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①天才脳科学者


「ピッ、ピッ、ピッ、ピッ」

 機械的で耳触りな音が、暗い部屋全体に響き渡っている。

 密閉された空間の中にパソコンのブルーライトがぼうっと浮かび上がり、そのライトを浴びて一人の若い女性の顔が照らし出されていた。

 彼女は夜野美月よのみつき、二十一歳の現役大学生で主に脳科学の研究している。現在夏休みと言う事もあって、一人家に籠って研究に没頭している。その研究の理由は、もうすぐこの部屋に入ってくる青年にある。

「コンコン」

「……どうぞ」

「入るよ、美月」

 彼女の背後の扉から、一人の青年が車椅子に乗って入って来た。彼は古閑敬太こがけいた、彼女と同じ二十一歳で、手先の器用さは誰にも負けない自信を持っている。それを活かし、現在漫画家及び画家として幅広く活躍している。

「どうかした? 敬太」

「うん、ご飯できたよ」

「あ、もうそんな時間かあ」

 彼女は大きく背延びをすると、パソコンを閉じて立ち上がる。彼はその場で百八十度回転すると、そのまま部屋を出て行った。彼女はそれを追うようにして早足で歩き出す。

 彼女と彼は一歳の時からの幼馴染である。幼稚園、小学校、中学校、高校、そして大学までも一緒で、その所為もあって仲は深まり、大学入学と同時に同居生活を始めていた。しかし、ただ単にそういう理由だけで同居している訳ではない。もっと重く深い理由があるのだ。

「美月、ゲットを知らないか?」

「ん……知らない」

「そうか、うーんどこ行ったんだろ」

「……」

 ゲットとは飼っている猫の名前で、夜に溶け込む真っ黒な姿が印象的である。ゲットは敬太が十歳の時に誕生日プレゼントで貰った猫で、もう十一歳になる老猫だった。


「……ごちそうさま。美味しかったよ、敬太」

「ありがとう。でも、サラダのドレッシングはいまいちだったね」

「十分よ。漫画と違って料理はその時だけなんだから、気にしなーい」

「おお、良い事言うね」

「ふふ、科学者ですから」

 彼女はそう言うと、すぐに振り返り研究室に戻ろうとした。しかし彼が何かに気付いたのか、慌てて静止を呼び掛ける。

「待って美月、お風呂お風呂」

「ああっ、また忘れてた」

「僕はもう入ったから、ゆっくりどうぞ」

「かたじけないですー」

 下半身不随の彼が一人で入浴できる理由、それを疑問に思うのは何ら不思議ではない。それは彼女の研究に深く関係している。彼女が通う大学は、全国でも有数の技術を持つ希少な大学である。そこで少し前に彼女の提案で、身体障害者の補助を目的とした高性能車椅子の開発が成されたのだ。これは現在古閑敬太が乗っている物で、服を脱がせたり体を洗ったりと今の彼の生活を大いに支えている。しかし、ただの一大学生の提案など普通は受け入れられない。だが彼女はその大学でも突出した才能の持ち主だった為、それが可能だった。彼女が成した事の中で最も大きな功績と言われているのが、脳から送られる電気信号を正確に読み取る車椅子だ。現在古閑敬太の乗っている物にもこの機能は搭載されており、彼の車椅子は世界で最も高性能だと言って良い程に優れているのだ。


「フーンフーンフフーン♪」

 風呂場では彼女が鼻歌を歌いながらシャワーを浴びていた。すらっとした体のラインに、綺麗にくびれた腰付き。赤みがかったショートヘアと整った顔立ちは、美人と言っても何ら差し支えない。

「ふう~良い温度。敬太良い仕事するね~」

 湯船に浸かった彼女は満足気にそう言い、足を組んで両手を左右に掛ける。そしてそのまま眠ってしまったかのように動かなくなった。


 十数分後、彼女は唐突に目を開けて起き上がり、湯船から身体を持ち上げる。そして少しシャワーを浴びたかと思うとそのまま風呂場を後にした。

 風呂場を出た彼女は、キッチンを横切って横にある部屋の扉を開ける。

「今日も良い湯加減だったよ、敬太」

「どうも、大体いつも三五度くらいにしてるつもりだけど」

「へえ。機械化しちゃえば楽だけど、こうも正確なら必要ないかもね」

「はは、きつい事言うね……」

「冗談、機会があれば頼んどくよ」

「うん、よろしく」

 敬太はいつもキッチンの横にある小さな部屋で漫画を書いていた。週刊連載ゆえ余裕がないのか、一度も彼女の方を見る事なく、手を止める事もなかった。

「じゃ、あたしは研究に戻るから」

「うん、おやすみ」

 彼はようやく彼女を見てそう言った。彼女が入浴後に研究に戻ると言う事は、寝るまで会う事は無いと言う事なのだ。彼女は濡れた頭を拭きながら、研究室の方に歩を進めた。


 研究室に戻った彼女は、パソコンの電源を入れて持ってきた服に着替え始めた。恐らく寝巻であろうその服はピンクの桜の絵で装飾されていた。

 彼女は着替え終わると、机の一番左にある鍵付きの引き出しの鍵を開ける。その中から何やらUSBメモリの様なものを取り出し、再び鍵を閉めた。彼女はそれを持ってパソコンを覗きこみ、左側の端子に慎重に差し込む。

 暫くすると画面に「Autonomous thinking type program」と表示され、真っ白な画面が表示された。同時にパソコンの正面にある大規模な機器に照明が付き、一気に部屋全体が明るくなる。

「ゲット、今日も三十分だけよろしくね」

 そう言う彼女の目線の先には、老猫ゲットの姿があった。透明なカプセルに入れられていて、身体を丸め熟睡している。頭にはいくつものケーブルの様なものが取り付けられていて、そのケーブルは左右にある縦長い長方形の機械に向かって伸びていた。

「それじゃあ、『ATTP』始動!」

 彼女はそう言ってパソコンのエンターキーを強く叩く。すると、画面に奇妙な風景が映し出され、何か人のようなものが画面中央に現れた――。


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