命令書の真実
「それにしても貴族派はどういうつもりなんでしょう?」
ヒカリはなんだか釈然としない表情で呟いた。
「どういうつもり、とは?」
ルーシーはメガネを光らせてヒカリに訪ねた。
「だって貴族派はクーデターを仕掛けるつもりなんですよね?それなのに何でわざわざ軍事費や戦力を減らすことをしたんでしょう?背水の陣にしてもあまりにもやることがムチャクチャ過ぎます」
…やっぱりヒカリは自分で言う程バカじゃないな。素直でな純粋すぎるのは確かだが。
「そりゃ貴族派にはデメリットしかないでしょうよ。王が貴族派を追い詰めるために書類を偽造したんだから」
サヤは世間話をするかのようにサラリと言った。
「えっ、そうだったんですか?!」
ヒカリは心底驚いたという顔をした。貴族派がわざわざ自分たちの首を絞めるようなマネをするバカの集まりだと本気で思っていたようだ。
「ええ。確証はないから断言はしないけど十中八九そうでしょうね。というかどう考えてもイドルに賭けるよりも他の派閥に寝返る方が裏切り行為なのに見逃すとか書いてある時点でおかしいでしょ」
サヤは淡々とした口調で言った。
「民衆を傷つけている上に魔王軍と組んでクーデターを起こそうと起こそうとしている貴族派を倒さなければいけないのはわかります。でもここまでやる必要はあるんですか?」
ヒカリは複雑な顔をして言った。
「確かに何もしなくても勝つことはできるでしょうね。でもこの作戦なら相手の戦力をあらかじめ減らすことでこちらの犠牲を減らせるし、隠れてる貴族派を一気に炙り出すこともできる。それにこの作戦結果的に民衆のためになるのよね」
「……?どういうことですか?」
ヒカリはわからないのか首を傾げた。
「貴族派が最低1000金貨で賭けたらそれだけ倍率がはね上がるわ。つまり少しでも賭けたらかなりのお金を手に入れられるってわけ。貴族派の圧政に苦しんでる人たちも賭けに参加すればかなり助かると思うわ。王はちゃんと民のことも考えてこんなことをしたんでしょうね」
サヤは全く感情が籠ってない口調で言い切った。
「やり方はともかくどうしてこんなことをしたのかは理解できました。でも貴族派はこんなバカげた命令に従うんでしょうか?さすがに偽物の命令書だと気付かれると思うんですけど」
ヒカリは最もなことを言った。
「それはどうだろうな。この命令書の筆跡は貴族派派閥長のものとほぼ同じだ。しかも本物の貴族派派閥長印とクルデタヌ侯爵家の家紋が使われてる。先走って脱退したり繋がってるやつらを粛清する貴族派が出てきてもおかしくない」
おれの言葉にサヤは頷いて悪どい笑みを浮かべた。
「まあ何にしてもあいつに知られたら終わりだけどね」
――
「派閥長閣下、賭けへの参加を拒んだ闇ギルドの者たちの粛清が無事完了したとのことです!」
貴族派派閥長室に来た伝令の宮廷騎士がそう伝えるのを貴族派派閥長は顔の贅肉を震わせて黙って聞いていた。
「伝令ご苦労様です。これからも粛清に励むよう伝えて下さい」
うさんくさい笑みを浮かべた金髪の男が代わりに返した。
「は!」
伝令は敬礼して早足で去って行った。
「は、派閥長閣下!貴族派を離脱する者が後を断ちません!1000金貨を余裕で払えるはずの有力貴族も大勢離脱しています!」
別の伝令が慌てた様子でやって来た。
「弓の名家の御曹司が一般人に完全にコケにされたのも影響してるんでしょうね。ここで平然としてた方が命令書を出した者にとっては怖いでしょうから放っておきましょう。元よりこんなことで離脱する者など貴族派には不要です」
金髪の男はうさんくさい笑みを全く崩さずに言った。貴族派の窮地にも全く動揺した様子が見えない。
「は!」
伝令は敬礼して去っていった。
「なぜ出してもいない命令書に縛られねばならないのだ!わしの名前で撤回すればそれで済む話だろう!」
派閥長は金髪の男に向かって怒鳴った。
「残念ながらそれは難しいと思われます閣下」
「何?!どういうことだネルキソス!」
「は、派閥長閣下!勇者様がお見えになっています!」
ネルキソスが説明しようとした所に宮廷騎士がやって来た。
「やはり来ましたか。すぐお通しするように」
ネルキソスが伝令に伝えてすぐ無駄にきらびやかな金色の鎧を着て、大剣を背負った金田が部屋に入ってきた。
「命令書は読ませてもらったよ。ぼくは必ず皆の期待に答えてみせる!」
金田は紙を掲げながら気持ち悪い笑いを浮かべた。
「ど、どこでそれを手に入れたんですか?」
貴族派派閥長は蚊の鳴くような声で金田に尋ねた。
「朝起きると部屋中に貼ってあったんだ。きっとぼくに真っ先に伝えたかったんだろうね」
金田はなぜか誇らしげに言った。侵入されたのに恐怖を感じないどころかそんな意味不明なことが言えるなんてどういう思考回路をしているのだろう。
「はい。私も編纂に携わったのですぐに知ってもらいたくて部下に命じて貼らせました。最も知らせるよう仰ったのは派閥長閣下ですが」
ネルキソスは貴族派派閥長に意味ありげに目配せしながら言った。おそらく話を合わせるようにアピールしているのだろう。
「そ、そうなんですよ。期待以上のことをやってくれる優秀な部下を持って嬉しい限りです」
派閥長は頬を醜くひきつらせながら言った。
「しかし意外ですね。てっきり異世界から来た方には厳しすぎると非難されると思ったのですが」
ネルキソスはうさんくさい笑みを浮かべながら言った。
「何で情けなんかかける必要がある?勇者であるぼくを信じないやつらなんて魔王軍と同じ悪だ!悪を断罪するのが正義たる貴族派の勤めだろう!」
金田は芝居がかった調子で言った。
「しかし1000金貨を払えない民は確実に勇者様が負けることを望んでいると思いますが?」
ネルキソスの言葉に金田は鼻を鳴らした。
「フン。やつらのことなんか知ったことじゃないよ。勇者であるぼくをあがめない民なんて守る価値もないからね。正直勇者という立場がなければぼくに不満を持つやつらを皆殺しにしたいくらいさ」
――
「民を皆殺しにしたい?!よくもそんなことを!」
ヒカリは机を叩きつけて叫んだ。
「落ち着いて光。あくまで想像上の話よ。あいつに勇者としてのヒカリ立場を考えるような分別があるかなんてわからないしね」
「いや、それはなおさら悪いだろ」
おれとサヤがそんなやりとりをしている間ヒカリは深呼吸をしていた。どうやら落ち着こうとしているようだ。
「…私は困っている人々を助けたいから勇者になりました。金田さんはそうじゃないんですか?」
ヒカリは悲しげな瞳をして言った。
「多分違うと思うわ。金田が人を助けるのはきっと慕われたり崇拝されたりしたいからよ。今までそうやって周りから一目置かれてきたんでしょうね」
「?それって悪いことなんですか?」
サヤの言葉にヒカリは首を傾げた。
「それ自体は特に悪いとは言えないわ。普通誰でも少なからずそういう気持ちはあるでしょうしね。ただあいつはいつも賞賛されてきたから自分こそが正義で、自分を認めない者や気に入らないものは悪だと思うようになっていったんじゃないかしら。だから自分の敗北を願う民は悪ってわけ。ま、あくまでこれまでの金田の言動から推量しただけだからそこまで真に受けなくていいわ」
サヤはそこまで話すとおれを見た。
「これで勝つしかなくなったわね。勇者パーティーのこととか女の子たちのフォローは後でできるかもしれないけど、賭けの配当金は負けたら手に入らないわ。民の生活のためにも、勇者パーティーの名誉のためにもあんたが勝つしかないってわけ。当然やれるわよね『構陣師』さん?」
サヤは自信に満ちた笑みを浮かべた。どうやらおれのことを信じてくれているようだ。
「もちろんだ。負ける要素も理由もないしな」
おれの言葉にサヤは満足そうに頷いた。
少し三人称に私情を入れすぎました。書ききれてないことが多いので質問があれば感想返しで補足します。




