34 足音
この話は知人女性の体験談である。
彼女には母方に祖母がいるのだが、不思議なことを体験したのは、その祖母の妹にあたるSさんが亡くなられたときのことだという。
小学生の夏休みの日だったというので、そのことがあったのはずいぶん以前のことになる。
その日。
彼女は家業の店番を手伝いながら、そこでいつものように夏休みの宿題をしていた。
じりじりとしたとても暑い日で、店先に打ち水をしても、まくそばからゆらゆらと陽炎が立ち昇っていたという。
そんなときだった。
カタカタカタ……。
彼女は通りを忙しげに駆け抜ける下駄の鳴る音を耳にした。
――Sおばちゃんだ!
音でわかった。
彼女には聞きなれた懐かしい下駄ばきの足音だったのである。
すぐに顔を上げ通りに目をやった。
Sさんお気に入りの白地に紺のアヤメの柄の呂の着物。
黒塗りで朱の鼻緒の下駄。
そのとき。
それらが脳裏に写真を写したように鮮明に見えたという。
あわてて立ち上がり、あとを追うように通りに走り出たが、そのときすでにSさんの姿はなかったそうだ。
そのSさんだが……。
当時、列車を使っても半日かかるほど遠く離れて暮らしていたのだが、母はSさんにはずいぶんと世話になっており、彼女は幼少の頃からSさんのことが大好きで慕っていたそうだ。
その日の夕方。
Sさんが亡くなったという訃報が届いた。
葬儀の日。
Sさん宅の玄関には、あの黒塗りで朱の鼻緒の下駄があったという。
Sさんの亡骸には、白地に紺のアヤメの柄の呂の着物が掛かっていたという。
彼女が言う。
「あのとき、私はなにを見たのでしょうね?」
今思い出しても、虫の知らせというにはあまりにリアル過ぎたという。
そして。
彼女は最後にこう結んだ。
「大好きだったSおばちゃんが、私に会いに来てくれたんだと思うことにします」




