敗走
「簡単な話よ。普通に考えたらあの手紙はネルキソスが書いたものじゃないわ。だからオークキングに話が伝わってなくても不思議じゃないってわけ」
沙夜ちゃんは涼しい顔でとんでもないことを言いました。
「な、何でそう言い切れるんですか?」
「だって普通に考えておかしいでしょ。ネルキソスは自然に考えて護衛に兵を回させて軍の戦力を削るためにあの挑発文を送ったはずよ。それなのにギルドにも同じ挑発文を送ったら常識的に判断すると意味がないじゃない。そんなことしても貴族派にも魔王軍にもデメリットしかないわ」
沙夜ちゃんは淡々と説明してくれました。
「つまりネルキソスさんは王国側のスパイなんですね!」
私が言うとなぜか周りの人たちがズッコケました。
「…そこはスパイがネルキソスのフリをして挑発文をギルドに出したと考えるのが一般的ね。だから参謀も貴族派が挑発文の存在を知ってるわけがないって前提で作戦を立てたってわけ」
沙夜ちゃんは頬をピクピクさせながら言いました。
「で、でもあの挑発文にもネルキソスさんの家紋がありましたよ。貴族派派閥長さんの家紋が無断で使われたんだから、もっと警備を厳重にしてるんじゃないですか?」
「わざわざネルキソスの所に侵入することはないわ。別に本物を使う必要もないわけだしね。ギルドに家紋の真贋なんてわからないだろうし、そもそも重要なのは貴族派が本当に配当金を狙ってるかどうかよ。それなのにあえてリスクをおかす理由はないわ」
沙夜ちゃんは淡々と答えました。
「ま、ネルキソスなら無警戒でもおかしくないと思ってる人も多いでしょうね。この内乱じゃ実はこっちの味方なんじゃないかと思えるほどの体たらくだし」
沙夜ちゃんの言葉に周りの人たちは頷きました。
「そうですな。リュベリオン伯爵など恐るるに足りません」
「今まで警戒していたのがバカらしいです」
「…本当にネルキソスさんって大したことないんでしょうか?あんな状況でポーカーフェイスを崩さないだけでもすごいと思うんですけど」
「…ポーカーフェイス、ねえ」
沙夜ちゃんは遠い目をしながら呟きました。
「どうかしたんですか?沙夜ちゃん」
「別に。ただ変わらないからってポーカーフェイスとは限らないとだけ言っておくわ」
…正直よく意味がわかりません。沙夜ちゃんが何かを隠してることだけはなんとなくわかりますけど。
「ま、いつか光にもわかるわよ」
要するに今は言えないってわけですか。沙夜ちゃんは私にはウソはつきませんが、色々と秘密にしたりはぐらかしたりすることはありますから。
「…そうですか」
だったら信じて待つことにします。何か危険があれば沙夜ちゃんもきっと話してくれます。だって沙夜ちゃんは私の一番の親友ですから。
――
「ふ、フン。これでオークの脅威は去ったな。後は城の中に引きこもっている腰抜けどもの抵抗を何とかすればいいだけだ!我らの勝利は揺るぎないぞ!」
弓の名家は的はずれなことを堂々と言ってのけた。
「それはどうでしょうかね。私には彼らがこのまま黙っているとはとても思えません」
ネルキソスはうさんくさい笑みを浮かべながら返した。
「な、なぜそんなことが言えるのだ!」
「だってもう我が軍を留めておく理由はありませんから。もう彼らの目的は達成されましたしね」
ネルキソスはもったいぶりながら言った。
「目的だと?!それは一体何だ!」
「もちろんオークキングの討伐ですよ。城を落とすのに手間取れば我々はオークに救援を要請します。オークキングは我々が攻めあぐねているのを救援すれば手柄になると思うでしょうね。だからオークをおびきだしやすくするために我々をあえて張り付かせていたというわけです。ですからオークキングを討伐した今ーーー」
ネルキソスが話している間に鎧の金属音が近づいてきた。
「我々を攻めない理由はないというわけです」
ネルキソスはうさんくさい笑みを浮かべながら言い切った。
「何をしたり顔をしている!なぜもっと早く言わないんだ!」
弓の名家はネルキソスに向けて怒鳴った。
「すみません。聡明なる皆様ならもう気付いているかとおもってましたが、どうやら私の買いかぶりだったようです」
「ふざけるな!仮にわかっていても確認をするのが軍師の務めだろう!責任を放棄しておいて何だ我らを責めるとは何様のつもりだ!」
弓の名家は珍しく正論を飛ばした。
「今は軍師について論じる場合ではありません。早く退却することが先決かと」
「…クソッ!退却だ!退却!速やかに本陣に向かうぞ!」
こうして貴族派は多くの被害を出しながら王城から離脱していった。
更新が遅くなってしまってすみません。




