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2012年10月 休養

 3ヵ月半にも及ぶ北海道での長期滞在を終え、関東のトレーニングセンターに戻ってきたトランクバークは休養のために放牧に出ることになり、木野牧場に久しぶりに戻ることになった。

 星調教師からそれを伝えられた求次はアルバイトを休止し、牧場で馬の面倒を見ることになった。

 求次はそれから毎日、トランクバークの世話をしていた。

 その様子を、笑美子と可憐は少し離れたところから見つめていた。

 彼女らは相変わらず馬の面倒を見ようとはしなかった。

 しかし、求次の見方だけは変わった。少なくとも彼を冷めた目で見たり、批判したりはしなくなった。


 トランクバークが牧場に戻ってきて2週間が経った10月中旬のこの日も、求次は朝からトランクバークの世話をしていた。

 笑美子は可憐を高校に送り出した後、牧場で彼の様子をじっと見つめていた。

 求次はトランクバークの世話が終わった後、古びた馬房に連れていって古いロープでつないだ。

 馬房から出てくると、彼は笑美子が外で待っているのを見つけた。

「どうした?笑美子。」

 求次は一瞬何か言われるのではと思い、身構えた。

「あなた、トランクの調子はどうですか?」

 笑美子は普通の口調で言った。どうやら不満を言いに来たのではなく、単にトランクバークの調子を確認しに来たようだった。

「悪くはないな。10月1日にここに来た時にはかなり疲れていたが、段々元気を取り戻してきている。ここ最近は体を洗っている時によくあくびをするようになった。かなりリラックスしながら毎日を過ごしているんだろう。」

「そうですか。それは良かったですね。」

「トランクバークにとっては初めてのことが色々あったから、ストレスがかなりたまっていたようだ。こないだの札幌2歳Sで派手にかかったのも、今考えればストレスが原因だったかもしれん。」

「馬を見て、そこまで分かるんですか?」

「まあ大体な。これでメシ食ってるようなものだから、馬のことは色々知っておかねばならん。」

「…そうですか…。」

 笑美子は一瞬、自分達より馬の方が大事だと言っているような気がして、顔をしかめた。

「もちろん、家族だって大事だ。トランクバークが稼いでくれた賞金を使って、君と可憐に新しいパソコンを1台ずつ買ってプレゼントしたし、近所にあるおいしい回転寿司のお店に連れていったりもしたし。」

 彼女の雰囲気を察知した求次は何とかご機嫌を取ろうとした。

「そうね。それは感謝するわ。」

「でも、何か不満でもあるのか?」

 求次はまた何を言われるのかと思い、また身構えた。

「不満というよりは、不安の方があります。トランクバークが賞金を稼いでくれたおかげで、確かに破産だけは免れました。しかし、いつまた危機に陥るかもしれないと思いまして。」

「その不安は僕にだってある。恐らくはずっと付きまとわれるんじゃないかと思う時も。」

「そうですか…。」

 笑美子は求次に安定した職業に就いてほしいという気持ちをずっと持ち続けていた。

 そのため、今でも牧場経営に対して賛成する気になれず、ついつい求次に冷たく当たってしまうことがあった。

 これは可憐も同じだった。

 彼女は高校で

『お前んとこの牧場、馬いねえじゃんかよ!』

『この名ばかり牧場!』

 と、冷やかされることがあって心を痛めていたため、笑美子と同じ気持ちを抱いていた。

 もちろん求次も彼女達の気持ちを理解していた。

 だからこそ、早く賞金を稼いで生活を楽にし、彼女達を安心させてやりたかった。

 そのために、時には家族に辛い思いをさせてしまうかもしれない。でも今は自分にできることをやらせてほしい。

 つのる思いの中で、彼はひたすら努力を重ねていた。


 10月31日、厩舎の村重厩務員は自分で馬運車を運転し、木野牧場まではるばるやってきた。

「こんにちは、木野さん。」

「こんにちは。善郎さん。トランクバークは疲れも取れて、だいぶリフレッシュしましたよ。」

「そうですか。それは良かったです。」

「それじゃ、またよろしくお願いしますよ。」

「はい。」

 2人は色々会話をした後、協力してトランクバークを馬運車に運び、ロープでつないだ。

 村重厩務員は木野牧場を出発する直前、運転席に座ったまま、求次に次のように言い残した。

「これからは僕達のことを星君、村重君と呼んでください。先生がその方が親近感出ると言っていましたから。だからよろしくお願いします。」

「はい。分かりました。」

 求次も喜んで同意した。

 彼は馬運車が音を立てながら牧場を後にしていく様子を、じっと見つめていた。


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