#14
彼は人混みから少し離れ、ロングコートの右ポケットからスマートフォンを取り出し、電話をかける。
呼び出し音が数回繰り返し耳に入ってきたところで『はい、もしもしー』と反応があった。
「もしもし、クロウだ」
『首領、どうされたのですか?』
「そこに誰か幹部はいるか? できればアランがいるといいのだが……」
『残念ながらアランさんは任務に出かけられまして……』
「いつ出ていった?」
『ついさっきです』
「ちっ。タッチの差だったか……」
『今はリスカさんとバイデンさんがいらっしゃいますが……』
「わかった……」
『何がわかったんですかぁ!?』
「私が言いたいことは自ら察しろ!」
クロウと名乗った男性は電話越しで怒鳴り散らして会話を終え、スマートフォンをポケットに戻した。
キャッキャと騒がしくなっている店内に視線を移す。
そこでオリエンタルの住民や観光客が戯れている中でも彼の目を惹き付ける人物の姿があった。
「なんて純粋で素直そうな幼女だ……もし、どこかで売られたりしていたらすぐにでも引き取りたいくらいの可憐な……って、なぜ私はこのようなことを!」
クロウの視線の先には笑顔を振り撒く少女と大人びた少女の姿があった。
彼は群衆から怪しまれないよう、彼女らを交互に見回す。
まるで吟味するようにポケットから煙草を出し、火をつけた。
「……狙いは定まった……大人びた方ではなく、素直そうな幼女にしよう」
煙草の煙を吐きながら、悪どい笑みを浮かべるクロウ。
彼の狙いは姉のルイーゼではなく、妹のリルだった。
◇◆◇
庶民と王族貴族の壁はあまりなく、治安がよいとされるオリエンタルにも一部ではあるが、治安が悪いところが存在する。
夕暮れと同時ストリートチルドレン彷徨き始めたり、ギャングが喧嘩を始めたりと表と裏の世界が混在する時間帯が存在する。
マフィアや裏家業で生計を成り立たせている者も少なからずいる世界だ。
その中でも恐れられている裏社会の組織がある。
ブラッティクロムファミリーだ。
その組織は首領であるクロウをはじめとし、幹部、専属情報員、専属医師、構成員などがいる。
「……はぁ……」
電話に出ていた黒背広を着た青年が溜め息をつきながら受話器を置いた。
この部屋は普段クロウがいる首領執務室。
そこには彼を含め、数人の男女が集っており、一人の黒背広を着崩した帽子を被った青年が近づいてくる。
「おい、誰からの電話だ?」
「バイデンさん……」
「どうかしたのか?」
「先ほど首領から電話がありまして……」
電話の主はクロウであることを伝えるとバイデンと呼ばれた青年は帽子を目深に被り直し、「首領からか……」と呟いた。
「もしかしたら、会合が終わったという報告かもしれねぇな」
「そうだといいんですが……」
「最悪の場合は可愛い幼女を見つけたから手に入るまでは戻らねぇという可能性もある。よく察しろって言っているけど、幹部の俺にも正直言ってわからねぇ」
「もしかして、首領はロリ――」
「それ、本人の前では言わない方がいいと思うわよ?」
青年とバイデンが話しているところを遮るように胸元が開いたチャイナドレスのようなものを身にまとった女性が呆れながら口を開く。
二人はその声がする方に視線を合わせた。
「リスカ、お前いつから!?」
「いつからって首領から電話がかかってきた時からよ? ハッキリ言うけどいい?」
彼がリスカと呼ばれた女性がバイデンの問いに答え、こうつけ加えた。
「彼は立派なロリコンよ?」と――。
「おい、リスカ」
「リスカさん」
「「今、堂々とロリコンって言ったよな?(言いましたよね?)」」
「確かに言ったわ! それは悪いことなの?」
「自分で言っておいて真実を堂々と言うんじゃねぇ!」
「そうですよ!」
「よ、要するに首領の帰りは遅くなるということでしょう? あたしも任務に向かわなきゃならないからまたあとでねー」
「話を勝手にスルーするな!」
「あーあ……行っちゃった」
彼女は堂々とクロウのことを「ロリコン」と言わない方がいいと言っていたが、自ら口にしたことを忘れていたのか否かは分からない。
彼らからのブーイングを受けながらリスカは首領執務室から姿を消した。
2021/04/10 本投稿