45 化身
以前に偶然を扱ったものを載せたが、今回も似たようなケースのものである。
ただ今回は、偶然にしてはあまりに不思議で、しかも私自身が実際に体験したことである。
それだけに話は何とも馬鹿らしくてくだらない。なにしろ魔法使いのおばあさんに出会ったという話なのだから。
適当に読み流していただいてけっこうである。
平成の時代に入った頃である。
その日。
妻の母とその友人たちを車に乗せて、遠くの山へとドライブに出かけた。妻の母は、とある俳句の同好会に所属しており、私は運転のできない彼女らの運転手となっていたのだ。
帰ってから、妻の母より金一封をいただく。
その場で中身は確認しなかったが、それまでの経験から一万円札が入っていることは容易に推測できた。
帰宅途中、いつも行くパチンコ店に立ち寄った。
まずは飲み物と、店内に据えられた自動販売機に行き、百円玉二枚を投入して缶コーヒーを買った。
するとである。
釣り銭取り口に、千円近い小銭が落ちていた。おそらく前に買った者が、うっかり釣り銭を取り忘れたのであろう。
――今日はついてるな。
釣り銭全部をありがたくいただいた。
それから、本日いただいた金一封を千円札に替えるため両替機に向かった。
ところがだ。
ポケットに義母からいただいた封筒がない。どこをどう探しても見つからないのである。
――さっきコーヒーを買ったときに……。
急いで自動販売機に引き返したが、そこらあたりにも封筒は落ちていなかった。
すでに誰かに拾われてしまったのだろう。
――くそー。
たぶん財布を取り出したときに、ポケットからいっしょにこぼれ落ちたのだ。
これでは釣り銭をもうけたどころではない。一万円近い缶コーヒーを飲むハメになってしまった。
やむなく……。
財布にあるわずかな千円札を使ってパチンコを始めたが、案の定、台に座ってすぐに使い果たした。
私が魔法使いのおばあさんに出会ったのは、この直後のことである。
再び両替機に行き、もともと自分が持っていた一万円札を財布から取り出した。
と、そのとき背後から呼びかけられる。
振り向くに……。
そこには顔がしわくちゃで、背の低いおばあさんが立っていた。
頭には目深なフード。
右手には木の杖。
左手には一万円札がある。
「これは、あんたのものじゃないかね? 足元に落ちてたんだが」
「あっ、すみません」
それだけ言って、私はおばあさんが差し出した一万円札を遠慮なく受け取った。
おばあさんが立ち去る。
――ほんとにオレのかな?
そんな思いで財布の中を確認してみるに、もともと持っていたお金はある。
だいいち一万円札を落とすわけがない。先ほどお金の入った封筒を失くしたばかりなので、かなり慎重になっていたのだから……。
ただし。
私が落とさなかったという確証もない。
両替機の前に一万円札が落ちていれば、おばあさんより先に私が気がつくはずで、そうなると私が落としたとしか考えられない。
そうこう考えているうち……。
――この一万円札は失くした封筒にはいっていたものなんだ。あのおばあさんは魔法使いで、失くした一万円札を見つけてくれたのだ。彼女は魔法の杖を持っていたしな。
そんなふうに思えてきたのである。
私は目で魔法使いのおばあさんを探した。
おばあさんは近くにいた。
このパチンコ店の制服である水色の作業服を上下に着けている。
頭には三角巾。
手にはモップ。
先ほどフードだと思ったのは三角巾、杖だと思ったのは掃除用のモップの柄であった。
店内の清掃員である。
もう一度、おばあさんの顔を確認した。
よく似ているようで、それでいてどこか違うような気もする。
――まあ、いいか。
私は勝手に自分を納得させた。
とにかく勘定としては合う。
自動販売機で缶コーヒーを買ったときの釣り銭のもうけを除いてではあるが……。
後日。
その店に通うたびに、私は魔法使いのおばあさんを探した。
しかし……。
あのように顔のしわくちゃな、年老いた清掃員を見かけることは一度もなかった。
今でも思っている。
あのモップを持った清掃員は、魔法使いのおばあさんの化身であったのだと……。




