第12話 盛大な勘違い
魔物の死体は、商人さんが持っていた、【浄炎】の魔方陣が書かれた木札で、灰すら残さず焼かれた。神殿というところで買うらしい。
【浄炎】は瘴気を浄化して、白い炎で焼く魔法だ。死者を弔う時にも使われる。余談だが、魔族が使う魔術で、似たような効果を持つ【送り火】というものがある。【送り火】を使うととても幻想的な光景が見られるらしい。…まだ、見たことないけど。むしろ見たことない方がいいのかもしれないけど…。
なんとか山を降りて、少し離れた街道沿いの野営予定地に着いたのは、日が沈んで一刻半ほど経ってからだった。度重なる魔物の襲撃で、疲労が溜まっていた。手速く野営準備を整えると、火を囲みながら各々座り、やっと一息つくことができた。
食事はそれぞれ持っていた携帯食と商人さんが提供してくれたスープだった。
なんと、人間界にもあった。魔道具が…。まぁ、こっそり【鑑定】を使うと、断然魔界産の魔道具の方が性能が優れていたけど。
飲み水を出す魔道具で、形は水さしのようだった。これ以外にもこういった魔道具は、比較的安価でわりと流通しているらしく、旅をする人の必需品なんだとか…。聞いてみるとブルジスとロウィンも持っているらしい。
街に着いたら、買っておくべきかな?
お金を持っている人ほど、高性能で高価な魔道具を持っているらしい。一度、見てみたいものだね。魔界とどれほど技術力が違うか、結構気になる。
スープの味は、可もなく不可もなくといったものだった。野営中だから文句は言えない。夜は少し冷えるため、温かいスープを飲めるだけありがたいと思う。昼間は魔物の襲撃を警戒して、そんなにゆっくり落ち着いて食べられなかったし。
「あの、聞きたいことがあるんですが…」
「おう、どうした?」
「B級とか、アズィーラとかって…何なんですか?」
空気が凍った。それも盛大に。…え、あれ?これ、やっちゃったパターン??もしかして、いや、もしかしなくとも、常識だった…とか?
突然の空気に内心盛大に混乱しつつ、表情だけは何とか保っておく。
「…ま、まさか、知らないで冒険者やってたのか!?」
「ブルジス、それ以前の問題だ。子供でも知っていることだぞ?」
はい、きた。やっぱり常識っーーーーーーーーー。
頭をフル回転させて、不自然でない答えを探す。果たしてその答えとは…?
少しうつむきながら、両手を握りしめ、深刻な表情を作った。ゆっくりと、しかしためらうような雰囲気を出しつつ語った。
「じ、実は…」
ーーー壮大な作り話を。
深い、人があまり踏み込まない森の中で、赤ん坊の泣き声が響く。それはに気がついたのは森に住む1人の老人だった。服から覗く顔や腕には、いくつもの傷があり、衰えを見せぬ筋肉のついた身体は、若かりし頃の勇猛さがうかがわれた。
「なぜ、こんなところに赤ん坊が?ここは危険じゃ。これも何かの縁じゃろう」
誘われるように来たのは、老人だけではなかった。動物や魔物の気配が近づいていたのだ。老人は赤ん坊を優しく抱き上げると、早急に家へと帰った。
赤ん坊は老人の愛情を受け、すくすくと育った。老人はその子に、生きる術を叩き込んだ。特に剣技は、老人が目を見張るほどの才能を持っており、1人で魔物を狩ることができるほどにもなった。
魔物を狩り、作物を育て、食事を作り、時には老人と剣を交えた。そうして老人と2人、12年もの時を過ごした。
ある日のこと、突然老人が倒れた。
「爺ちゃん!」
「すまんのぅ…。寿命がきたようじゃ。だが、お主なら、もう1人でやっていけるじゃろう。ワシが死んだら森を出て、いろんなところを見ておいで。世界はいいもんじゃ。ワシが見てきた世界を、お前にも見せたいのぅ…」
1人で生きる術を叩き込み、安心したのだろうか、老人は幸せそうにかすかな笑みを浮かべて、息を引き取った。ただ1つ、老人の心残りは、広い世界を見せてやれなかったこと。だから、最後に願ったのだ。
老人を弔った後、荷物をまとめると家を出た。老人の最後の願いを叶えるために、思い出の詰まった家を出て、世界を見るのだ。期待と不安を抱えながら、森の入り口へと歩き出した。
ここから始まるのだ、少年の物語が。
……と、彼らの頭の中で展開されていた。
実際に語ったのは、
・赤ん坊の頃に親に捨てられ、老人に拾われた事
・かつて冒険者だった老人に、鍛えられた事
・老人が死んだので、森から出てきた事
だけだった。
その場で考えた、穴の空いた設定だった。
しかし私は、自分の力を、魔王の力を甘く見ていたのだ。そうして、うつむいていたせいで、彼らの様子を一切見ていなかった。だから、わからなかったのだ。感知されないほどの微量な魔力が、【精神操作】と【幻覚】を彼らに施していた事を。見た目や仕草によってそれがさらに加速させたのを。
ーーーそれは後に、私にとって黒歴史をもたらし、私を盛大に悶絶する事になるのだったが…。今の私は、ごまかす事に必死で、気づいていなかった。




