#8
リルに対して苛立つ気持ちを堪えながら、自室に着いたルイーゼは速やかに扉の鍵をかけた。
彼女は椅子にちょこんと置いてあるクマのぬいぐるみに手に取る。
そのぬいぐるみはルイーゼが三歳の誕生日祝いとして両親であるイリアとフィンからもらったもの。
「お兄様もお父様も今となってはわたくしよりもリルのことが大切ですのね……」
彼女は左手で壁をその耳を掴みつつ、じっと睨みつける。
ルイーゼはぬいぐるみに向けて拳をつきだした。
「なぜ、わたくしは愛されませんの!?」
ドンッドンッと大きな音を立てる部屋の壁。
幸いにも彼女の部屋の周囲には誰もおらず、執事などの使用人や両親の目につくことはなかった。
「……なぜ……なぜ……!?」
今のルイーゼにとってリルは「出来損ない」で「いらない子」――。
しかし、それに対して彼女はルイーゼのことを姉のように慕い、姉妹の関係を築きたいと望んでいる。
よって、二人は全く異なる心境であるのだ。
「っつ……痛い……これで少しでもわたくしの気が晴れるのならば……!」
彼女はひたすらクマのぬいぐるみを相手に拳を振る。
ルイーゼの気が晴れるその時まで――。
◇◆◇
同じ頃、ゼウスは自室に向かって歩いていた。
「ん? どこからだ?」
そこに行くには必然的にルイーゼの部屋を通らなければ、辿り着くことができない。
「ん……もしかしたら、あいつか……?」
彼女の部屋を通りかかった彼は部屋の中が騒がしいことに気づき、扉を叩いた。
「ルイーゼ、ルイーゼ!?」
「そ、その声はゼウスお兄様……! ついに気づかれてしまいましたわ」
ルイーゼはふと右手を見ると、指の間接部が赤くなっている。
「ど、どうしましょう……」
「おい、中にいるのだろう!?」
「え、ええ……」
「だったら、早くドアを開けろ」
「……はい……」
彼女は焦りを覚えつつ、しつこく扉を叩いてくるゼウスに適当に相槌を打ちながら、鍵と扉を開けた。
「貴様、さっきまで何をしていたのか?」
「………………」
「ったく、右手がこんなになるまでさ……」
「………………」
彼はルイーゼの右手を見て問いかけるが、沈黙を貫こうとする。
ゼウスは「……だんまりか?」と悪態をつきながらこう続けた。
「もしかしたら、リルのことでまだ嫉妬しているのか?」
「う、うるさいですわ!」
「リルの姉のくせに……」
「確かにそうではありますが……ところで……」
「なんだ?」
「なぜ、あなたはわたくしではなく、出来損ないがいいのですの?」
「さっきも言っただろう? 俺は貴様よりもリルの方が数倍好きだと言うことを!」
彼女は彼に先ほどと同じ質問をするが、同じ回答で返される。
ルイーゼはすでにその答えは分かっていてるにも関わらず、わざと二度も質問したのだ。
「お兄様の今の気持ちは分かりましたわ」
「質問はそれだけか?」
「……はい……」
「それと、自分の部屋の壁を叩くことはやめてくれ。うるさいし、 周りのことを少し考えろ」
ゼウスにこう言われた彼女は軽く頬を膨らませる。
そのあと、彼は「じゃあな」と手をひらひらと振りながらルイーゼの部屋をあとにした。
2018/05/20 本投稿