術式
今日の術式の講義は魔法演習場でやることにした。基礎魔法陣だけならともかく、魔法を執務室で使うのは危険過ぎるからな。
「ここが魔法演習場ですか…。かなり広いですね」
ヒカリは演習場を見回しながら言った。
「まあ威力が強い魔法を使うこともあるでしょうしね。ある程度の広さは必要なんじゃない?」
サヤは辺りを見回しながら言った。
「その通りです。 威力の高い魔法に巻き込まれると危険な上、何かが壊れると経費がかかります。だからこれだけの広さがあるというわけです」
ルーシーはメガネを直しながら言った。
「魔法演習場の話はそれくらいにしてさっそく始めるぞ。まず手始めに中級魔法からやるか」
おれは目の前に光と闇の中級魔法の魔法陣を書いた。
「右が光の中級魔法で、左が闇の中級魔法だ。魔法陣を見て何か気付いたことはあるか?」
おれがそう言うとヒカリとサヤは熱心に魔法陣を見始めた。
「え、えーと。基礎魔法陣よりも複雑なような気がします」
ヒカリが自信なさそうに言った。
「まあそうだな。中級魔法は基礎魔法陣に術式に書き加えた物だ。だから基礎魔法陣より複雑になる。他に何か気付いたことは?」
「…この2つの魔法術式が同じね」
2つの魔法陣を見比べていたサヤがボソリとつぶやいた。
「え?どういうことですか?」
「ちょっと待って。今から書いてみるから」
サヤは懐からからメモと筆記用具を取り出した。
「まずあれが闇の中級魔法陣ね。それから闇の基礎魔法陣を取り除くと…」
サヤは中級魔法陣を見ながら術式を書き出した。
「こうなってるわけ。同じように光の中級魔法陣から基礎魔法陣を除いたらどうなる?」
サヤはヒカリにメモと筆記用具を差し出した。
「光の中級魔法陣から基礎魔法陣を除けばいいんですね。……?!ほ、本当に完璧に重なってます!」
ヒカリは驚愕の声を上げた。
「その通り。中級魔法は属性の特性を同一の術式によって高めた物だ。それは上級や儀式級の魔法でも言える。とりあえず実演してみるか。『サンダー』」
おれが唱えると一筋の稲妻が演習場の床に直撃した。
「で、これが中級呪文だ。『スーパーサンダー』」
今度はさっきより太い稲妻が轟音を上げて床に突き刺さった。
「このように魔法は基礎魔法陣と術式を組み合わせて使う。そして魔法陣に組み込む術式が多くなる程威力や追加される効果が強力になる」
「つまり多くの術式を組み込めば組み込むほどいいってことですか?」
ヒカリはそう言って首を傾げた。
「そうとも言い切れない。普通魔法陣に術式を多く組み込む程多くの魔力が必要だし、発動するのに時間がかかる。いくら強力な術式を組み込めた所で発動できなければ意味はない」
「そうですか。うまくいかないものですね」
ヒカリは残念そうな顔をした。
「…普通、ねえ。まるで例外があるとでも言いたいような言い草ね」
サヤは探るような目でおれを見てきた。
「…実際にやってみた方が早いか。とりあえず魔法陣に魔力を込めてみろ」
「はい」
「了解」
ヒカリが光の中級魔法陣、サヤが闇の中級魔法陣に魔力を込めた。すると白と黒の光線が前方に向けて放たれた。
「わあ。初級魔法より威力が強いです!」
ヒカリはどこか感動したように言った。
「そりゃそうよ。中級魔法が初級魔法と同じなわけないでしょ」
サヤは無表情で言いはなった。
「じゃあ今度はおれが手を上げたら魔力を放出してくれ」
「わかりました」
「わかったわ」
おれは息を整えてから手を上げた。そして魔力を放出しようとした2人の前に中級魔法陣を書く。するとさっきと同じように白と黒の光線が出てきた。
「…あれ?」
「っ!」
中級魔法を放った2人は腑に落ちない顔をした。同じ魔法のはずなのに何か違和感を感じたからだろう。
「な、何かさっきより少ない魔力で出せたような気がします」
ヒカリの言葉にサヤが頷いた。
「そうね。それに発動にかかる時間も短かったわ」
2人ともどこかおかしいということはわかったようだ。
「一体どうしてでしょう?さっき書いた中級魔法陣より小さかったこと以外に違いはなかったと思うんですけど」
…あれが見えたって言うのか?目で追えない速さで書いたはずなんだがな。
「…なるほど。そういうことね」
サヤは納得したように頷いた。
「わかったんですか沙夜ちゃん?!」
ヒカリの言葉にサヤは頷いた。
「ええ。光が今の魔法陣が小さかったって教えてくれたおかげでね」
「え?魔法陣の大きさが何か関係あるんですか?」
ヒカリは首を傾げた。
「基礎魔法陣が動力原ってことは、基礎魔法陣が大きくなればなるほど起動に必要な魔力が多くなるってことよ。それに満たすのに時間がかかるってわけ」
「なるほど。だから小さくなれば必要な魔力が減るし、短い時間で発動できるってわけですか。でも何で普通なら大きくなってしまうんでしょう?」
ヒカリはわけがわからないという目でサヤを見た。
「文字数が増えるとそれだけメモの枚数やスペースが必要になってくるでしょ?それと同じで術式を組み込むほど基礎魔法陣が大きくなっちゃうのよ」
「結果的に大きくなってしまったというわけですね。ならなぜさっき見た中級魔法陣は小さかったんですか?」
「光が見た中級魔法陣は文字を小さくするなりして大きさを調節してたんだと思うわ。まあその分書くのは難しいでしょうけど。それを光の目じゃないと追えない速さで書くとか本当になんなのよって感じよ」
サヤの言葉を聞いたルーシーのメガネが輝き出した。
「…まあ脱線はこれくらいにしよう。今は普通に中級魔法陣を書けるようにするのが先決だ。わかったな、ルーシー」
「…はーい」
ルーシーはショボンとしてメガネを拭いた。
「とりあえず見本を見ながら書いてから、魔法を放ってみてくれ。失敗したら何がダメなのか指摘する」
「はい!」
「了解」
ヒカリとサヤは中級魔法陣を見ながら書き始めた。
「…ダメね。どうしても重なっちゃうわ」
サヤは難しい顔で魔法陣を書いている。さすがに最初は苦戦するか。
「慣れてないうちは術式から書いた方がいいぞ。基礎魔法陣にねじ込むのは書けるようになってからだ」
「術式から?…本当だ。思ったより楽にできるわね」
サヤはなぞりながら何とか書き上げて魔法を放った。
「その調子だ。何度も書いて覚えていけばいい」
「わかったわ」
サヤの方は何とかなりそうだな。さて、ヒカリはどんな感じなんだ?
「うーん、うーん。…できました。はあっ!」
ヒカリが魔法を唱えるとヘロヘロの光線が放たれた。光線は少し進んで地面に落ちた。
「…術式を写し間違えてるな。魔法は魔法陣に書かれた術式が全てだ。全ての魔法は術式に書かれた通りに発動し、誰が使っても同じ効果を持つ。だから少し失敗しだけで大変なことになるんだ」
「誰が使っても同じ効果って他人が使うのも想定されてるのね。ま、そうじゃなきゃあんたが書いた魔法陣を使えるわけないけどね」
サヤが目線を全く向けずに言った。
「…っ!それなら相手が発動する前に相手の魔法陣に魔力を込めれば魔法を乗っ取れるんじゃないんですか?」
ヒカリが涼しい顔でとんでもないことを言い出した。
「やめといた方がいい。魔法は書いた者にとっての書かれた対象に効果を及ぼす。つまり攻撃魔法の場合魔法は書いた相手にとっての敵に放たれ、補助や回復などは書いた本人か味方に向けたものだ。そんなものを乗っ取ったところで魔力の無駄どころか、もっと危険なことになることもある」
「まあ攻撃魔法の場合ゼロ距離で直撃を受けるでしょうね」
サヤはそう言いながら中級魔法陣を書き上げて発動させた。
「そもそもこの世界には光属性を持つのはヒカリしかいない。だから当然光属性の魔法陣が書かれることはない。まあ無属性の魔法が使われないわけではないがさっき言った理由で却下だ。残業ながらヒカリが言った方法は無意味に使えもしない属性の魔法陣を書き、なおかつ使う対象を間違えるバカにしか通用しないんだ」
「そうですねー」
ルーシーは棒読みで答えながらメガネに手をやった。
「そうですか…。よけいなことは考えずに練習に戻ります」
そう言ってヒカリは中級魔法陣を書くのを再開した。
「…まあ今日はこれくらいでいいだろう」
今日はかなりスムーズにいったな。サヤはもちろん、ヒカリも魔筆を操るのに慣れたのかうまくできるようになった。
「次は上級をやる。それからは色々術式を叩き込むから覚悟しろよ」
「はい!」
「了解」
おれの言葉に2人は頷いた。
「それじゃ、今日はこれでか」
「ちょっと待って」
おれが解散を宣言しようとしたのをサヤは遮った。
「何だ?」
おれが聞くとサヤはおれを真剣な目で見てきた。
「話したいことがあるんだけど」
サヤは有無を言わせないという調子でそう言い放った。
これで魔法の基本的設定は書きました。やっとここまで書くことができました。
次でやっと話が動く予定です。




