Galactic Train
間もなく天の川鉄道最終便が出発致します。お乗りのお客様は早めの乗車を心掛け、駆け込み乗車をなさらないよう、お願い致します。繰り返しますーー
駅、とは呼べない野原に十両構成の機関車が停車している。先程から流れるアナウンスは一体どこから流れてきているのだろうか。少し疑問に思う。車体の隙間から吹き出る煙が野原の草花を揺らしていて、夜の静寂を破る石炭の燃焼音が静かな野原を突き抜ける。車両の窓からは明かりが漏れ、乗客が各々の時間を過ごしているのがぼんやりと見える。
本を読みふけっているもの。
睡眠をとっているもの。
友人との談話に華を咲かせているもの。
遅い食事をとっているもの。
いずれもこれから行く銀河の果てへ羨望を込めて、その下準備やら前祝いに盛り上がるなど非常に興奮しているようだ。
その中での僕は奇異な存在だっただろう。なにせ一人だけ纏っているオーラが違う。それもそのはず、これから始まるのは楽しい銀河旅行ではなく、一つの別れなのだからーー
そして、アナウンスが終了したと同時にひとりの女性が車内から降りてきた。彼女は乗務員の制服を着込み、頭に大きな帽子を被っている。彼女は僕の方に歩み寄ってきた。
「…来てくれたのね」
その目には一種の哀しみが含まれていたが、多くはこれから行く銀河の果てを楽しみに待つ子供のような感情であった。
「当たり前だろ、お前が行くんだから見送りにいくのは必然だろう」
「そう…」
クスリ、と自嘲気味に笑った。
「もう…会えなくなるのか」
「二度と、じゃないわ。いつかは戻ってくる」
しかしそのいつかが判らない。天の川鉄道乗務員になるということはそういうことなのだ。僕もなれば良かったのだが、天の川鉄道乗務員になるには難解な試験をくぐり抜けなければならない。かつ故郷の星に二度と戻れないくらいの覚悟が必要だ。銀河系は広い。また、危険も同じくらい伴う。僕には人生をふいにするほど、天の川鉄道に魅力を感じてはいなかった。だが、彼女は別だった。小さい頃からの夢であり、憧れだったのだ。そこで既に道は違えていたのだ。
「……もうすぐ出発よ」
彼女は再び車内に戻る。入口から半分身体を出し、笛を構える。
「さよなら、また、いつか」
そんな言葉を残し、笛を吹く。
ピーーーッ!
甲高い音が夜空に響く。まるで夥しい数の星々に届かせるような音色だ。
ガコン。
鉄道が動き出す。鈍重な動きで、黒煙を噴き出しながら野原を進んでいく。僕もそれに併走し、駆けていく。徐々に速度は上がり、初めは歩くほどだったが次第に早足、駆け足となる。野原を真っ直ぐに進んでいく。やがて遅々としていた速度は本格的に増していく。今や全力疾走だ。
「おーーい!」
叫ぶ。可能な限り、大声で。すると、彼女が窓から顔を覗かせてきた。
「愛してる!!」
叫ぶ。思いが届くように真摯に叫ぶ。行って欲しくない。だが、同時に夢を叶えてこい、という気持ちも存在している。今は、自分の気持ちは抑えるべきだ。だけどこれくらいなら、いいではないか。
彼女は驚いたようで、羞恥よりも驚愕の方が圧倒しているようだ。そして、息をすうっと吸い込み、
「私もよーー!!」
叫んだ。そして、その後の顔は、笑顔だった。僕はいったい今どんな顔をしてるのだろうか。彼女を満足させられる顔をしているのだろうか。
鉄道は最早僕の脚力では追いつけないほど速度を増し、やがてふわっと浮かんだ。重量を感じさせない軽やかな動きだった。僕は走るのをやめ、上空を仰いだ。虚空を引き裂き、黒い蛇のような鉄道は既に遥か高き場所にある。この手を伸ばしても、届かない。そのことがヒドく不安に感じた。だけど僕はそれで生きていかなかければならない。彼女無しで。
「…大丈夫だ」
昔のように一人ではない。今では心から信じ合える友もいる。
これからは未来だけを見る。明るい明日だけを望む。さよなら、僕が、好きだった人。
駅を後にした。もう後ろは、振り返らない。
四作目です。どうもカヤです。最近自分ってこんな湿っぽいものしか書けないのかと疑問に思い始めましたが一日経ったら忘れてました。最近忙しいですから。学生はなにかと忙しいものです。あ、ちなみに僕、学生です。ピチピチです。