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転生者選定NO.  作者: 鈴明明書房
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勇者燃ゆる3

「イチカ!エクバ!」


「グオオオオオオオオオ。」


 ミニアドの叫び声とゲスカルの叫び声が重なった。ゲスカルは振り下ろしたはずの右腕を左手で押さえて叫んでいたのだ。その叫び声は明らかに苦痛によるものだった。


 手の振り下ろされた場所に一加が立っており、エクバは少しは離れた場所に尻もちをついていた。


「き、貴様ああああ。」


ゲスカルは一加を睨み、今度は左腕を振り下ろす。また山頂は揺れ、ミニアドも体勢を崩しながらも、今度は一加から目を離さないでいた。


 ゲスカルの手が一加の頭まで少しのところで、一加は静かに体をずらしながら、剣を振り上げた。そして、ゲスカルの手は一加をすり抜け、山頂を叩く。


「ダアアアアアアア。」


 ゲスカルは左腕をあげ、苦痛に顔を歪ませる。左手の指が1本地面に落ちており、左手から血が流れていた。一加はゲスカルの指の間に移動しながら、その指を斬り捨てたのだ。


「イチカ・・・・・」


 エクバは困惑していた。昨日までの一加にここまでの力はない。だが現に今、レベルの違う動きをした。自分でも出来ないレベルの動きを。


「・・・・・・これが、勇者の?」


 ミニアドは小さくつぶやく。そのつぶやきも一加の耳に入ったのか、一加の視線がこちらに向き、顔を横に振る。


「ミニアド、違うよ。」


 声が届いたことにも驚いたが、一加の言葉の意味も分からなかった。


「違う?」


「勇者だったのはネネラで、私はただの・・・・・・」


 一加が口を噛み締める。たった1人で戦況を逆転させたが、その表情は悲痛だった。



「このクソが。よくも、よくも。」


 ゲスカルは尾を振り払うも、両手と同じ結果をたどる。


「ガアアアアアア。」


 苦痛で動きの止まったゲスカルに一加は走り出す。一加の視線と剣は胸を一直線に狙っていた。


 ゲスカルは心臓が狙われたことを本能を察し、両手で一加の突き阻止した。それでも一加の剣は右腕を貫通し、左腕の骨まで達する。


 ゲスカルは心臓を守るため両腕を犠牲にしたが痛みをこらえ、火炎で反撃しようと口を開く。だが火炎を吐く前にゲスカルは両腕を吹き飛ばすことになる。


「ギバアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」


 一加はゲスカルの両腕に剣が刺さったままで防壁の魔法を放ったのだ。


 魔力に応じてあらゆる攻撃を防ぐ壁を作る魔法、防壁。自分の前に1枚の壁を作るのが基本であり、状況に応じて自分を囲むように発動させることはできる。


 一加は剣を媒体に発動させることはできるが、ミニアドに比べまだまだ、効果も持続力も低い。さらに魔法の連続発動はできない。


 その防壁の魔法を一加は今、攻撃に使用した。一加も初めての試みであり、ミニアドもこのような使い方を見たことはなった。ゲスカルの腕を内側から食い破るように発動した防壁は、たくましい腕を激痛のある重りとした。


 エクバもミニアドもただ見ていることしかできなかった。一加の圧倒的な攻撃に、その変化に見ることしかできなかった。


 ゲスカルの返り血を浴びながらも一加は止まらなかった。ゲスカルの両腕を踏み台に頭部に移動し、剣をを頭に突きたてる。


「こ、降参だ。もうやめてくれええええええ。」


 ゲスカルの叫びは剣を頭部から数ミリのところで止めた。


「村には手を出さない。翼だけ直してくれたら、元の大陸に戻る。だから、もうやめてくれ。」


「・・・・・・それだけ?」


 一加の声は恐ろしく冷たかった。この声をエクバもミニアドも聞いたことがない。


「もう人間には手を出さない。大陸でひっそり、魔物を食べて暮らす。な。だから。」


 ゲスカルには気迫もオーラもなく、その瞳は怯えに支配されていた。


「・・・・・・・・・・・・」


 一加の気配に変化のないことに気付いたゲスカル。生き残るため、脳をフル回転させ、1つの結論に至る。


「あ、謝る。あの娘の件は謝る。すまん、許してくれ。本当に済まなかった。すまなかった。」


 恐怖への怯え。この場で一番それを知っている一加は、ゲスカルの怯えが本物であることを察した。


「・・・・・・・約束はま。」


「守る!ドラゴンアジュラの誇りにかけて誓う。」


 一加は剣を引き、頭から飛び降り、エクバ、ミニアドのもとへ。ゲスカルは心底安堵し、その場に崩れおちた。


「エクバ、ミニアド大丈夫?」


「え、ええ。もうちょっと休みたいところだけど。」


 ミニアドは杖をついて立ち上がる。


「私は大丈夫。でも、いいの?」


 エクバはネネラとゲスカルと見る。


「うん。それよりも。」


 表情の晴れない一加はネネラの元へ。


「ネネラさん・・・・・・。うく、ううううううううう。」


 一加はネネラの前で膝を落とし、泣き始めた。先ほどまでの気配はなく、いつもの一加の気配と戻っていた。


「一加の言うとおり、ネネラが一番、勇敢だったね。」


 自分は戦士で戦いの場で死ぬことも考えている。ましてや『勇者の剣』としての役目を背負っている以上、一加を命を懸けて守らなければいならない。だが実際はゲスカルの手が降ふり降ろされたとき、自分は死を覚悟するだけで、そこまでだった。負傷はあったとはいえ、動けなかった。


 でもネネラは違った。戦いとは程遠い、農村に住む一女性。それなのに村のために生餌になる覚悟をもち、最期は自分の身を犠牲に一加を火炎から守った。


 悲しみと悔しさ、それに自分へ怒りがエクバの心の中で渦巻く。優しい一加もきっとそうなんだろう。ただ、怒りより悲しみを表に出す一加だから、今は泣いている。


「2人とも、ネネラさんを運びましょう。」


 ミニアドが魔道具袋から布を取り出す。



「はあはあ。貴様らあ。こっちを見ろおおお。」


 ゲスカルの叫びにエクバとミニアドは振り返る。ゲスカルは腕から血を流しながらも魔力が大きくなっていた。


「もう火炎は防げまい。」


「あ、あいつ。」


 エクバは剣を構え、走りだす。ミニアドに魔力はなく、一加では火炎を防ぎきれない。それ以前に一加も先ほどの圧倒的な気配はなく、弱々しい気配しかない。もう火炎を撃つ前に倒すしかない。負傷がなんだ?今こそ剣としての役目を果たす。


「死ねえええええ。」


 ゲスカルは大きく口を開く。


「嘘つき。」


 振り返ると同時に一加は剣をゲスカルに投げる。その剣はゲスカルの眉間に突き刺さる。


「ガバワ!?」


 剣から発動された防壁がゲスカルの脳をかき乱し、頭部を破裂させた。頭部を失ったゲスカルは地面に倒れ、体内で生成された火炎は制御を失い、ゲスカルの死体を燃やした。


 一加はその光景にすぐ目を背け、また泣き出した。



 村に戻った3人は村長にすべてを伝えた。村長は


 「そうですか。ネネラ・・・・・。」


 と一言答え、静かに涙を流した。村人は村が救われたことに安堵し、同時に亡くなった娘のことを嘆いた。


 村長や彼女の両親、婚約者とともにネネラを埋葬し終え、村に戻ってきた3人の前に複数の男性が現われた。


「なぜあの子が死ぬんだよ。」


「なにが勇者だ。」


「ばかやろう。」


 男性たちはネネラに求婚を求めたものたちであり、3人は黙って聞いていた。


 他の村人が止めるも、言い返さないことから男性たちはエスカレートしていくそのうち1人が石を投げだし、その一つが一加の額に当たった。


「おい。」


 エクバは一気に沸点へと到達し、エスカレートしていた男性陣も止めに入っていた村人も凍り付く。ミニアドは手を伸ばしエクバを止める


「みなさんのお怒りは理解できます。ですが、依頼を受けたとき、『どのような結果がでるかは分かりません』と私は言いました。」


「なんだ、それ。」


「私たちは万能でも絶対でもありません。結果がすべて、望み通りになるとは限りません。」


「ふざけるな。開き直りか。」


「はい。私たちは前に進まないといけません。立ち止まることはできません。これからも切り替えて進んでいきます。」


「この件はもう終わりってか。」


 ミニアドと男性陣はにらみ合う。ミニアドの手は震えていた。この結果をミニアドだって望んでいない、だが、一加にこれ以上精神的苦痛を与えるわけにはいなかい。


「ミニアド、もういいよ。」


 一加はミニアドの前に移動する。


「ネネラさんはこの村を救ってって言ってました。私が弱かったばかりに。ごめんなさい。」


 一加は丁寧に頭を下げた。


「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。」


 一加は血と涙を流しならが何度も謝り、いたたまれなくなった男性陣も村人によって1人、1人その場を立ち去っていた。それでも一加の涙は止まらないでいた。




「一加。」


 画面に映る一加は仲間2人と村長の娘に促され、村長の家へ戻っていた。エクバに支えられて歩く姿は弱々しかった。


 ネネラが目の前で死んだこともショックだったはず。そこにあの男どもの攻め立て。百次は我慢できず、届かない怒りをパソコンに叫んでいた。


 なにもしなかったただの村人と救えなかった勇者。

 

 勇者になったことさえ一加には荷が重いのに。なにも知らないやつが『勇者』という言葉だけで、期待し、その結果に失望する。好きな子が死んだことで怒るのは分かる、でも責めるなら一加じゃなく、あのドラゴンだろ。


 画面の一加はエクバに泣きついている。そこへネネラの母親がなにかを告げたあと、ネネラの母親は一加を抱いて慰めていた。


「っち・・・・・・。」

 

 そのやりとりを見て百次は自分の無力感に苛立ちを隠せないでいた。慰めることもできず、見ているだけ。それが嫌になるが、それ以外にできることもなかった。あの男たちと変わらない自分に苛立った。


 泣き止んだ一加は2人に


「強くなりたいね。」


 と告げ、その言葉に2人は頷いていた。


 百次はその言葉を聞いて、転生条件を確認し始める。






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