#7
リルは泣きながら屋敷内を走り回っていた。
誰もいない静かな場所を求めて――。
彼女が夢中になって駆け回っている時、ドンと何かにぶつかったような音がした。
リルの視界に入ってきたのは壁などといった物ではなく、燕尾服に身をまとった男性という人物だった。
「いたた……」
「リルお嬢様?」
「……カイン……?」
彼の名はイリアの専属執事であるカイン。
彼は再び涙を浮かべているリルの前に立ち、手を差しのべる。
「大丈夫ですか?」
「は、はい」
「こちらで涙を拭いてください」
「ありがとうございます」
カインは燕尾服のポケットからハンカチーフを取り出し、彼女に手渡した。
リルは彼からそれを受け取り、そっと涙を拭き取る。
「先ほど顔が涙で濡らしていましたが、どうされたのですか?」
「カインはわたしのこと、出来損ないでいらない子だと思っていますか?」
「私はリルお嬢様のことをそのように思っていませんよ? オルガント家の子供たちはとてもいい子ですから」
「……………………!?」
カインは彼女に微笑みかけながら答える。
しかし、今のリルにとっては彼の言葉に対してどうしても納得がいかなかった。
「……な、なにか……?」
「それはカインが思い、自ら紡いだ言葉ですか!? それとも、お父様やお母様から「リルの前ではこう言え!」と強制的に言わされている言葉ですか!?」
彼女はカインに向かって、抗議するような口調で投げかけるように質問する。
カインの言葉は信用できない。
どうせ、みんな揃ってわたしのことを異端だと思われている。
わたしはルイーゼお姉様にどんなに好かれようと努力してもどんどん嫌われるだけ――――。
もう誰とも話したくない。
誰とも顔を合われたくない。
リルはそのようなことを思い始めてしまい、徐々に人間不振になりかけていた。
彼は彼女の虚ろになりかけた目をしっかり見て、「いいえ」と首を横に振り、こう続ける。
「それは私の本心でございます。決してお世辞とかではございませんよ? どなたがそのようなことを?」
カインから問われ、「……ルイーゼ……お姉様……」と答えるリル。
「ル、ルイーゼお嬢様が!? 確かに奥様からリルお嬢様とルイーゼお嬢様の仲があまりよろしくないというお話を伺っていたのですが……」
「それは本当のことです。でも、ルイーゼお姉様はわたしにとっては唯一の姉ですし……」
「それは家系図などで存じております。ですが、私はオルガント家の執事として仕えている以上、奥様や旦那様、リルお嬢様はもちろんのこと、ルイーゼお嬢様やゼウスお坊っちゃまの盾と矛でもございます。他の執事やメイドもそうですよ。あなたはそのことを承知していただきたいのです」
「みんな、わたしの味方……」
「ええ。なので、私のような執事や使用人を頼ってもよいのですよ」
「あ、ありがとうございます」
彼女は彼からの「頼ってもよい」という言葉に嬉しくなり、思わず頬を紅くする。
その時、彼女らの様子をずっと壁越しから見ている人物がいた。
「やはり、リルは邪魔者にすぎませんわ! いつかはこのお屋敷から追い出さなければ……!」
その人物はルイーゼだった。
2017/12/12 本投稿