大雨と砂漠
"むしあつい夏の話。
私は、近くの図書館へ本を返しに歩いてきた。
ジワジワと――熱が照り返す。
それとともに、私の体力はジワジワと削られていった。
私はふと思った。
無事にたどり着けるのだろうか。
私はまるでサバクの中でさまよう旅人のようだ。"
「何読んでるの……また変なの読んでるね」
「今日の戦利品……でもさ」
「でも――?」
手にとった本を私に向ける。
"砂漠と私"というタイトルの少し分厚い文庫本だった。
「なにそれ……」
「わかんない……」
顔を合わせ、少しの沈黙の後「元あった場所に返してきなさい」と諭すように言うと、銀色の髪をキレイに揺らしながら女の子は走っていった。
「全く……」
白い息を吐きながら辺りを見渡す女の子。
濃いグリーンのフード付きコートに、映える金髪の髪。
肩まで伸びた髪は幼さを感じる。
背負った体格に合わないカバンを地面に置き、中から懐中電灯を取り出した。
傾いた棚、抜けた天井、床に広がる瓦礫。
誰にも整備されていない建物は、今にも崩れ落ちそうなほど荒れていた。
そんな建物に、なぜ彼女たちはいるのだろうか。
「まだ見つからないの?」
「暗くて見えないんだよねーお?おぉ……」
可笑しな笑い声を響かせ、遊ぶような声が鳴った。
(また遊んでいるな……)
金髪の女の子、ユカは”いつもどおり”の展開に少し呆れていた。
これまでもいろいろな場所を回ってきたが、彼女が真面目に探索をしたことなど一度もなかった。
ためになるものを持ってきたこともないし。現在、移動等のトラック(四枚ドアのピックアップトラック)の荷台には、ガラクタとしか言えないものばかりだった。
だからこそ、大きな白いため息を吐くと、重そうにカバンを背負った。
「全く……手間ばっかり掛かるなぁ」
奥へ進むと、瓦礫と雨漏りは更に激しくなっていた。
穴の空いた天井から滝のように流れる雨。くるぶしまである雨に靴を濡らしながら先へ進んでいく。
そこには、上から下まで雨を滴らせながら、やけに楽しそうに歩いてくる。
「うへへ……ビショビショだー」
銀色の髪をした女の子、ハティは、少しはしゃぎながら箱を持ってやってきた。
「全身濡れてるじゃないか……乾かせないぞ」
「え……そうなの?」
「この雨だからな。ここも崩壊しそうだし、早く出よう」
懐中電灯で周りを見渡すが、めぼしいものは見当たらない。ハティの持つ箱以外は
ほとんどのものは水没しており、使い物にならない。と言ったほうが正しいのかもしれない。ハティの持つ箱以外は
「これ、シケってなかったら使えるのになぁ」
固形燃料の箱を蹴りながら、金髪の女の子は愚痴を言った。
「持っていったらそのうち乾くんじゃない?」
銀髪の女の子はのんきな声色で言う。
「そんなわけ無いだろ。大体、どこにそんなスペースがあると思うんだ」
「うーん……荷台とか?」
「じゃあ、少しはごみを捨てるとしようか……あの本とか」
「そ、それはだめだって!!」
重くなった足を持ち上げ、出口へ向かう。
銀髪の女の子はつっと体を動かすが、思わぬ抵抗にバランスを崩した。
大きな水しぶきを上げ倒れ込むが、金髪の女の子は気にもとめず歩き続けた。
「ちょ……ひどくない?」
「ひどくない。むしろ、私はお前のせいでびしょびしょだ」
「あー……仲間だねぇ」
やり取りの最後に、大きな白い息がこぼれる。
「無駄足だったかなぁ……」
荷物を荷台に載せ、ビニールシートをかけ直す。
大型のピックアップトラックのステップで泥を落とし、車内へ乗り込んだ。
「うぅ……寒いねーエンジンかけちゃおうよー」
「いや、だめだ。燃料も残り少ないし。移動するにしても雨が強すぎる」
フロントガラスに打ち付ける大粒のしずくは、まるでバケツを返したかのような勢いだった。
タイヤを半分沈めてしまうほどの雨に、為す術なく見守る二人。
「流されないといいね」
「車体は一応縛って固定してある。大丈夫だろ」
「……それ、本当に大丈夫?」
「……大丈夫だろ」
金髪の女の子は曖昧な返答を返しながら外を眺めていた。
大きいハンドルに凭れるようにしているが、小さく体を震わせていた。
「寒くない?」
「寒いに決まってるじゃん」
銀髪の女の子は、後部座席から一枚のタオルを上から掛ける。
頭を包むように首と体をしっかり覆い隠すように被せると「よし」と言いながら笑った。
「……ありがとう」
照れくさそうに口を開くと「どういたましてー」と返す。
「なんだよ、それ……」
滝の下にいるような雨はまだ続いていた。
ゲリラ豪雨のように振り続ける。二人はひっそりとした時間を過ごしていた。
「……暇だねぇ……」
「そうだな……」
雨音が世界を遮断する。
先に見えるのはぼやけた世界で
この雨が晴れればいつか見た世界に戻っているんじゃないか。と何度思ったんだろうか。
そんな夢みたいな現実の世界は私をあざ笑うようにそこにあって
夢のような夢の世界は、目を閉じたときにしかそこにいてくれない。
あぁ……いつこの夢から覚めるのだろうか。
そんなことばかりを考えていた。
「へんなポエムを宣うな」
「おや、聞こえてしまったようですなぁ……ハズカシー」
「お前に羞恥心とかないだろ……」
「裸を見られるのは恥ずかしいかな……」
「平然と脱ぐくせに……」
「ユカの前でだけだよー」
「他の前なら?」
「多分、脱がないかなー」
「多分かよ……」