転生者NO.8
(死んだよな。あれは絶対死んだはずだ。)
でも死んだあとに自分のことを過去形にできるこの状況はおかしい。真っ暗な空間にいる青年は矛盾した状況について考えた。この空間は周囲真っ暗。青年が寝そべっていたことから地面はある。真っ暗ではあるが自分の手足を視認するできることから完全な暗闇でもない。周りは暗いじゃなく黒いといった方がいいのかもしれない。
1人置き去りの青年。人内風矢。清潔感のある短髪、すっきりした顔、やや細身ながら190近くの身長。背の高さから混雑時の、集合地点、第一目標にされることは受け入れている。青色スーツ、革靴、手提げ鞄。見た目通りの若手のサラリーマン。ブッラクではない会社に勤めて3年目。一人暮らし4年目。彼女との交際2年目。彼女は1つ年下で高校以来の彼女だ。そんな彼女からは普通より悪くない見た目だよと言われ、先月もお泊りで旅行にいっている。
そんなどこにでもいる彼がこの空間にいる状況に至るまでには少し時を遡らなければならない。
ここ3週間は仕事が建て込み、心身共にしんどい状況であった。世間では通り魔やら不倫やらで騒いでおり、自宅付近でも不審者の噂が流れているが、仕事でそれどころではなかったし、体格的にも関係のない出来事に思っていた。
今日も深夜までかかった残業を終え雨の中、帰宅していた風矢は突如、眩暈でふらついた。
(あれ?)
これはまずいやつだ。本能か直感か風矢はそう判断した。疲れだけのものではない、明らかに異常が起きている、動悸が激しく、胸も苦しい。自然と両手で胸を押さえている。体がふらついており、立っているのが奇跡に思えた。
(ひゃく、119番。)
風矢は朦朧としてきた意識の中、携帯を取り出そうとするも、体がついていかない。そこへ走ってこちらに向かってくる人が目に入る。
(助かった。)
風矢はそう思った。恥や迷惑なんて言ってられない。ここは助けを求めないと自分は助からないと考え、救世主となる人の進路をふさぐように動いた。ここが正念場、力を、思考を振り絞るように。
結果、風矢本人の予定通り、目の前に立つことはできた。2つの想定外を除いて。
救世主となるはず通行人の右手に包丁があったこと。次の瞬間には包丁が腹に突き刺さっていたこと。
この2つを風矢本人は刺されてから認識した。体調のせいか、焦りのせいか。救世主だと思った人物は噂になっていた不審者だとも、さらには不審者じゃ済まない包丁を持つ通り魔であることを目の前に立つ時には気づかないでいた。
刺される前から苦しい胸を押さえるので精いっぱいの風矢は、腹の包丁をどうすることもできないでいた。足の力は抜け、その場に座りこんでしまう。
(もう、これ。)
風矢はここで生をあきらめた。腹から出血。口の中にも血を感じる。自分は助からない。あきらめたことで逆に頭がすっきりしたのか。噂に対して無関心すぎたかな。死因はどっちだろう。なんてことまで考えたところで彼への受難は続く。
目を覆いたくなる明かりと共に、耳を塞ぎたくなるエンジン音が響く。これに気づかないのは風矢本人のみ。
つぎの瞬間、どこにでもいる一般人の一生が終わった。
そして、現在に至る。風矢は意識がはっきりしたとき、自分は死んだものと思っていた。しかし数秒後には、死んでたらものなんて考えられない。
(ここはどこで?)
なにもない真っ暗な空間。だけど、自分の姿は目に映る。刺された跡も濡れた跡もないスーツ姿の自分を。足元には鞄もある。携帯・・・・はある。電波はないか。日付は変わっている。
(えーと、落ち着いて1から考えよう。)
風矢がそう思った矢先。
「お。気づいたかな。」
部屋がいや空間が徐々に明るくなっていく。目を労わるように徐々に、徐々に。
風矢は周囲を見回すと背後に木製の事務机。その机にはノートパソコン、電話、アイパットが置かれている。
「えーと、聞こえているかい。」
パソコンの向こうには同じ年くらいの青年が椅子にくつろいで座っている。その青年はTシャツにスラックスといった格好であり、お気楽さが見て取れる。
(若手社長?)
サラリーマンの風矢は一瞬そう考えたが、その可能性をすぐに消し去った。失礼ながらその手の人物に見えない。風矢は対峙する青年をまじまじと見て判断した。
その青年の背後にはまだ20歳には届かないくらいの女性。ブロンドの肩まである長髪。スラッとした体形に見えるが、出ているとこは出ている。
(こっちは秘書か?)
こちらは青年は社長予想より可能性が高く思えた。醸し出す雰囲気なのか。ただ服装がその可能性を否定する。シスターのような黒色の服を着ている。だたその服装が似合ってない分けではない。
「聞こえてはいますね。」
女性が風矢を見て社長に告げる。
「だよね。何回やっても声をかけるタイミングがつかめないんだよなあ。あーあ。」
青年は天を仰いで愚痴る。
「っと。それより。」
青年はやるべきことを思い出し、風矢へ向き直る。
「不安、不審、困惑とかこの状況について説明するけど、いいかな。」
青年は風矢を伺う。「まず状況を判断せよ。」「情報を集めよ。」先輩の口癖が自然と浮かび、風矢は無言でうなずく。
「では・・・・・。」
(あんたじゃないのかよ。)
女性が説明を始めたことに脳内でツッコミを入れ、話を聞く。
女性の話は風矢にとって驚愕な内容であった。自分が死んだこと。ここは死後の世界であること。目の前の青年は神、女性は天使と思っていい存在であること。そして
「異世界への転生、転移ですか。」
「そ。そのチャンスが君の目の前にある。転生、転移の選択も。質問にも答えれる範囲で答えるよ。」
結局、説明を全部、女性に任せた青年が風矢に手を向ける。最初こそ風矢は信じられないでいたが、途中、女性が翼を出して飛び、何もない空間から剣を出したことで信じざるを得なかった。 神って言う割には随分軽い性格だなと思ったところで、「そういう性格なんです。」と天使が思考を読んだ回答をしたことも信じる理由のプラスとなった。
自我と記憶を持ったまま新たな肉体に転生、両親からもらったこの体で転移。小説とかアニメとかで流行っている話。あんまり詳しくはないが、その当事者になるなんて。この手の話が好きな人には宝くじより嬉しいのかも。そこで疑問が浮かぶ。
「すいません。なんで僕なんですか?」
風矢は神に手をあげ質問をする。
「詳細は省くけど、条件に合致したから。」
「条件ですか?」
神の気まぐれではなく、神なりのルールや決まりがあるのか。
「そうゆうこと。そこを聞くのはタブーね。」
椅子に気楽に座っていた神は机に肘を乗せ顔の前で手を組む。
「人間にとって理不尽、不親切かもしれないけど、神には神の矜持があるんでね。」
先ほどまでのお気楽な雰囲気を一掃し、神の持つ厳格さを前面に出し威圧してきた。
(これが、神・・・・・。)
風矢は天使については翼と剣でそういう存在と認めたが、神についてはほんの少し懸念を残していた。その懸念もこの威圧で吹き飛んだ。
「これで私たちのことを信じたと思いますが、私たちのことより自身のことをお考え下さい。」
「あ、はい。そうします。」
天使に思考を読まれた風矢は神の顔を伺う。天使に読まれるなら神にもと思ったのだが、神は既にお気楽な表情に戻っている。器の違いなのか。
風矢は考える。転生転移のことではなく、家族のこと、彼女のこと、友達のこと、同僚、先輩のことを。死んだという実感をどうしても感じられないからだ。だがそれをどうすることもできないのだが。
風矢は頭を振る。割り切れない話だが今は、未来について考えなければならない。
「あの行く世界ってどんな世界なんですか?」
文明は?科学技術は?
(行ったはいいが、すぐに死ぬのは流石にヤダな。)
「それは言ってからのお楽しみ。ちょっとだけ教えるとしたら、君が今まで堪能した技術、文明はないよ。」
神が人を食ったような表情をする。少なくとも人の生活圏はあるんだろうけど、江戸?中世ヨーロッパ?三国志?縄文?どのレベル?「今」って言葉から案外高くて、昭和から平成に代わるときくらいとか。もしかしたら、平成中期とかだったり。逆に今まで以上の科学技術が存在する可能性もある。
(それはないか。)
「今の世界に転生は?」
「それはできない。」
僅かな可能性にかけるも予想通りの回答だった。
「異世界の言葉や環境への適応は?」
「転生なら自然と身につく。転移ならその世界の一般的レベルで適応させるよ。」
会話や病気に困ることがないのか。
「なんかしたほうがいいんですか?」
「特にないよ。強いて言うなら頑張って生きて。」
そもそも異世界に行く意味があるのか?行かせる必要もない。そんな考えも風矢の頭をよぎった。
風矢は目をつむる。目の前には3つの選択。現代社会より文明レベルが落ちる可能性の高い未知な世界への転生若しくは転移。転生、転移を断れば死。3番目は論外として、あとは転生か転移か。行先が未知数すぎて、不安しかない。しかし、決断はしなければならない。風矢は逡巡を終え目を開ける。
「転移します。」
「あいよ。」
風矢は両親から授かった体を、彼女が好きでいてくれた体を今までの世界で生きた証として異世界に持っていくことを決めた。190ある身長も多少の威圧効果があるのでそれはそれで便利なのも計算に入れてはいる。
「・・・・・・・。」
「・・・・・・・・。」
神と風矢は無言で互いを見ていた。
「あとは?」
その空気に耐えれなくなったのか神が先に口を開く。
「あととは?」
風矢は首をかしげる。
「他に要求とか。」
「ん。特段にはないです。」
怪訝な表情をする神。異世界ものでよくあるチートやらスキルやらその手のボーナスを神は要求されると思っていた。だが風矢はその手のことを知らなかった。新たな人生を歩めるという事実のみで十分に幸運と考え、さらになにかを要求するつもりはなかったのだ。
「あー家族や彼女に別れを言いたいかな。」
風矢は上を見てつぶやいた。自分も誰も想像していなかった突然の死。別れを言ったところで悲しみがなくなるわけではない。だが互いの1区切りぐらいにはなると思う。
「・・・・・・・。」
神の無言がそれは叶わないことを示していた。
「ま、言われた通り頑張って生きてみますよ。」
決断を終えた風矢の表情はさわやかだった。死んだことに対する心残りもこれからの世界に対する不安もあるが、くよくよしてもどうしようもないことだ。
「では早速いってもらいますか。」
神は天使の方へ向き直り、天使もうなずいた。天使は風矢の前まで移動する。
「よろしいですか。」
「あ、はい。」
「では、新たな旅路に祝福を。」
「どうも。」
天使が目をつぶり両腕を広げる。次の瞬間、風矢に光が注ぎ、風矢の体は足から光の粒子になり消えていった。風矢は新たな人生のスタート地点へと旅立った。
「ここがか・・・・・・。」
新天地にたどり着いた風矢は周囲を見渡す。のどかな森を通る街道だ。
(森の中でスーツってのは変なもんだ。)
森の中でスーツ姿のサラリーマン。首を傾げ、どうするか思慮をし、街道を北へ向かった。特段、理由もない、適当だった。ここから、彼の新たな人生は始まった。ちょっぴり濃くて激しい刺激のある人生を送ることを知らずに。
風矢の歩みをパソコンの画像で見てた神。
「だーーーーーーー。やっと見つかった。」
深いため息をつきながら、神が机におでこをつける。
「はい。お疲れさま。」
天使が神の肩を叩く。先ほどまで見せた従順はなくむしろ神より立場が上の雰囲気を出す。
「ういーっす。」
神も天使の態度に何も言うことはなかった。
それもそのはずである。この空間に神はいない。いるのは天使とついさきほど転移した風矢と同じ人間。
神を自称した青年はただの人間である。名を南場百次と言い、彼も死してこの場に引き寄せられたものである。故に天使は百次に畏まる必要もない。風矢が感じた威圧も全力のハッタリだった。
「15人目だったけ?」
「16人目。これくらい覚えないさな。」
天使があきれた顔をする。
「と言われても、この条件はいないと思うよ。ガブリアル。」
「そうですか。」
ガブリアルと呼ばれた天使は微笑む。ガブリアルは本来の神に仕える本物の天使である。そして、神により百次のサポートを命じられている。見た目は人は変わらないが人ではく天使。それゆえに人とのギャップをときおり桃次は感じる。
彼は机のパソコンをいじり、その画面をにらむ。
『転移者 NO.8
苦痛に苦痛に苦痛をうけて死に、なにかを求めず、転生できることだけで満足し、未知なる地へ行ける者。
対象外
チート能力やスキル等を求める者。
転生先に金持ち、王族、貴族等の地位、名誉を求める者。
転生できることに大はしゃぎする者。
』
百次とは異なる本物の神から出された転生者の条件だ。
苦痛に苦痛に苦痛を受け死にゆく者は天使がその能力にて探しリストを用意してくれる。百次は前半の条件だけでも少ないと思ったが、悲しいことに意外と多い。そのリストに死ぬまでの経緯が記載されており、目を覆いたくなる状況もある。どう客観的に見ても自業自得のもあるが。
百次はこのリストの中から1人1を選んではこの場に呼び出し、後半の条件に合致する人物を選定する。
その後半の条件が前半よりやっかいだった。
風矢の世界では異世界転生の話が流行しているせいなのか、16人中12人が転生できることに大はしゃぎし、チートやスキルを求めてきた。本物の神だったらその時点で容赦なく一般的な転生へとなる場所へ送られるところだ。元が同じ人間の百次はまだ緩く、その手は無理と説明する。すると今度は12人全員がブーブー文句、イチャモンを付けてきた。
その時点で百次も天使に頼んで死者を死者の魂が集う場所へ送ってもらう。そのうち4人ほどはキレてきたため、天使の斬撃を受けての移動となった。
残り4人のうち、2人は貴族、金持ちになりたいと望んだことでアウト。1人は行き先未知数を聞いた時点で、自ら断った。そうして選ばれたのが風矢だった。その風矢も少し順番が違ったら選ばれない可能性もあった。
ガブリアルが最初に用意したリストには40人の名前が記載されており、風矢が選ばれた時点で他の人も魂の集う場所へ面接をすることなく送られた。
こっちの都合で選んで調べると条件に合わないから強制退場。百次はこれを身勝手で理不尽だとは思う。だが、神も天使も一切気にも留めていない。人間とそれより各上との存在の違いを感じる。そして、百次自身もそこを改善できる立場でもなく、目的もあるので深く考えないようにしている。彼は彼なりに転生を望んでいるからだ。
神から百次に出された異世界転生条件。
『条件にあった異世界転生者を100人を探すこと。』
風矢は現在8人目を転生させたばかり。百次は残り92人を選出しなければならない。そのために何百、何千の人、死者と出会うことになるのか百次本人は想像もつかない。百次本人の転生はまだまだ遠い。