03話 「教授の研究室」
翌日、古代魔術考古学研究サークルの顧問をしているウルバーノと何故かサークルを見に行く約束を交わしてしまったメリチェルは、2限の講義を終えるとすぐに彼の教授室へと足を運んだ。だが、メリチェルの姿を確認するや否、彼はどこか残念そうな表情で迎えた。
「――ああ、メリチェルくん! あの、すまないね。実はこの後どうしても外せない職員会議が入ってしまってね。私が案内することができなくなってしまったんだよ」
「そ、そうですか」
「それでね、古代魔術考古学研究サークルの愉快な仲間には君が行くことの話を通してあるから、今日は好きに見学してもらいたい。あと少しで、迎えも来ると思うから――ああ、まずい。これじゃあ遅刻だ。すまないが、しばらくここで待っていてくれないか?」
「わかりました……。あの、私のことは大丈夫ですから、会議を優先してください」
「悪いね。じゃあ、私は行くよ。適当にくつろいでかまわないからね」
そう言葉を、ウルバーノは数枚の書類を抱えると忙しなく教授室を後にした。残されたメリチェルは、ふと彼の研究室を見渡した。本棚には押し込められた大量の書物、床には足場に困るほど膨大な資料が置かれている。とりあえず、腰掛けようと奥にあるソファーのところまで書類が積み上げられたタワーを崩さないように慎重に足を進めた。横に鞄を置き、とても柔らかそうなソファーに腰を下ろす。
メリチェルはテーブルの上に置かれた一冊の本を何気なく手に取った。そしてタイトルに目を落とす。
『アールカの神獣』
彼女の探究心に火をつけた。本を開くと、夢中でページを捲った。
アールカの神獣とは、古来の最高位である魔術師が好んで使役していた使い魔のことである。随分前に純血種の【アールカの神獣】は絶滅したとされているが、実際のところそれが本当であるのか定かではない。混血種も存在するが、そちらともその稀少さゆえに現在では厳重な国家の管理下で保護されている。
メリチェルが持っていた知識はその程度のものだった。だが、ここには興味深いものが書かれてあった。メリチェルは、鞄からメモできる紙とペンを取り出した。そして、興味深い箇所を抜粋して写し始める。そんな時だった。通路に複数の足音が響いた。それに話し声や笑い声が聞こえてくる。誰か来る、とっさにそう思った彼女は、その一冊を自分の鞄の中に隠した。
扉の前に人の気配がした。そして、その扉のノブが回った。
「ウルバーノ先生、失礼しますわ」
最初に入室してきたのは、女子生徒だった。モデルみたいにすらりとしており、亜麻色の軽くウェーブがかった髪を耳に掛けている。やや日焼け気味で、口元にある黒子が印象的だった。メリチェルと目が合うと、彼女は満面の笑みを浮かべた。
「あら、あなたがメリチェル・ビエントさんかしら。新しくわたくしのサークルに入ってくださる方でしょ?」
まだ決まったわけでは、と口を開き掛けたメリチェルであったが、その前にもうひとりの生徒が乱入してきた。
「おい、誰がお前のサークルだ。古代魔術考古学研究サークルをお前の私有物にするな、イレーネ」
そう言ってずかずかと部屋に入ってきたのは、赤髪の青年だった。
彼の髪型はさっぱりとしており、襟足にかかる髪は短く、多少長めの前髪は左側に流し、横の髪は耳にかかる程度に切り揃えられていた。耳には赤いピアスが目立ち、瞳はこれまた炎のような赤だった。
この時メリチェルは、何故か彼に恐怖心を抱いた。どこか相手を伸す威圧を感じたのだ。
「ちょっと新部員があなたの鬼のような形相に怖がっているじゃないの。眉間に皺を寄せるのをやめてくださらない。なんならわたくしがあなたの眉間にテープを貼って差し上げますわ! いい考えではなくて?」
「眉間に皺が寄るのは、日頃のお前の破天荒な行動のせいだ。後始末を背負う俺ら部員の気持ちを少しは考えたらどうだ?」
「……あなたって人は、ほんと冗談もきかないつまらない男だわ」
イレーナは口を尖らせて彼に嫌味を言う。彼女は扉の場所に寄り掛かって、再度メリチェルに視線を投げた。どこかねっとりとした見かたをするので、メリチェルは急に恥ずかしくなった。
「それにしても我がサークルは荒れるわね。こんな可愛い子を誑かせて、ウルバーノ教授も隅に置けませんわね。――ラウル、鍵は見つかったかしら?」
今まで教授の机を漁っていた彼の手には鍵が握られていた。それを見てイレーナはメリチェルに微笑んだ。
「では、行きましょうか。我が古代魔術考古学研究サークルに」