勇者の指針は揺れる
『勇者の指針』
勇者の身体管理。一行の金銭管理などの雑務はもちろん、行先、進路の案内。ギルドや街や集落との交渉など主に実務的な支えが役割となっている。それらの役割をこなすため、ミニアドも幼少期より、教育を受けていた。
剣と同じく裏の役割もある。勇者を生かすための合理的、現実的、非情な判断を下す役割。裏のありそうな人物に接触させない。明らかに実力と見合わない敵とは戦わせない。最悪の場合は他を犠牲にしても勇者を生かす。例え勇者本人に恨まれても、判断を下し行動しければならない。
この点でいえばゲスカルの件は失敗となる。一加の力で窮地は脱出できたが、一歩間違えれば全滅するところだった。
そして、剣と同じく勇者に知られてはいけない役割。
『首に結ばれ、勇者をひきずる指針』
としての役割。己を磨かせ、魔王退治に全力を向けさせること。極端な話、「全て魔王のせい」にしろとまで言われている。
人の苦難を知り、それを除くことで感謝をされ、自分の必要性を認識させる。魔物の危険性を知り、魔王は世界のために放置しておくことはできない存在、未来のためには退治しなくてはならない存在と認識させる。自分の双肩には世界の未来がかかっていることを認識させる。
勇者が世界を回るのは経験を積むと同時にそれらを認識させるためである。その認識は勇者にプレッシャーや不安を与えるが取り除くのは剣の役割。ゆえに剣と指針の育成は勇者の召喚する月遠王国の役割となっている。
『首に結ばれ、勇者をひきずる指針』の役割としては、ゲスカルとの闘いは成功といえる。ネネラの死や一部の若者の非難は一加に強くなりたいと心から思わせることとなった。
実際のところ、魔王とゲスカルに縁などない、というより世界の魔物のほとんどが現魔王と関係はない。だが無関係ではない。
魔王の特異性の1つ。魔王が現れると日ごとに魔物は、強さ、凶暴さを増し、行動が積極的となる。この影響の有無が、魔物とそれ以外の生物は区別されているのがこの世界であり、このことは歴史が証明していた。
魔物が大陸を渡ってくるなど、魔王の影響以外には考えられない。今回はネネラ1人の命で終わったが、日数が経つほど、魔物に関する事例と被害は増大していく。ミニアドはその説明をすでに一加にしており、一加も自分の役割の重さを再認識いや、今まで以上に重たく感じ震えていた。
現在勇者一行がネネラのいた村から最初にたどり着く街に滞在している。この街は魔王の不安なんかつゆ知らずに活気づいている。
そんな中ミニアドは一人悩んでいた。
1つは指針としての役割に。ゲスカルの闘いはギリギリだった。この感想は生き残ったから言えるが、あそこで全滅してもおかしくなかった。ドラゴンアジュラの知識はあったし、魔王の影響を想定して行動したつもりだったが、予測は甘かったとしかいえない。
魔王の影響はこの付近の魔物で実感はしていた。2、3年前と現在では同じ魔物でも強さの平均値が上がっている。無論自分も訓練と経験で強くなっているので遅れをとったりはしないが。
それらと一加の気持ちを考慮してゲスカル退治に挑んだのだが、見誤った。ゲスカルという個体が強かったことはもちろんだが、魔王の影響も大きい気がする。種族や個体での影響が違うことは考慮していたが、想定以上だった。
今回の魔王の影響はそのようになっているのか?魔王の能力は魔王次第。今回の魔王は強い個体ほど強くなる影響力を持っているのかも。だとしたら、この先、予測を見誤ることはできない。だからと言って、強い個体を避け続けることもできないし、強くなるには戦わないといけないこともある。避けられない戦いもある。
自分の判断1つ世界の行く末が決まってしまう。自分の役割の重さを否応に実感してしまう。それでも一加の非でないが。
異世界に1人呼ばれ、自分には関係ない世界を救うために戦う。戦いとは無縁だった女性に命がけの戦いと世界の命運を押し付ける。
重すぎる。
現状、それしか最良策のないこの世界。その重さに対して 一加は十分に頑張っているし、エクバも役割を果たしていると思う。互いに支えあっているのがよくわかる。
正直羨ましい。自分の役割だって重い。自分にも支えてくれる相手がほしい。誰でもいいわけではないが、手助けをしてくれるパートナーが欲しい。
脳裏に浮かぶその考えを2人には見せれない。自分は3人の中では最年長。自分自身の悩みを見せるわけにはいかない。一加より先に爆発してはいけない。
ミニアドの2つ目の悩み。それは一加の不調。ゲスカルの闘いから数日たっているが、彼女の動きに精彩がない。エクバと自分がいるため、危機にまではいってないが、何度か倒した魔物にも苦戦している。
不調の理由は気持ちの空回り。
「強くなりたい」という気持ちに対して体がついていない→焦りがうまれ、余計に力む→魔物に苦戦する→自分が弱いと思って「強くなりたい。」と思う。
この負の連鎖を繰り返している。なにか切っ掛けがあれば抜け出せるとは思うが、そのきっかけが見つけられない。
ここに来た当初の一加に基礎を教えたりはしたが、本来、自分もエクバも人に教えれるほどの経験や強さを持っているわけではない。誰かに何かを教えたことがあるわけでもない。
自分は幼少期より、エクバはここ数年だが、役割を果たすため日に必要なことを学び経験してきた。その結果が現在の自分を形成している。
だが一加には2週間の教育しかない。基礎を学んだら、あとは実践あるのみ。それが歴代勇者の歩んできた道のりで伝統。確かに一加は異常な速さで技術を習得し戦力も増加している。ゲスカルを倒したあの底力は、追い込まれた故に発現した勇者の力の一端であるのだろう。
それでもこの伝統は一加にはあってないと思う。彼女が自信をもって戦っていることなど見たことない。戦闘中はいつも苦痛の表情を見せている。自信とは言わなくても精神的な土台が彼女に欲しい。余裕とはいわずとも冷静でいられる精神的余地がほしい。
実践でしか学べないこともあるのはわかるが、一加には早すぎたのでは?少なくとも誰か教示できるものを連れていくべきだったのでは? 勇者を指導できる人物が思いつかないのも事実であるが。
ミニアド3つ目の悩み。それは
「姐さん。なにを辛気臭い顔をしているんですか。美人トリオの一角が崩れますよ。にゃにゃにゃっ。」
自分の顔を覗き込んできたこの猫人の存在だ。