ。
「なんでさ?1人でいいんじゃない?」
「ギルドの報酬で姉さん方にお礼がしたいんです。」
「お礼はいいよ。ギユさん。助けれたのはたまたまなんだから。」
いまだネネラのことを引きずっている一加。人との関わりを遠ざけようとしているのが見える。
「そういうわけにはいかなーいです。ギルドのコロッケをおごるので。ね?ね?少なくともギルドへは一緒にお願いします。」
なにがなんでもギルドへ連れていきたいギユは一加の腕をつかむ。
「離して!」
過剰な反応で腕を払った一加。その反応に空気が凍り付く。
「えーと、ギユさん。お礼というより、ギルドに連れていきたいって感じよね。」
ミニアドがギユの顔をうかがう。
「しょ、しょんなことはないですよ。純粋にお礼がしたいだけです。」
目と耳としっぽが泳ぐギユ。
「正直に言ってくださる?」
ミニアドの裏の指針としての顔がギユを追い詰める。一加に裏の顔が見えないように立ち位置まで計算していたミニアド。
「だって1人で帰ったら、逃げたメンバーがなに食わぬ顔で報酬を手に入れるようとしてくるかもしれないじゃないですか。私1人でこの魔物を倒したと思われたら、報酬を独り占めするため、手を抜いてたと思われるじゃないですか。はっきり言って、冒険者はそういうやつの集まり。私が困るんです。姉さん方にはこのターゲットを倒したのはこの私と姉さん方って証言してもらわないと私が困るんですう。まだ私の役に立ってほしいんでーす。報酬は私のものですけどおおお。」
本音の爆発に3人は沈黙した。ターゲットを倒したのは一加とエクバであって、ミニアドとギユは配下の個体を倒したのが事実である。
「命を助けてくれた次は、私の金銭を助けてくださいーい。お礼はコロッケですけどお。どうか、もう少しだけ慈悲をおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお。」
「はあ。わかったわ。その代りに街の宿まで案内してくれるかしら。」
裏はあったが危険性はないと判断したミニアド。
「やったああ。お安い御用ですう。よろしくですう。姉さん。」
ハイテンションでまたも一加の手を取るギユ。一加もさきほどの件のこともあり、黙っている。
「では、早速とその前に、討伐の証拠だけ回収してっと。」
暴れ馬か鹿の角をもぎ取りるギユは鼻歌交じりだった。
ギルドではギユの危惧した通りの事態となったが、ミニアドの証言と月円王国の証により丸くは収まった。そう丸くは収まった、ギルドのほうだけは。
証を見て驚いたのはギルド職員だけでなく、ギユもだった。そして、ギルドの職員たちは一加たちの正体に感づく。
「まさか。勇者様ですか?」
「えええ。嘘でしょ。勇者って『胸板の厚い戦士』なんでしょう。」
真っ先に反論をあげたギユ。吹き出すエクバ。
「あ、でも確かに胸板は厚いか。」
ギユの発言で一加の胸に目線が集まる。その視線に耐えれず両腕で胸を隠す一加。だが余計、胸板の厚さが強調されていた。
「まじで勇者なの?」
その恥じらいを見てギユは一加が勇者だと判断した。
「ええっと。このことは内密でお願いします。もし噂なりでなにか起きた場合、まずこの場の皆さんを疑って、いろいろとしなければならなくなりますので。」
ミニアドの冷静な脅しにギルド職員もこの場も収まりはついた。ただ、恥ずかしさで自分の世界に閉じこもっている一加にミニアドの言葉は届いていなかった。
ギルドを出て、ギユの案内で宿へ。
「3人はこれからどうするんです?」
「しばらくはこの街に滞在ね。クエストに挑んだりして、資金なりをね。」
「なら、このわたくし目がみなさんの舎弟として、お付き合いさせていただきますよ。この街に関しては姉さんがたよりも詳しいですからね。」
「・・・・・本音は?正直に。」
「1人じゃ無理目なクエストも勇者御一行様のお力でらっくらくうう。あ・・・。」
振っていたしっぽがピタッと止まったギユ。呆れた目のミニアド。思考停止している一加。可哀想なものを見る目のエクバ。
「てへ。姐さんたちともっとお茶や買い物、お話を楽しみたいんですよ。」
舌を出して可愛らしい表情でごまかしに入る。・・・・3人の表情に変化はない。
「案内ありがとうね。」
ミニアドが手を振る。交渉決裂した瞬間だった。
「そんなあああああ。ええじゃないですか。ええじゃないですか。姐さん。これもなんかの縁じゃないですか。」
ミニアドは動じない。
「一緒に銭湯やクエストを楽しみましょうよ。ね、姉貴。」
腕をつかまれてぶんぶんふりまわされるも動じないエクバ。
「姉さん、姉さんからもお願いしますよ。」
ついに一加の脚にからみつくギユ。引き始めてる一加。
「ええじゃないですか。もっと気楽にいきましょうよ。のんびりいきましょうよ。みなさん、硬すぎですよおおお。私を見習って。」
エクバがギユを一加の脚から離そうとするも必死で抵抗するギユ。
「はい、はい。わかった。わかったわ。」
「ふえ。」
「ん?」
ミニアドが手を叩いて2人を止める。3人がミニアドに目線を送る。
「ギユ。この街にいる間、私たちと同行するのを許可します。」
「やっ。ぐふええ。」
飛び上がろうとするギユのしっぽを踏みつけるミニアド。
「喜ぶ前に1つ。勇者という立場に過剰な期待をこめないこと、口外しないこと。聞いてます?」
「しっぽを踏んだのに」と言いたいがミニアドの空気に押し負けて頭を振るギユ。
「私たちのことは知っての通り。余計に狙われることも、想定外のトラブルもありえます。命の保証は一切できませんし、しません。最低限自分の身は自分で守る。それは肝に銘じておきなさい。」
「にゃにゃにゃ。りょーかいです。」
ミニアドの脚がなくなったので飛び上がるギユ。
「では、さっそく、お風呂にしましょう。3人とも微妙にほんの微妙にですが、臭いますよ。ゆう・・・レディとしては問題だと思います。なので、イチカ姉さん行きましょう。ここの銭湯はこの街一番ですから、気持ちいいはずですよ。」
「え。ええ。待って。」
「では先に行ってますので。姉さんの下着をよろしくお願いします。姐さんに姉貴。」
イチカの手を取り部屋を出ていくギユ。
「あれ?宿泊客じゃなくても使えるの?」
「安心してください。姉貴。ミニアド姐さん名義4人宿泊にしてますから。」
「はああ?」
爆弾を投げてギユは銭湯に行ってしまった。エクバはミニアドの顔をうかがう。
「いいの?」
宿の件もだが、同行することについてもだ。今の一加は嫌がると思う。
「なんかの切っ掛けにでもなればって思ったのよ。」
ミニアドの目線は置いていかれた一加の剣。体調とは違う精神的なものによる不調。それを克服する切っ掛けになればとミニアドは考えいてた。それに人を近寄らせない雰囲気も改善しないといけない。
『もっと気楽にいきましょうよ。のんびりいきましょうよ。みなさん、硬すぎですよ。』
この言葉がミニアドの頭に響く。ま、ダメ元でもいい。あのお調子者の行動がなにかのプラスになればと。ならないと思うが。
「ふーん。ま、難しいことはまかすよ。それより、私たちも銭湯にいこうか。」
「そうね。イチカの下着は頼むわ。」
「うん。・・・・・・・ねえ。ギユは履いてないってことだよね。」
「・・・・・・・そうなるわね。」
ギユは2人分のタオルだけをもって一加を連れて行った。だが2人は考えるのをやめた。銭湯は4人を癒してくれた。




