43 野良猫
今回の話は、五十代半ばの女性、知り合いのSさんから聞いたものである。
Sさんがそのことを体験したのはずいぶん以前、彼女が結婚したての頃で、昭和が終わりを迎えようとしていたときだった。
「不思議といえばそうなんですが……」
Sさんはそう前置きして語り始めた。
話をひととおり聞くに、たしかに不思議なことではあるが、むしろほのぼのとさせられる内容だった。
そこで今回は、Sさんの体験に沿ったかたちで物語風に綴ってみようと思う。
Sさんは仮名で幸子とした。
結婚した頃。
幸子は二階建ての木造アパートの上の階に住んでいたのだが、アパートの敷地には何匹もの野良猫が寄り集まり、猫好きな彼女はそんな猫たちに会うのが楽しみになっていた。
ある日。
野良猫の一匹に食べ物を与えたことから、部屋の入り口には入れかわり立ちかわり、ほかの野良猫たちもエサを欲しがってやってくるようになった。
幸子はそんな野良猫たちに食べ物を与え、それらの一匹一匹に名前をつけてやる。
ミー、ポコラ、あん、ヒネ。
しばらくすると……。
野良猫たちは彼女の自転車の音を聞きつけると、どこからともなく現れてはひとしきり甘え、エサを食べては帰っていくようになった。
そうした中の一匹、きじ猫のミーはおなかが大きかった。赤ちゃんが生まれようとしていたのだ。
そんなミーに、
――ぶじに生まれますように。
幸子はそう願い、普段から特に目をかけていた。
その後。
ミーは母猫になった。
「ミーちゃん。しっかり食べて、赤ちゃんにお乳をあげるんだよ」
幸子はミーに話しかけては、ほかの猫よりも多めに食べ物を与えた。
そんなこともあってか……。
ミーは買い物についてくるようになる。
こっそり部屋に上がり込んできたりもする。
ほぼ飼い猫と変わらぬほど、幸子になつくまでになったのだった。
それでも家庭の事情から、ミーとは最後まで野良猫としてつき合い続けた。
幸子の夫は転勤族で、勤め先が変われば住む土地も変わる。猫を飼えなかったのである。
その日の朝。
幸子が仕事に出かけようとしたときだった。
ミャアー。
ミーの鳴き声が玄関のドア越しに聞こえた。
――さっき食べさせたばかりなのに……。
そう思いつつ玄関を押し開けたとん、幸子はドアの前の光景にたいそう驚くことになる。
ミーと、見知らぬ一匹の猫。
二匹の間には手の平に乗るほどの子猫がいて、それはミーそっくりのきじ猫だった。
ミャアー。
ミーが幸子をじっと見つめて声をあげる。
ミャアー。
子猫の父親なのだろうか、もう一匹の猫も幸子を見上げて鳴いた。
ミャアー。
子猫も鳴いた。
「この子がミーちゃんの赤ちゃんなのね。私に見せに来てくれたんだ」
幸子はミーに向かって話しかけた。
その言葉を理解したのか、ミーは子猫を連れて満足そうに帰っていく。
「ありがとね」
幸子は三匹のうしろ姿に声をかけた。
ミーが振り向く。
一声、ミャーと鳴いた。
それから子猫を口にくわえ、一階に続く外階段を降りていく。
――幸せになるんだよ。
幸子はそう願いながら、三匹の野良猫を見送ったのだった。
最後はSさん自身の言葉で閉める。
「猫は獲物を狩ると、主人に見せる習性のあることは知っていました。でも、生まれたばかりの子猫を連れてくるとは、ほんとにびっくりでした。ご飯をもらったおかげでこんなに大きくなったよって、我が子を見せに来たにちがいないんです」
あの日のことを思い出すたびに、今でもSさんは心がほっこりするのだという。




