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2012年3月 入厩

 2012年3月26日追記

 この章から登場する調教師の名字は、以前まで「星野」でした。

 しかし作品を執筆し終えた後、美浦に「星野厩舎」が実在することを知ったため、この度名字を「星」に変更しました。

 あらかじめご了承願うと同時に、実在する「星野厩舎」には大変失礼いたしました。

 

 年が明けて、トランクバークは2歳になった。

 求次は厳しい減量に悪戦苦闘しながらも、懸命に調教を重ねてきた。

 その甲斐もあってトランクバークは怪我をすることもなくトレーニングを重ね、順調に成長してきた。


 2月も終わりに近づいたある日、求次はトランクバークを競走馬としてデビューさせるための準備をしていた。

 彼はいくつかの厩舎きゅうしゃに連絡を取っては、入厩のお願いをしようとした。

 しかし、すぐにはいい返事をもらえなかった。


 何とかしたいと思う中、3月初めに星厩舎から一度馬を見せてほしいという返事をもらうことができた。

 求次は二つ返事でお願いをした。

 星厩舎は関東のトレーニングセンターに所属する厩舎だ。

 調教師の星 駿馬しゅんまは37歳で、求次よりも年下だった(求次は43歳)。

 厩舎は開業してまだ3年しかたっておらず、自分以外に厩務員2人、所有馬3頭(その後1頭が引退)がいるだけの小さなものだった。

 重賞は制覇するどころか出走経験すらなく、知名度も低いため、厩舎も何とか管理する競走馬を増やしたいと思っていた。

 厩務員の人は早速馬運車を手配した。そして星調教師が自ら車を運転して400km以上離れた木野牧場まで来てくれた。

 牧場で待っていた求次は、運転席から出てきた星調教師に早速自己紹介をした。

 星調教師は名刺を出して自己紹介をすると、早速馬房のところに行き、馬のチェックを開始した。

 求次はこの馬には蹴るクセがあるので注意が必要なこと、気性の荒い面があること、早い時期にデビューできそうなこと、どちらかと言えば短距離が得意なことを伝えた。

 星調教師は、その話を考慮しながら馬の体つきを一つ一つチェックした。


 チェックは30~40分にも及んだ。

 その間、求次は緊張しながらも、星調教師からの質問に丁寧に答えていた。

 そして長いチェックがついに終わり、いよいよ結論を出す時になった。

「星さん、この馬どうでしょうか?」

「怪我もしていないようですし、いいでしょう。うちの厩舎で育成していくことにします。」

「本当ですか?ありがとうございます!」

「こちらこそ。依頼していただきましてありがとうございます。」

 星調教師は納得した表情で引き取ることを決めた。

「それから、この馬の名前はトランクバークというのですか?」

「はい。そうです。」

「名前はこのままでいいですか?」

「はい。できればこの名前のままでデビューさせたいと思っています。」

「分かりました。」

「では、これからこの馬の管理をお願いします。」

「こちらからもよろしくお願いします。それから、木野さんの連絡先を知りたいのですが、よろしいですか?」

「あ、はい。」

 求次はそう言うと、電話番号とメールアドレスを教えた。

 星調教師の連絡先は名刺に書いてあるので、本人からこれを参考にするように言われた。

 2人は一緒にトランクバークを馬運車に運び、ロープでつないで暴れないように固定した。

 星調教師はお辞儀をしながらお礼を言うと、運転席に乗り込み、再び長い距離を運転してトレーニングセンターへと戻っていった。


 一人になった求次は自宅の事務所へ行ってパソコンを立ち上げた。

 そして求人情報のページを開き、仕事を探し始めた。

 これからは厳しい減量をしなくても済むし、自分で馬の世話をする必要がなくなるので、時間がたくさんできる。

 しかし一方で、これからは星厩舎に預託料として毎月60万円を支払わなければならなくなる。

 それに生活費、娘の高校進学のための資金がかさむため、所持金がすでに700万円しか残っていない木野家にとって、預託料は非常に大きな出費だった。

 このままでは今年中に牧場は破産してしまう。

 そうならないように何とかしてお金を稼がなければならない。

 かといって、不況のために仕事を探すことも一筋縄ではいかない。

 でも探さなければ…。もし仕事が見つからなければ、自分のせいでこの家は崩壊してしまう。

 トランクバークを競り落としたことを後悔することになってしまう。

 武並という人が現れた時に、1500万で売っておけばと悔やむことになってしまう。

 そればかりは回避したい。

 焼け石に水かもしれないが、それでも何とかして自分でお金を稼ぎたい。

 求次はアルバイトでもいいから仕事にありつこうと必死だった。


 それからしばらくして、求次のもとに一本の電話がかかってきた。

 電話の主は星調教師だった。彼は興奮したような口調で語りかけてきた。

「星さん、どうしたんですか?何かいいことでもあったんですか?」

「そういうわけではないですけれど、ちょっと確認したいことがありまして。」

「何ですか?」

「木野さんが預けたトランクバークという馬ですけれど、あの馬、いくらで買ってきたんですか?」

「いくらって、お伝えしたとおり700万円です。」

「そんな金額で手に入れたとは思えないんですよ。」

「どういうことですか?」

「この馬、いけますよ!確かに気性は荒いですし、持久力はないですが、俊足で勝負根性もある。確信はないですが、こちらの試算では2500万は稼げると思うんです。こちらとしても救いの神になってくれるかもしれないって厩務員の2人も言っているんですよ。」

「救いの神ですか?そちらにとっても?」

「はい。このままでは厩舎が危ない状態でしたから。」

「そうなんですか?」

 求次と星調教師は電話でお互い資金難で苦しんでいることを知った。

 そして2人はお互いの置かれた状況について色々と話した。

 求次は自分だけが苦しいのではないことを知り、一緒にがんばろうという気持ちになった。

 それは星調教師も同じだった。

 この電話を通じて、2人の間には強い絆が生まれようとしていた。


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