とある騎士の失恋。
「はぁ……いい女、いないかなぁ」
大昔から不思議なほど魔物被害が少ない平和な国を見渡して溜め息をつく騎士が、純白の城のバルコニーにいた。
髪はプラチナゴールドで、それをオールバックにした彼は整った顔立ちだ。大人の色気がある彼には、令嬢も街の娘も魅了される。
騎士という誇り高く勇ましい役職も手伝って、彼は最高にモテていた。
否、モテすぎた。
目に留まる美人を片っ端から口説き落として、一夜の関係に持っていった彼は、飽きてしまっていた。
もう少し落とす甲斐のある美人はいないのだろうか。
見た目麗しく清楚な令嬢も、したたかな令嬢も、活発な街の娘も、おしとやかな街の娘も、食べ飽きた。
もう少し外見や甘い言葉ではびくともしないような、少しガードの強い女性はいないだろうか。
落としたいと燃えるような飛びっきりの美女はいないだろうか。
モテすぎるのも考えものだ。
溜め息をつく騎士の前に、タイミングよく初めて見る美女が現れた。
廊下を横切るその美女は、ドレスではない。まるで男装。黒いズボンを掃いていて、ブラウスとベストを着ている。
なのに女性らしさがあった。
黒いズボンは艶かしく細すぎず太すぎない脚を包み込んでいる。コルセットではないのに、丈の短いベストを着たウエストは引き締まり、胸元はふっくらしていた。
ドレスでもなく露出もないにも関わらず、女性らしく妖艶。
髪は毛先が橙色にきらめく赤茶で、深紅のリボンで結ってあった。
横顔は無表情で、この国では珍しいダークブラウンの瞳と健康的なナチュラルベージュの肌色。
長い睫毛の下にある瞳は、凛々しかった。
「……いい女」
騎士は思わず呟く。
着飾るだけで下半身デブの相手が多かった騎士は、その美女の体型に唇を舐めた。
他所の国の人間のようだが、顔もなかなかの美人。
騎士は標的を見付けた。
直ぐ様射止めようと行動に出る。
「そこのお嬢さん!」
呼び掛けたが、美女は反応せず廊下を歩き続けた。
追い掛けて後ろで呼べば、足を止めて振り返る。
じ、と黙って美女は見上げてきた。正面から見ると幼さを感じさせる顔だ。
「初めて見掛けますね。お困りならばこのオレが案内しましょう」
「結構です。微塵も困っておりません」
甘い笑みを浮かべて見つめれば、大抵の女性は頬を赤らめていたが、彼女は例外だった。
間も入れず一蹴する。顔色すら変えなかった。
ショックを受けつつも歩き去ろうとする美女の前に立ちはだかり、壁に腕をついて遮る。
面白い。丁度望んでいたガードの固い女性だ。
強引に落として、射止めてやる。
「オレが案内したいのです。いかがですか? オレと……二人で」
美女が垂らす髪を手に取り、甘く微笑む。
その手を見ると、美女はまた顔色を変えないまま見上げた。
「放してくれませんか?」
「放さなかったら、どうするのですか?」
「……」
顔を近付ければ、手にした髪の毛からオレンジの甘い香りがする。
その香りを堪能しながら、騎士は見つめて顔を近付けた。まるで彼女の瞳に吸い寄せられるようだ。
このまま唇を重ねることを許されるなら、騎士の勝ちだ。
テクニックにも自信がある。豊富な経験を活かして、彼女の理性を崩して官能的な表情を引き出せば、熱い熱い一夜が過ごせるだろう。
しかし、触れることなど許されなかった。
美女が身を引く。かと思えば、騎士の腹に容赦なく膝蹴りが食い込んだ。
「うぐっ!? うお!」
腹部を押さえて屈んだ騎士の顔に、これまた容赦ない蹴りが飛んだ。こればかりは自己防衛が働き騎士は横に転がり避けた。
「自分に相当自信があるようだけど、私は貴方に微塵も惹かれてない。近付くのも触るのも拒否するわ」
「なっ……」
腕を組み仁王立ちして見下す美女が、またもや一蹴する。
「今までその手で口説き落としてきたでしょうが、私は簡単じゃないの。たかが顔がよくて騎士の格好してるからって、私の心が射止められるとでも? そう考えていることが全くもって腹立たしい。ちょっと女を甘く見すぎてますね、貴方に自信を持たせた女性達が気の毒でならないわ。少しは彼女達に敬意を払った言動をしなさい。多くの女性を落とした自信も希薄に成り下がるわ。その容姿と台詞だけじゃなく、誠意を示しなさい。相手を褒めて、惹き付けられたことを甘く伝えて、心に響かせなさいよ。ただの歯の浮くような台詞は、私に響かないわ。出直しなさい」
見下した眼差しを向けながら、騎士に駄目だしをした美女こそ自分に自信があるのだろう。
その眼差しで、軽々と騎士の下心を見抜き彼の自信を踏み潰すように言葉を突き刺した。
とても凛々しかった。
自信を踏み潰されたが、悔しいほどその美女が魅力的だった。それは認めざる終えなかった。
悔しいほど胸が熱くなり高鳴る。
魅力的すぎるこの美女に、騎士は心を奪われた。
なんとしても、この美女の心を奪いたい。
騎士は燃えるような熱さを覚えた。
チャンスは与えられた。
どんな手を使ってでも彼女を手に入れてやる。強く決心した騎士の最後の恋が始ま――――。
「あ、出直さないでください」
――――らない。
歩き去ろうとした美女が振り返り、撤回した。
「はっ……?」
「出直したところで、貴方にチャンスなんて微塵もないことを思い出しました。貴方に私の心を奪う機会も隙も全くもってございません。だって――――私には真の運命の人がいますから」
にっこり、と初めて美女は笑みを浮かべた。まるで少女のような愛くるしい笑みに、騎士は胸をズキュンと打たれる。
「私の心は彼が満たしています。貴方がどんな甘い言葉やプレゼントを捧げようとも、心は彼のもの。だから私のことは綺麗さっぱり忘れてください」
胸を押さえて微笑む美女の心を満たす男は、一体どんなに優れているというのだ。
手厳しいこの美女が、真の運命の人とまで呼ぶ男に騎士は嫉妬した。
「彼には到底敵うはずはありません。敗けが決まっている勝負をしても時間の無駄。哀れな自分の愚かさと向き合い、自分磨きをしてから、他の恋を見付けて頑張ってください。いつかご令嬢達に見向きもされないほど惨めな勘違い男になるその前にね」
最後はヒールでグリグリと踏み潰すように、美女は毒を吐き捨てて今後こそ廊下を歩き去った。
なんて鬼畜な美女なのだろうか。
近付いた途端に蹴りを飛ばして、容赦なく踏み潰すような手厳しい発言。
口説くチャンスを与えて食い付いたところで、立ち上がらせまいともう一度踏み潰して、角の尖ったヒールでグリグリと踏み潰して去った。
騎士の男のプライドは、ズタボロにされた。
「……ふっ……ふふっ!! 絶対に手に入れてやるっ!!」
置き去りにされた騎士は、誰がどう見ても悪巧みをしている笑みを浮かべて、立ち上がった。
ズタボロにしたあの美女をどんな手段を使ってでも手にいれて見せる。
いくら美女に真の運命の人と絶賛するほどの男がいようが、騎士には奪う自信と策があった。
丁度、"彼"が来ている。
走るように向かった先は、魔法使いリヴェスに魔法を教わっている殿下の部屋。
「失礼します、殿下。リヴェスさんに重大なお話がありまして」と魔法書と向き合っているまだ十五の殿下に軽く断りを入れて、リヴェスを掴んだ。
「あ? んだよ」
魔法使いリヴェスは、これまた麗しい青年だ。
輝くような金髪とペリドットの瞳を持つ。
この国一番の魔法学院を、時折音信不通で行方を眩ましたり協調性が欠ける行動をしたり教師にもよくない態度をしたり問題ある生徒でありながら、歴代の首席を圧倒する成績で卒業した天才。
最近家の前で大暴れしたという悪い噂が流れているが、国王に腕を買われて寵愛を受けている魔法使いだ。
「惚れ薬、惚れ薬をオレに売ってくれないだろうか。リヴェスさん」
「はぁ? 今殿下の勉強に付き合ってるのが見えねーのかよ」
「この通りだ、至急欲しいのです! 口説き落としてきた女なら星の数ほどいるこのオレがっ、惚れ薬を欲するほどの美女と出会ったんですから! どうか!」
「知るか、ボケ。関係ねーし」
「頼みますよ、ラロファの同僚にどうかお慈悲を!」
今までその手の魔法は必要なかったため、求めたのは今回が初めて。
リヴェスの友人の名前を出せば、きっぱり断っていた態度が緩んだ。
騎士はもう少しだと、粘った。
「その美女を、何がなんでも落としたいんですよ。他にはいないような超いい女で、既に男がいるみたいですが……ふふっ、オレのテクにかかれば身体も心も手に入ります」
「んなこと聞いてねーし」
「あの美女の官能的な表情を見るまで、オレは諦めませんよ」
「だぁーうぜ! わかったからちょっと黙ってやがれ!」
しつこさにうんざりして、リヴェスは騎士を押し退ける。
引き受けた方が面倒臭さがないと思い、仕方なく引き受けた。
惚れ薬は、媚薬だ。
一夜の関係に持っていきたい時に、相手を欲情させるだけの薬。
心が奪えなくとも、身体を奪える。
夜のテクニックにも自信がある騎士は、身体を奪い夢中にさせるという浅はかな策を考えていた。
身体も手に入れば、心ももらったも当然だ。
国一番の魔法使いの惚れ薬ならば効果は絶大。
もう美女は手にいれたも同然。
官能的な表情をする美女を想像して騎士はにやける。
そんな騎士から、まだ未成年の殿下をリヴェスは遠ざけた。
「ルベルー」
そこに弾んだ声が響く。
リヴェスはいち早く振り返る。愛しい人の声だからだ。
騎士が入った扉とはまた違う扉から、あの美女が笑顔で入った。
「ニャミ!」
不機嫌顔だったリヴェスは笑顔になり、彼女を呼ぶ。
「城、広すぎて迷っちゃった。綺麗なメイドさんが親切に教えてくれたんだぁ」
「あ、貴女は!」
物腰柔らかくリヴェスに話し掛ける美女の登場に、騎士は胸を押さえた。
ドキドキと胸が高鳴る。
「ニャミと言うのですかっ……また会うなんて、これは運命なのでは!?」
「? ………………誰ですか?」
「!!!!!?」
目を合わせると、美女ことニャミは首を傾げた。
そして、ついさっき会ったばかりと言うのに忘れ去っていることを明らかにする。
騎士は尖ったヒールが深々と突き刺さったような痛みを食らった。
ほんの数分前だ。蹴っては踏み潰すような発言をしたにも関わらず、綺麗さっぱり忘れ去っている。
ニャミにとって、記憶に留める価値もない出会いだったということ。
本当につけこむ隙もないほど、ニャミの心は意中の相手で一杯ということだ。
騎士のプライドは、砂のように粉々となった。
「――――――…ほーぉう?」
「っ!!!?」
殺気を感じて騎士が振り返れば、リヴェスが笑っている。
口元をつり上げているが、目が笑っていなかった。
「つまり……貴様が惚れ薬を使いたい美女って――――――…このオレの恋人か?」
騎士は青ざめる。
リヴェスこそが、ニャミが言っていた真の運命の人だ。
敵わない。絶対に敵わない。
騎士はニャミの言葉を痛感した。この天才リヴェスに到底敵うはずがない。
「このオレの恋人を寝とり、官能的な表情を見て、身体も心も奪うって? ……やれるもんなら、やってみろよ」
「いや、そのっ、リヴェスさんっ……! リヴェスさん、お許しをっ!!」
「許さねぇっ!!!!」
恋人本人に悪巧みを話したことが仇となり、騎士はその身体でリヴェスには敵わないことを思い知らされるのだった。
これは真の運命の相手同士のカップルに、蹴られたりぶっ飛ばされたりした哀れな騎士のお話。
end
騎士が主役なのに名前なしで、哀れな役のお話でした!
今回は甘くないお話、お粗末様でした!
ちなみにリヴェスことルベルとニャミは、「CUORA」の主役でとてもあまあまなラブとファンタジーやっております!
このカップルに興味が沸いてまだ見ていない方、是非!
以上、本編には決して出ない残念なイケメン騎士を足蹴にした宣伝短編でした!
お読みくださりありがとうございました!(*´∇`*)