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2014年3月 君と歩んだ日々

 3月、中京競馬が始まると、星厩舎からはホーソンフォレストとウェーブマシンが中京競馬場にやってきた。

 それに伴って星君、村重君、スクーグさんの3人もやってきた。

 彼らは木野家に寝泊りをしながら中京競馬場に出向き、2頭の世話をした。

 裏開催でしか出走権のないホーソンフォレストは、中京競馬の開幕週のレースに出走し、4着に入った。(これで29戦1勝)

 またも勝つことはできなかったが、それでも久しぶりに掲示板に載る5着以内に入った。

 ウェーブマシンは2月に東京競馬場でデビュー(6着)した後、中京競馬場の2週目の未勝利戦に出走し、見事に初勝利を挙げた。

 トランクバークに代わる、新たな期待の星ができたことを、厩舎の3人は素直に喜んでいた。


 2週目の競馬が終わった日曜日の夕方、木野牧場には木野家の3人に加えて厩舎の3人と、中京競馬場での騎乗を終えたばかりの久矢騎手がいた。

(この時、ゴールデンコンパスは放牧を終えて、すでに厩舎に戻っていた。)

 この日、トランクバークは大車さんの乗る馬運車に乗って、婚約者であるフォーククラフトのいる北海道の牧場に向かうことになっていた。

 久矢騎手はトランクバークに会うと、真っ先に今日の出来事を報告した。

「僕、今日中京記念(GⅢ)を勝ったよ。初めて重賞を勝てたよ。君がここにいる間に、うれしい報告をすることができて良かったよ。」

 それを聞いたトランクバークは、まるで『おめでとう。』と祝福しているかのように、久矢騎手を見つめた。

「君のおかげだよ。君と一緒に勝てなかったことは悔しいけれど、君と一緒に重賞の舞台をたくさん経験して、そこで色々なことを学んで、そのおかげで勝てたよ。本当にありがとう。」

 彼は表彰式ではトランクバークの写真を見せながら記念撮影を行った。

 さらにはインタビューでもトランクバークに関する発言をしていただけに、感謝の大きさが見て取れた。


 久矢騎手の報告が終わると、今度は星君が馬の前に立った。

「トランクバーク、これまで何度も言ってきたことだけれど、厩舎を救ってくれてありがとう。君がいなかったら、厩舎は経営難で解散になったかもしれない。本当にありがとう。」

 トランクバークは少し首を振りながら、軽く「ヒヒーン」と鳴いた。

 恐らく『こちらこそ、ありがとう。』と言っているのだろう。

 星君はさらに、4月からは新たに3頭の2歳馬が入厩してくること、4月からは久矢騎手が星厩舎所属になるため、4人体制で運営していくことを伝えた。

 トランクバークは笑顔を浮かべながらその報告を聞いていた。


 星君の報告が終わると、今度は村重君、スクーグさんがトランクバークの前に立った。

「今までほとんどの調教に乗ってきて、本当にお世話になりました。君と歩んだ日々は、僕にとってかけがえのない財産です。これから大変なことや、辛いことがあった時には、君を思い出して頑張ります。」

「私は直接またがることは少なかったけれど、大舞台を経験できて嬉しかったわ。私も自分が管理しているウェーブマシンを、君に負けないくらい立派な馬に育て上げてみたくなりました。素敵な目標を授けてくれてありがとう。」

 2人は労をねぎらうように、トランクバークの額をそっとなでた。


 7人が牧場で親しく話をしていると、牧場に1台の馬運車が姿を現した。

「とうとう来ましたね。」

「ああ。いよいよだな。」

 笑美子と求次が言った。

 馬運車は一旦止まると向きを変え、バックをして止まった。

 エンジン音が止まると、助手席から大車さんが出てきた。

「皆さん、こんにちは。」

「こんにちは。」

 7人は彼女に向かってお辞儀をしながらあいさつをした。

「大車さん、お待ちしていました。これからお世話になります。」

 求次はトランクバークの関係者を代表するように言った。

「こちらこそお世話になります。種牡馬にフォーククラフトを選んでいただきまして、誠にありがとうございます。」

 大車さんは笑顔を浮かべ、お辞儀をしながら言った。

「お母さん、これでトランクバークにはしばらく会えなくなるの?」

 可憐が笑美子に質問をした。

「そうよ。トランクバークはこれからフォーククラフトに会いに北海道まで行くの。」

「フォーククラフトの方から会いには来てくれないの?」

「それは無理よ。フォーククラフトをはじめとする種牡馬は非常に大切な存在だから、万が一のことを考えると下手に牧場から連れ出すことはできないの。だから牝馬の方が出向いて行くことになるわ。」

「そうなの。寂しくなるわね。」

「そうね。でも、子供を宿したことが確認されたら、またここに戻ってくるわ。だから1ヶ月くらいしたらまた会えるわよ。」

「うん!」

 可憐は寂しさを感じながらも、元気に返事をした。

「皆さん、名残は尽きないかもしれませんが、少し先を急ぎたいので、そろそろトランクバークを馬運車に乗せて運びたいと思います。よろしいでしょうか?」

「はい。いつでも準備はできています。」

 求次が大車さんに向けて言った。

 そして彼は馬房に向かい、トランクバークを馬房から出した。

 馬運車に向かう途中、彼はまるで結婚式の仲人をしているかのように、トランクバークを連れてゆっくりと歩いた。

「パチパチパチパチ…。」

 大車さんをはじめ、周りの人達は一緒に歩きながら祝福の拍手を送った。

「結婚おめでとう、トランクバーク。」

「君と歩んだ日々は、絶対に忘れないよ。」

「元気でね。たくさんの思い出をありがとう。」

 久矢騎手、村重君、スクーグさんはお祝いの言葉を送った。

 トランクバークは彼らを見ながら、照れくさそうに歩いた。


 8人と1頭が馬運車のところにたどり着くと、求次と大車さんは一緒に手綱を引きながらトランクバークを馬運車に入れた。

 そして手綱をしっかりと固定して、馬運車から降りてきた。

「いよいよ出発だね、トランクバーク。フォーククラフトと仲良く過ごしてくれよ。」

 求次は振り返って声をかけた。

「北海道はまだ寒いけれど、元気に過ごしてね。」

「素敵な仔を宿して、またここに戻ってきてね!」

「さようなら、トランクバーク。いつか君の仔で一緒に重賞を取ろう。」

 笑美子、可憐、星君もトランクバークに向かって、はなむけの言葉を送った。

「それでは皆さん、出発の時間です。よろしいですか?」

 大車さんがみんなに向けて言った。

「はい。それでは大車さん、長旅になりますがトランクバークをよろしくお願いします。」

 求次が深々とお辞儀をしながら言った。

「分かりました。責任持って北海道まで送ります。」

 大車さんはそう言うと、馬運車の荷台を閉めた。

 そして助手席に乗り込み、運転手に発車の合図をした。

 馬運車はエンジン音を響かせながら、ゆっくりと発車をした。

「元気でねーーー!!」

 可憐は手を振りながら叫び、トランクバークを見送った。

 馬運車は夕暮れの木野牧場の門を通過すると、北海道に向けて走り去っていった。

 これが競走馬という第1の人生を終えたトランクバークにとって、第2の人生の始まりだった。



(次回が最終回です。)

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