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夢と現実の境界線:零・ZA・音編

作者: 東西南喜多

グループ小説第八弾。「グループ小説」で検索すると今までの作品も読めます。是非、ご覧下さい。

 ごく普通の世界。

 それが望まれて出来たのか、そんな事は知らない。

 でも望む望まないに限らず、そこで生きている事には変わりは無いのだ。

 

 

 俺は、いつも同じ夢を見る。

 昔もたまに見ていたが、ここ一ヶ月は必ずと言っていいほどだ。

 夢には、必ず一人の女の子が出てくる。白い大きな日傘を持ち、顔は見えない。

 しかし、長く伸びたブラウンの髪が女の子と判断させる。

 まずは名前を名乗り、そしてそれ以降はその声が聞こえた試しが無い。

 傘が上下する度に、口は確かに動いているのが分かるが声は俺の耳には届いてこない。

 いや、夢だからこの場合は脳と言うべきなのか。

 だが、どちらにしても俺には、あの女の子が何を言っているのか、さっぱり分からないのだ。

 

「なぁ、岡本」

「なんだ…」

 俺を見ている岡本の目は、どこか冷たい。よそ者をみるような訝しい視線を俺に向けてくる。

 別に仲が悪い訳ではない。だけど、どこかおかしい。

「倉田さん、来てないのか?」

 俺が指差した方向には、無人の机。

 教室の一番前にある机には、座るはずの人物の姿がいつまで経っても現われない。

 いつも見ていたから知っている。俺の片思いの相手だ。

 早く顔が見たいと思うは男なら誰でも思う事だろう。

 しかし、遅いな。いつもなら、もう教室で友達と話している時間なのに。

「知らないのか? あいつ、昨日…自転車に乗っていて――」

 その言葉に、衝撃が身体中を走り抜ける。最初は言葉の意味が分からなかった。

 だが倉田さんの机に、数人の女子が泣きながら置いていく一輪挿しの花瓶が、現実を教えてくれていた。

 

 ――車が飛び出してきて、巻き込まれていく自転車。辺り一面に広がる赤い液体…。

 

 それがフラッシュバックのように、俺の脳裏に蘇る。俺の見た夢と同じ内容だ。何かの偶然か?

 そうだよ、偶然そうなったと考えるのが妥当か。でなければ、俺があんな夢を見るなんて事はないだろう。

「それにしても、酷かったらしいぞ。その事故は…」

「そうなのか?」

「あぁ、最初は誰か分からないぐらいに顔が――」

 それ以上は、聞いていられなかった。それも俺の夢と同じだから。俺はその夢を、ただの夢だと思っていた。

 なんの変哲も無い夢。でも、毎日続いてみる奇妙な夢。そう思っていたのに、何でこんな事になっているんだよ。

「ところで…」

「なんだ?」

「お前、誰だ? うちのクラスじゃないよな?」

 突然、何を言い出すんだよ。今まで散々話してきて、いきなり「お前、誰だ?」はないだろう。

「何言ってるんだよ、岡本」

「いや、だから…俺は、お前を知らないんだ。誰だって聞いているんだよ」

 肩に置こうとした手を払いのけて、俺を睨むように見る岡本。明らかに、不審者を見る視線を俺に向けている。

 本気で言っているのか?こいつは、本気で俺が分からないのか?

「俺だよっ! 春瀬だよ…春瀬清隆だっ」

「え…? あぁ――そうだ。春瀬だ…清隆だよ。あれ、なんで俺…分からなかったんだ?」

「俺が聞きたいぞ、なんの冗談だよ…まったく」

「いや、悪い。でも、なんでだ…?」

 しきりに頷いている岡本の顔から、さっきまでの冷たい感じが無くなっていく。

 もしかして、さっきも俺の事が分からなかったのか? だから、あんな冷たい目をしたのかも知れない。

 

 ――声を掛けるが、誰も相手にしてくれない。みんなが冷たい視線を向けてくる。

 

 不意に、頭をよぎる夢のワンシーン。なんで今、それが頭に浮かんでくるんだ。俺を無視してる奴なんていないだろ。

「大丈夫か? 清隆」

「え、あぁ…。大丈夫だ」

 俺の肩を叩いて「そうか」と言って歩いて教室を出て行く岡本。だが、岡本がいなくなれば感じ始める視線。

 見渡すと全ての視線が俺に向いている。みんな訝しげな表情で俺を見ている。なんでだ?何が起こっているんだ。

 俺がなんでこんな目を向けられなくては、いけないんだよ。

 

 ――一斉に向く視線に耐えられなくなって、走り出す。そして、屋上へと辿り着く。

 

 まただ。何故、今浮かんでくるんだ。夢の中であった事が、なんで次々と頭の中を駆け巡ってくるんだ。

「どうしたんだよ、みんなっ!」

 精一杯の声を上げて、見渡して見る。だが、誰も俺に声を掛けてくれない。

 いや、むしろ逆に更に険しさを増していく視線に、俺は耐えられなくなって、その場を後にした。

 

 

 

 ただ走っていた。どこをどう走ったかなんて分からない。気付いた時には、俺は屋上にいた。

「何が、起こっているんだよ…」

 金網に寄り掛かり、頭を抱えても何を浮かんでは来ない。これは、何なんだ。俺は夢を見ているのか?

 だが、夢とは場所が違いすぎる。夢は、その場所が決まっていて、必ずその場所で起こっていた。でも、今は

 まったく違う場所だ。あの夢には一度も学校なんて出てこなかった。なのに、なんでこんな事になっているんだよ。

 

「そうだよ…。さより――」

 

 さより…。

 それは俺の夢に必ず現われる女の子が名乗った名前だ。

 一番最初にそう名乗ると、それ以降はまったく声が聞こえない。

 あの夢を見ることになって、毎晩のように顔を合わせている女の子だ。

 もしかしたら、あの女の子に遇えれば。でも、夢の中にいる女の子にどうやって遇えばいいんだよ。

「くそっ…。どうしたら……」

 遠くで授業の始まるチャイムが鳴り響く。だが、俺には関係ないのかも知れない。何故か、そう思えてしまう。

 ここを出よう。俺はここをいてはいけないんだ。だから、行かなくてはいけない。

 

 ――彷徨い続けて、やがて我が家へと帰り着く。だが、そこには思いがけない光景が待っていた。

 

 頭を振り、一生懸命追い出す。その夢だけは信じたくなかった。だから、見たくない。

 でも、そこしか俺の居場所はないはずだ。だから、帰ろう。

 

 

 

「なんの、冗談…だよ? これ」

 俺は自分の目を疑っていた。目の前の光景を信じられない思いで見つめていた。

『なんで、このものがあるのかしら? うちには、子供なんていないのに…』

 そんな声が風に乗って聞こえてきた。なんて言ったんだ?母さんは。子供がいない? どう言うことだよっ!

「どう言う事だよっ」

 俺は叫び声を上げていたが、その声に車のエンジン音が重なり、やがて母さんは家の中へと消えていく。

 ただ、呆然と見ていた。車の荷台に積まれた俺の机。タンスや本棚、それ以外の大切なものがどこかへ

 行ってしまう。ダメだ、どこにも持っていかないでくれっ!俺の大切なものを持っていかないでくれよ。

 

 

「どうですか? 自分が存在しない世界は…」

 声が聞こえた。

 酷く落ち着いた声が、どこからともなく聞こえてきている。この声は、もしかして――

「存在理由を否定された感想は、どうですか?」

「さ、さより…」

 目の前に薄っすらと蜃気楼のような姿を現したのはさより。

 夢の中と同じ格好、声をした女の子が俺の前にいる。

 大きな白い日傘を持ち、その下に隠れるウェーブの掛かったブラウンの髪を風に揺らしている。

「夢…以外で遭うのは、初めてですね」

「これは、一体どう言う事なんだよっ」

 叫ばずには、いられなかった。

 何が起こっているのか、分からない。頭がおかしくなっていそうだ。

 だが、さよりは薄っすらと笑みを浮かべて、俺を見ているだけ。

 感情なんてない声に、俺はどうしようもない恐怖を感じる。

「ちょっとした遊びです。とてもシンプルな遊びですよ」

「な…。ど、どう言う事だよっ」

「あなたの片思いの人は死を迎え、友人は誰も覚えていない。そして、家族にすらその存在を拒絶され…」

「だから、どう言う事なんだよっ」

 叫びが俺を包む。やけに周りが静かだ。音が無いと言えば、嘘になる。

 だが、存在する音が俺を無視して流れていると言えば分かり易いかも知れない。

 つまり、俺を通り越して音が流れているんだ。

「この世に存在する、全てのものがあなたを拒絶していきます。分かりますよね?」

「くっ…」

「あなたは、この先がどうなっていくのか――知っていますよね? 毎日、見てましたからね」

 感情なんて微塵も感じさせない声が、俺の耳に届く。無機質で温もりの欠片もない。

 確かに、俺はこの先の夢は知っている。

 

 ――拒絶された絶望から、自らの胸を抉り命を絶つ。しかし、その命は一人では絶てなかった…。

 

 だが、その通りになるのはごめんだ。

 今の状況ですら、俺は納得なんてしていない。こんなの間違っているんだ。

「間違ってはいませんよ。これが現実であり、真実です」

 何もかもを見透かしたような声。

 囁くように嘲笑うよう声に、怒りよりも言いようも無い絶望が圧し掛かる。

 俺の考えている事が分かっているのか?

「えぇ…。あなたと私の思考は一緒です。ですから、簡単な事ですよ」

 何も喋っていないのに、俺の考えている事が筒抜けになっている。

 何者なんだよ、こいつは。

 そして、この状況を俺に誰か、説明してくれよっ!

「説明も何もないでしょう…。あなたは、夢の通り――死ぬだけです」

「だから、なんで俺が死ぬんだよっ」

「それも、説明する必要はないでしょう? あなたは、死ぬ。ただ、それだけですよ」

 分からない。俺はどうなってしまっているんだ?

 風が吹き抜けていく。本来なら、身体を撫でて髪を乱して通り過ぎていくはずの風。

 だけど、俺にはそれが感じられない。

 ただ通り過ぎていく風は、俺の身体すら素通りをしていく。なんで、風を感じられないんだよ。

「もう…風すらもあなたを、拒絶していますね」

 風が、さよりの傘を揺らす。

 一陣の風に、傘が負けじと頑張ったが善戦虚しく、飛び立っていった。

 その様子をただ、呆然を眺めていた。

 傘は風を感じて舞い上がっているのに、俺は何も感じる事が出来ない。

 

「あら…。私の傘もダメね」

 

 そう呑気な声に俺は視線を戻し、驚愕した。そこにいるのは、確かにさよりだろう。声は一緒だ。

 だが、その顔は俺の良く知っている顔。そして、もう二度と見る事がないと思っていた顔。

「な、なんで…」

「何を驚いてるのですか? あぁ…この顔――喜んでいただけましたか?」

「なんだ…と」

「これは、あなたへと最後のはなむけですよ。ただ、死んでいくのは寂しいでしょう?」

 その言葉に、何かがキレた。

 俺が何をしたのか、これがどういう状況なのか分からない。

 だが、あの子を――倉田さんを冒涜する事だけは、許せないっ!

 

「いい加減にしやがれっ」

 

 殴りかかろうと腕を振り上げたが、俺は動けなかった。正確には足が動かない。地面に張り付いている訳ではない。

 ただ、立っている感覚もない。だが、浮いているわけでもない。

「あなたは、とうとう…世界に見捨てられましたね。ここは――」

 黒い世界。

 周りをうねるように渦巻く螺旋の模様。止まる事無く動き続ける光の羅列が、あちらこちらを行き来している。

 これは、テレビなんかで見た事あるDNAの構造に似ている。

 それが伸びながら縮みながら、分裂して増えていく。

 闇ではない闇が俺の周りを取り囲み、飲み込もうと触手を伸ばしてきては、その姿を変えていく。

「夢の終着点…。ここは――夢と現実の狭間。ここに来たと言う事は、この遊びも終わりですね」

「どういう――」

「聞かなくても、分かるでしょう? ここが、夢と同じ場所だと言う事に…」

 それは、分かっている。

 来た時から感じていたのは、夢と同じ場所だからだ。

 俺は、ここで夢を見ていた。

 

「ここで、あなたは絶望に打ちひしがれながら、死んでいく」

 

 そうだよ、俺は絶望している。

 さよりに導かれるように、俺はここで色々な事を見せられていた。

 そのどれもが夢だと信じて疑わなかった。なのに、現実は違っていた。その夢が現実を蝕んでいっている。

 俺の現実は、夢に壊されている。

 

「一つ。教えましょう…。あなたの片思いは、私が創った夢…」

「な…! どう言う事だっ」

「そのままの意味ですよ。そして、友達も親も…あなた自身が感じていたものは、全て私の夢…」

 冷たく開く口から、零れる言葉は俺の心臓を貫いていく。

 どう言う事だよ、俺は俺じゃないのか?

 俺は、生まれて生きてきた今までは、全てこいつの夢だったと言う事なのかっ!

 それじゃ、俺が俺である必要なんてないじゃないか。俺は誰だ――俺は、誰なんだよっ!

 

「あなたは、私…。そして、私はあなた――生まれてくるはずだった…あなたの双子の妹……」

 

 口角を冷たく上げて微笑む顔は、いつの間にか俺にそっくりになっていた。

 そう言えば、母さんに聞いた事がる。俺には、本当は双子の妹がいたと…。

 だけど、生まれてきた俺達は未熟児で、しかも妹の方はすでに生き絶えていた。

 そして、俺もその命が危なく集中治療室で、一命は取り留めたと言う事だ。

 

「それは違いますよ。私は生きていた…苦しくて、もがいて…だけど、誰も助けてくれなかった」

 

 突如、頭に流れ込んでくる思考。

 これはさよりの――まさか、こんな事が…。

 俺を抱き上げて行く大人の手。それを恨めしそうに見ているもう一人の俺?

 いや、これがさよりだ。

 それじゃ、妹は生き絶えていたと言うのは、嘘…?

 俺の妹は生きていた?

「助かりそうなあなただけを助けて…私は、見捨てられた。ゴミのように…だけど、私は生きていた――」

 そう言って、俺の胸を指差すさより。

 俺の中で生きていた?

 それじゃ、俺は今までこいつと一緒に生きてきたと言う事か。

 では今まで体験した事は、こいつの妄想ではなく、俺自身と言う事か。

 分からない。全てが分からなくなってきた。

「さぁ…。でも、今まであなたが生きてきた証は、何一つ残ってないわ…。あとは死ぬだけ……」

 俺がなぜ、こんな目にあっているのか分からなかったが、今の話で分かったような気がする。

 不幸と幸せの境界なんて、どこで分かれるかなんて、誰も知らない。

 だから今なら、こいつの気持ちが分かる。

「そんな事、どうでもいいわ。あなたは死ねばいいの…それだけよ」

「寂しかったのか…?」

 多分、確信をついていると思う。こいつは寂しかったのだろう。

 明らかに動揺しているさよりが数歩よろめいていた。

 やっぱり、寂しかったんだ。

「ちがう…ちがう、違う、違うっ! 私は、寂しくなんかないっ! 一人でも大丈夫なのっ」

「なら…なんで、泣いているんだ? お前は、一人で寂しかったんだろう? そうだろ? さより…」

「ちが、う…。さびしく、なんか…ない」

 泣き崩れるようにして蹲る(うずくま)さよりは、俯いて震えていた。

 今のこいつはさっきまで冷たい印象は無い。

 感情がある。

 そして、温もりがあるように感じる。

 

「一人で、辛かったんだな…。ごめん、俺だけが幸せになって…」

 

 頬をつたっていくものがあった。

 知らぬ間に、俺は涙を流していた。何故だかなんて、分からない。

 だけど、この涙は止まらない。もしかしたら、これはさよりの分なのかも知れない。

 

「馬鹿…みたいに……やさしい、んだから…。おにいちゃ、んは…」

 

 立ち上がって俺を見ているさよりの瞳から流れ落ちる涙が、幾筋もの光を輝かせていた。

「あったかい…。涙って、あったかいんだね…」

「あぁ…。俺も。今……知ったよ」

 涙で濡れた頬を撫でてやると、目を細めていくさより。優しい温もりが、俺の手に伝わってくる。

 今度は、こいつが幸せになってもいいんじゃないか。俺はもうダメなんだろう…。

 夢と同じ場所に来たのだから。

「だ、だめ…」

「もう、いいんだ…。次は、さよりが幸せになる番だ」

「だめだよっ! まだ、戻れるからっ! 今なら、まだ戻れるから…だからっ」

 確かに闇の中に一筋の光が見えている。あそこに行けば、帰れると本能が教えてくれている。

 だけど、もういいんだ。俺は何もかも知って、それで決めたんだ。

 

「次は、ちゃんとした双子に生まれてきたいな…」

 

 涙が溢れてきていた。大人達の行いが、俺達の明暗を分けた。ただ、それだけの事だ。

 しかし、一歩間違えれば俺がさよりになっていたと言う事だ。俺は、何もしてあげれなかった。

 妹を助ける事も、妹が俺の中にいて、ずっと寂しいのを我慢していた事も気付いてやれなかった。

 

「だめっ、お兄ちゃんっ!」

 

 俺の方へと駆けて、手を差し出してくるさより。止めようと、必死な表情が伝わってくる。

 俺の手にはナイフが握られている。俺の精神世界だ、望めば何もかも手に入れる事が出来るんだ。

 だけど、さよりの肉体は手に入らない。もう、俺だけが生きていてはいけないんだ。

 何かに操られるようにして腕が動き、一番頂点に達したところで一気に振り下ろされていく。

 

 

 ――そして、ナイフは俺の胸を突き刺していた。

 

 

 

 

「うわっ」

 悲鳴に驚き、俺は辺りを見渡してみる。

 ――教室?だが、誰もいない。俺の声だったのか?

「…っ! そうだっ」

 恐る恐る、自分を胸を触ってみるが痛みはない。

 見るのは怖いが、視線を下に向けても目に入ってくるのは普通だった。

 あれは――夢?

 いや、夢にしては妙に生々しかった。ちゃんと、さよりはいたんだ。俺の中に…。

 俺は心臓を貫いて、死んだ筈だ。なのになんで、ここにいるんだ?

 

「そうだ…。さ、さより――」

 

 不意に動かした視線の先に、俺が見えた。そんなはずはない。だって、俺はここにいるんだ。

 だから、見間違い。そう思い、もう一度そちらに目を向けると、信じられない光景が広がっていた。

「なっ」

 教室半分が黒い闇に飲み込まれている。螺旋状に伸びたものが、教室を食い漁っている。

 そこから広がる闇は、宇宙のように暗い。闇が触手を伸ばして、教室を崩しながら分解されていく。

「ど、どうなっているんだっ」

 闇は、どんどんと教室を飲み込み侵蝕していく。黒い触手が触れた部分から、闇が広がる。

 すぐそこまで迫った闇に、飲み込まれそうになっているものがある。それに触手が触れると、俺の身体に痛みが走る。

「ぐあっ!」

 崩れ落ちるように引き千切られていく身体。闇が触れる度に俺の身体が痛みを訴えて悲鳴をあげている。

 何がどうなっているんだ? なんで、あそこに俺がいる? 俺は、ここにいるじゃないかっ!

「俺は、どうなったんだよっ!」

 闇は俺の身体を、どんどんと飲み込んでいく。その度に、身体の激痛は酷くなる一方だ。

 

「お帰りなさい…。夢は見れましたか?」

 

 不意に、俺の首元を掴み上げていく力に抵抗したくて、身体の自由がまったくない。

 視線だけを上げると、悪魔のような冷酷な瞳をしたさよりがいた。

 さっきまで、涙は嘘のようにその顔に感情なんてない。冷たい仮面をつけたように、表情なんてなかった。

「ぐっ…! お、おれは…し、しんでないのか…。む、むねをさしたのに、おれは…」

「そうね、死んでない事になるのかしら…。でも、死んだのかしらね」

 さよりの視線の先には、闇に喰われていく俺。アレはなんなんだ。

「ど、どういうこと…ぐあっ! な、なら…なぜ、おれは…」

「肉体と精神を、切り離したに過ぎないわ。私は、死ぬつもりなんて……ないからね」

 そう言うと、さよりの口が歪んでいった。何を言っているのか分からなかった。

 さよりが死ぬつもりがない?

 さよりが死ぬ事を拒んだと言うのか?

 だけど俺はあの時、死のうとした。俺はあの時、死のうと思っていたのに…。

 

 ――しかし、その命は一人では絶てなかった…。

 

 そうか、そういう事か。俺が胸を刺しても、俺自身では死ぬ事が出来ないって事なのか?

 ――俺の中には、さよりがいる。

 つまりあの時、さよりが同じ気持ちではなかったから、死ぬ事が出来なかったと言う事か。

 俺は自分だけでは、死ぬ事すら出来ないって言うのかよ。

 

「いい夢が見れて、よかったですね。あなたの双子の妹…なんて、始めからいないわ」

 

 さよりの口元が、微かに歪んでいた。何を言っているのか、分からない。

「私は、あなたの妹ではないわ…」

「い。いもうとじゃ…ない?」

「えぇ…。あれも、私が創った夢の一つ…」

 さよりの言っている意味なんて、分からなかった。お前は最初から、俺を殺すつもりだったのか?

 それであんな嘘をついたのか? では、あの涙も嘘なのか?

「私は、あなたと死ぬ気なんてないわ…。ここで、お別れね」

 俺の身体を走り抜ける痛みと、心が引き裂かれそうになる苦痛。

 何が現実で、何が夢で…。そして、今はどうなっているのか分からない。

 俺は、結局何を信じていけばよかったのか、分からない。

 

「さぁ、今度こそ…私がちゃんと、殺してあげる。大丈夫よ…苦しくないから」

 

 さよりが振り上げた腕には、ナイフが握られていた。煌き、一瞬だけ俺の顔が映る。

 酷く疲れた表情。だけど、俺はもうどうでもよかった。

 それがゆっくりと振り下ろされてくる。

 

「さよなら…私のおもちゃ」

 

 

 俺の胸にナイフが、深々と刺さっていた…。

ジャンルはホラーでいいのか?(笑)

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― 新着の感想 ―
[一言] 複雑で難解なお話でした。 でも、こういうの個人的には好きです。 結局「さより」は何者だったんでしょう。 「妹」だったら結構感動的だったのに、って思いました。 何年か前に見た「ビューティフルド…
[一言]  夢なのか現実なのかという曖昧さが澱のように針のように描かれていて、個人的には好きな作品です。夢がたゆたい繰り返される雰囲気がうまく書かれているように思います。  さよりに何故目をつけられた…
[一言] 難しい世界が上手く描かれていると思います。私にはこういうストーリーは書けません。^^; さよりが一体何者だったのかが気になります。内容的にはすっきりしなくて後味が悪かったです。主人公がさより…
感想一覧
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