56 琴の音
今回は知人女性から伝え聞いたもので、話は彼女の姉が体験したことである。
その当時、彼女は二十代になったばかり。
時は昭和五十年代後半。
そのころの姉は会社勤めのかたわら、ひととおりの花嫁修業をやらされていた。
お茶、着付け、料理、お琴など。
妹の彼女の目からしても、そんな姉の花嫁修業は大変そうに見えた。
なかでも、お琴。
毎晩、姉は琴の練習をしていた。
彼女の実家には古い琴があり、それは母が母の姉より譲り受けたもので、以前は若くして亡くなったそのおばが使っていたらしい。
ある日の夜。
その日は仕事で疲れており、姉はいつになく体が重く機嫌も悪かったという。
琴を弾く気がしない。
そんなときに、
「お琴の練習はしないの?」
母からきつい口調で諭された。
それで、ますますやる気が失せた。
で、なにかしら言い返したことにより、それからは母との間で口喧嘩となり、それは徐々に険悪なものになっていったそうだ。
そんなとき、
シャラン!
座敷から琴をつまびく音が聞こえてきたという。
座敷にはだれもいないはずだ。
台所にいた姉と母はびっくりして、すぐさま一緒に琴の置いてある座敷へと走った。
琴はいつもどおり座敷の床の間にあった。
「なんで……」
人が出入りした様子もなく、なぜ琴が鳴ったのかわからない。
「鳴らしたの、たぶん姉さんなのよ」
「おばさんが?」
「そう、琴の音でもって伝えかったのよ。親子なんだから喧嘩せんで、あたしらに仲良くしなさいって」
「でも、おばさんはもう……」
「この琴、姉さんの魂が宿ってるのかも。姉さんが大事に使ってたものだから……」
二人してしばらく琴の前に座っていたが、それが再び鳴ることはなかった。
現在、実家に琴はない。
姉が嫁ぎ、母が亡くなったあと、その琴の行方は誰も知らないという。
これまでも音に関する不思議な体験談はいくつかあった。
壊れたオルゴール。
おもちゃ箱にないはずの鈴。
目に見えない者が音でもって、近しい者の聴覚に何かしら訴えてくる。
その音の根源はたいがいが身近なものである。
そして。
この琴の話も不思議である。




