バナナの皮で転ぶ人
風が吹いている。嫌な風が。
俺の人生は不幸に始まり、おそらく不幸に終わるだろう。
生まれた瞬間から俺は九死に一生、絶体絶命、常に命大事にの作戦の状態だ。
それは記憶もない産まれたて3秒後から。
「お母さん、男の子ですあああ!!!」
助産婦から母の腕に渡されるとき、落とされた。ああ違う、手が滑ったんだった。新生児はもっと丁重に扱ってほしいものだ。
幼稚園入園式当日、家を出た直後。
「さあー行くわよートイレは大丈夫ああ?!」
原因不明の血便により香立つ異臭。ああ違う、母の地獄カレーの時間差攻撃だ。お願いだから幼児にタバスコを勧めるな。
高校受験当日、玄関にて靴に足をいれた瞬間。
「おお、頑張ってこいああ!!!」
父親の熱く激しい激励の意を込めた抱擁いう名の突撃。ああ違う、躓いた親父が俺を犠牲に無傷に生還して頭部を強打したんだ。母よ、玄関を重点的にワックスをかけるのは控えてほしい。
そんな俺はこの他以外にも経験済みだがあえて多くは語らない。そうさ、今はそれどころではないのだよ。
俺が19年間生きてきた中で最も最悪な状況に陥っている。
「何故・・・」
眼前に横たわる黄色の皮、バナナの皮。
古典的すぎて逆に恐怖だ。
「これは罠なのか・・・いや、深読みは危険だ。しかしかと言って俺に特攻精神などない・・・だがこのままでは俺の身代わりで他人に被害が・・・落ち着け、何か打開策があるはずだ・・・考えろ、俺はやれば出来るはずだ・・・」
風が唸っている。何か得体の知れない者の笑い声にも聞こえる。
今までの俺はイケてなかった。無抵抗だった俺にはもうサヨナラだ。今何故が根拠のない自信と勇気が溢れてくる。そうか、これだ。俺の使命はこれだったんだ。
自己犠牲によりもたらす世界平和の実行者!
「俺は選ばれた勇者・・・?!そうか、全ては必然!人々の命と安らかな生活は俺次第・・・!」
やってやる、俺はやってやるさ。今まで無価値だった俺も花開く時。
「でさー昨日ついにところてん食べれてさー」
「マジでー念願叶ったじゃん」
通り掛かる女子高生。彼女たちはところてんに夢中でバナナに気付いていない。まさかもう決戦?!・・・いいだろう、見せてやろう俺の魂の下界浄化作戦の始まりを!
「よけろー!死ぬぞー!!!」
駆け出した俺の足は脆く崩れ落ちた。迫るバナナ。俺はなす術もなく突っ込んだ。
「ヤベ!こいつバナナに突っ込んだ!」
「奇人!こいつ奇人だ!気持ち悪い!」
足早に去っていく女子高生。ともに降り注ぐ言葉が深く胸に刺さった。
「俺は・・・哀れなスケープゴート・・・?」
俺は強く手を握りしめた。転がるバナナ、転んだ俺。
滑稽だ、俺は今ただのマリオットさ。神に踊らされた悲しいマリオット。
「やはり・・・この世は不公平、不平等、不条理、不可思議なステージ・・・」
俺は重たい体を無理矢理起こし、軽く膝をはたいた。
風が吹いている。俺の心にあいた穴に流れ込み、身を震わせた。俺は思わず天を仰いだ。
「俺・・・バナナにからかわれたようだな、情けない」
足元には全ての元凶、デビルイエロー。
俺は敬意を込めて投げた。
「さよならだ・・・」
もう振り返らない。過去は過去なんだ。それ以上でも以下でもない。
ありがとう、大切な何かを貰ったような気がする。ありがとう。
ああ、時間だ。お別れだけど悲しまないで。もう君の姿は見えないけど、俺は君を忘れ
「こるああ!!!誰だ人ん家にバナナの皮投げ込んだカスはああ!!!」
・・・やあ、元気だったかい?酷いことをしてすまなかったね。俺は甘んじて罰をこの身に受けよう。
「すみませんすみませんすみません!出来心だったんです!ちょっとストレス溜まってて!最近刺激っていうか憂さ晴らしのアテがなくてつい!まさか貴方様の家に落ちるだなんて思いもしなかったもので!」
「投げるなら金を投げろ!俺の家はごみ処理場じゃねえんだよ!」
「はいすみません、本当すみません!」
投げ返されたバナナが無残な姿と成り果てた。
まるで俺だった。
「ふっ・・・帰るか・・・」
俺は冷たい風が吹く街を静かに引き返した。
阿保っぽいですか?だったら私も喜んで転びます!・・・今後もよろしくお願いしますね!!!




