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進歩

「準備はいい?」

あたしはストップウォッチに設定した腕時計を預けた貴族の子に問いかけた。

「は、はい」

貴族の子が頷いたのを確認してあたしは的に矢を放った。

「はい」

言ってすぐに矢が手元に出現した。

「何秒?」

「す、すごいです。1秒かかってません!」

見てみると0.43秒だった。多少の誤差はあるけど早いのは確かね。


「すごいわねこの戻りの矢。矢筒から矢を取り出すよりずっと早く射てるわ。あんな大会の賞品なのにずいぶん使えるじゃない」

戻りの矢というのはその名の通り念じれば手元に戻ってくる。しかも鏃さえ残ってれば折れても再生して戻ってくるらしい。

「…誇っていいのか罪悪感を感じればいいのか微妙です」

この貴族の子が微妙な反応なのは、あたしが戻りの矢を手に入れた魔眼杯に出場することになった原因はこの子だからでしょうね。

「さあね」

「むー。お姉様の意地悪」


「せっかくだからこの備えの矢筒の性能も確かめてみようかしら」

備えの矢筒も魔眼杯の優勝賞品だ。これは矢筒の中の矢がなくなると新たな矢が一本だけ生成されるという物だ。

「今までわかったことは矢が矢筒からなくなれば射たなくても生成されることと、矢筒を空にしてから矢を入れ直しても矢は生成されることね。今回は矢が何秒で生成されるか見てみようかしら」

あたしは腕時計の表示をリセットした。

「…そこのあんたやってくれる?」

あたしは何だかうらやましそうな顔をしていた神官の子に話しかけた。

「わ、私がですか?!光栄ですお姉様!」

神官の子はとてもうれしそうに答えた。

「やり方は見たわよね。矢筒が空になったら押して」

「はい!」

あたしは矢筒の矢を一本だけ残して手持ち無沙汰にしてた騎士の子に預け、ゆっくりと矢を手に取った。それから作法通りに射って矢を真ん中に命中させた。


「あ、矢が出てきました」

神官の子は腕時計のボタンを押しながら言った。

「10秒、か。やっぱり戻りの矢に比べたら使い勝手が悪いわね」

まあそれでも使い道はありそうだけどね。普通の矢を買い足す必要はなくなるし、タイムラグもある種使えるかもしれないわ。ま、あたしに気づく敵が現れた時の備えくらいにはなるでしょ。

「あのお姉様、これを」

騎士の子が預けていた矢を差し出した。

「ありがと」

あたしは矢を一本だけ残して矢筒に戻した。そして残した矢を放とうとした時弓兵が慌てた様子で入ってきた。

「姐さん、大変だ!『落涙』の勇者様が剣の名家の野郎と宮廷騎士団長に絡まれてる!」


―――放った矢は真ん中から外れなかった。


――


「もうやめにしませんか?」

私は演習場の床に倒れている剣の名家と名乗っていた貴族の人に問いかけました。

「う、うるさい!おれはまだやれる!」

剣の名家さんはよろよろと立ち上がって剣を振り上げました。

「…しかたありません」

私はカウンター気味にあごに峰打ちを食らわせました。剣の名家さんは脳震盪を起こしたのか白目を向いて気絶しました。殺さないように加減はしましたし、喉を切り裂かないように切っ先の角度も調整してますから命に別状はないはずです。


「若!」

「くっ、覚えてろ!この借りは戦場で返す!」

剣の名家さんのお付きの人たちはそんな捨てゼリフを残していきました。

「お前ら戦場とか言うな!く」

そこまで言って戦いを見ていた宮廷騎士は鞘に入った剣を後頭部に食らって気絶しました。


「やはり剣の名家ではダメだったか。ここは私が出よう。君たち私が膝をつくまで手を出すなよ」

騎士団長と名乗った騎士の人が前に出てきました。

「何でやらないといけないんですか?こちらには戦う理由はないんですが」

「そちらにはなくてもこちらにはある!」

騎士団長さんはそう言ってこちらに向かって走って来ました。

「そちらの都合を押しつけられても困るんですが」

私は反射的に足払いをして膝がついたのを確認して後ろに放り投げてからその場から離脱しました。するとさっきまでいた所に魔法が飛んで来ました。

「ぐあぁ!」

空中に投げ出された宮廷騎士団長さんは避けることも出来ずにまともにくらいました。


「団長!クソ、卑怯だぞ!」

「それでも勇者か!」

宮廷騎士の人たちが私を罵倒してきました。

「魔法を撃って来たのはそっちでしょう。そもそも自分から決闘を仕掛けておいて平気で乱入してくるような相手に卑怯呼ばわりされる謂れはありません」

もちろん何か仕掛けてくるとわかっていて倒した私も悪いですけどね。

「黙れ!もういい。ぶっ殺してやる!」

「お前を生かしておいたら俺たちの計画には邪魔なんだよ!」

宮廷騎士さんたちは剣を抜いて襲い掛かって来ました。


―――


「光、大丈夫?」

宮廷騎士さんたちを全員倒してしばらくすると沙夜ちゃんが入ってきました。

「はい。大丈夫です」

「そう。ケガがなくてよかったわ」

沙夜ちゃんは少し心配そうな顔をしながら言いました。

「これ50人はいますよね」

「さすが勇者様。すごいです」

沙夜ちゃんのファンクラブの人たちが賞賛の目を向けて来ました。人を傷つけたのをほめられるのもどうかと思うんですけど。


「あ、危な」

弓兵の人が言い終わる前に手に衝撃が走りました。

「グハッ」

振り返ってみると刀の柄が後ろから襲い掛かって来ていた宮廷騎士団長さんの側頭部に叩き込まれてました。何だかこの世界に来たばかりの頃より反射神経や危機回避能力が上がって来ている気がします。盗賊や悪徳商人の用心棒などと戦って経験を積んできたからでしょうか。

「勇者様かっこいいです」

「ダメ、私にはお姉様が。ああでも」

…沙夜ちゃんのファンクラブに誉められてもどういう反応をしていいかわかりません。こういう時調子に乗れたら色々と楽なんでしょうね。


「何だこれは!」

なぜか演習場に入ってきた金田さんが大声を上げました。

「訓練に付き合ってた光がやり過ぎちゃっただけよ。そうでしょ?」

沙夜ちゃんは意味ありげな視線を送ってきました。

「は、はい。すみませんでした」

私は心苦しいですけどウソをつきました。私たちがクーデターについて知ってるとわかるとまずいですからね。それに勇者を殺そうとしてきたなんて言ったら宮廷騎士さんたちの立場が悪くなってしまいます。

「すみませんで済むか!ぼくはこれから剣の訓練を受ける予定だったんだぞ!」

金田さんはそう言って剣を振り上げました。

「こうなったら君にぼくの剣の相手になってもらう!」

…普通ならこういうことに付き合う気はありません。でも私が悪いのは事実ですし、今の金田さんの実力がわかればイドルさんの役に立てるかもしれません。


私が悩んでるのを見た沙夜ちゃんは溜め息を吐いて、口を開きました。

「待って下さい勇者様」

しかしその前に誰かが口を挟みました。

「何だネルキソス!」

金田さんが発言したうさんくさい笑顔を浮かべた金髪の人を怒鳴りました。というかあの人ネルキソスって言うんですね。

「『落涙』の勇者様は『構陣師』の味方です。今戦っては手の内を晒すことになってしまいますよ?」

ネルキソスさんの言葉を聞いて金田さんは目を見開きました。

「確かに…。クソッ!よくも騙」

「は?あんたが勝手に吹っ掛けてきただけじゃない。大体あんた光に手の内晒せると思ってんの?光全然手加減できないからあんたなんか瞬殺だと思うわよ」

沙夜ちゃんは金田さんをゴミでも見るような目で見ながら言いました。

「いいだろう!そ」

「はいはい。大人しく対魔法使いの訓練をやりましょうね。今ケガをしてもバカらしいですよ」

ネルキソスさんは金田さんを拘束して、ついでに沈黙魔法を掛けて引っ張りました。


「あんたよく笑ってられるわね」

沙夜ちゃんはネルキソスさんが通りすぎる時ボソリと言った時、私は何か違和感を感じました。

「どうかしたの光?」

沙夜ちゃんは何もなかったかのように聞いてきました。

「いえ、何でもありません」

「そっか」

沙夜ちゃんはそう言って金田さんたちとは反対方向に向かいました。

「あ、待って下さーい」

いつか意味がわかる時が来るでしょう。私はそんなことを思いながら沙夜ちゃんの後を追いかけました。



ちょっとした繋ぎの回です。わかりにくければ感想返しで補足します。

次は一気に決闘まで飛ばす予定です。

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