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2014年1月 反動

 年が明けて、トランクバークは4歳になった。

 世間では、多くの人達がお正月を祝い、休みを満喫していた。

 その中で、求次はイベントスタッフとしてのアルバイトに一時的に復帰していた。

 アルバイトが終わった後に、更衣室のロッカーにおいてあった携帯電話を見ると、そこには着信が1件入っていて、伝言メッセージが入っていた。

 電話番号は星君のものだった。

「何だろう?」

 彼は留守番電話に吹き込まれた伝言メッセージを聞いた。

『1件のメッセージがあります。1月3日、午後2時55分。』

『もしもし、木野さんですか?ちょっとトランクバークのことで話したいことがあるので、折り返しお電話をいただければと思います。よろしくお願いします。』

 声は確かに星君だった。

「何だ何だ?トランクバークのことで話って、何かあったのかな?」

 求次は携帯電話を閉じると、急いで着替えて関係者出口に向かっていった。

「お仕事、ご苦労様でした。」

「はい、ありがとうございました。」

 彼は出口にいる守衛さんに一言あいさつを済ませると、早速電話をかけた。

「もしもし。木野です。」

『木野さんですか?こんにちは。』

「あの、伝言を聞いたんですが、トランクバークに何かあったんですか?」

 求次はまさか故障したのではと思い、少し焦ったような口調で言った。

『何かって、故障とかではないのですが、近々トランクバークをそちらに放牧に出そうと思いまして。お電話しました。』

「放牧ですか?」

『はい。』

 星君は電話越しにいきさつを話してくれた。


 トランクバークは阪神Cを終えて厩舎に戻ってきた後、熱を出して体調を崩し、カイ食い(馬の食欲)が落ちてしまった。

 馬体重は10kg以上も落ち、2週間経過して年末になっても調教を再開するメドが立たなかった。

 そのため、彼は村重君、スクーグさんと協議をした結果、放牧に出そうということで意見がまとまったということだった。

 その話を、求次は駅に向かって歩きながら聞いていた。

「せっかくGⅡで好走したのに、残念ですね。」

『はい。今考えれば、阪神Cでの激走の反動が来たかもしれません。トランクバークに無理をさせてしまって、申し訳ないです。』

「大丈夫です。気にしないでください。それでは僕の方で責任持って面倒を見ることにしましょう。」

『ありがとうございます。それでは、2日後に村重君が馬運車に乗ってそちらに伺いますので、よろしくお願いします。』

「分かりました。わざわざお電話、ありがとうございました。」

『こちらこそ。では、失礼します。』

 星君はそう言って電話を切った。

 求次は歩きながら会話をしていたため、通話が終わった時には駅の近くまで来ていた。

(発熱に体調不良か…。やっぱり阪神Cの激走で力を使い果たしてしまったのかな…。)

 彼はため息をつきながらそう思った。そして今度はイベント会社に電話をして、5日以降のアルバイトを休止することを伝えた。


 牧場に戻ってきたトランクバークは、まるで燃え尽きたかのようにぐったりとしていた。

「なるほど、体も細くなったようだし、この体調では調教はできないだろうな。」

 求次は納得し、少しでも早く体調が戻るように努力をすることにした。


 しかし、その後も体調は一向に戻らず、カイ食いも落ちたままだった。

 当然馬体重は減り続け、調子が戻らないまま、時間だけが過ぎていった。

 そんな中でも、求次は厩舎と連絡を取り、状況を正直に伝えていた。

 星君や村重君、スクーグさんは、厩舎の稼ぎ頭がいない状況の中で、残されたホーソンフォレスト、ウェーブマシンの2頭を競馬に立ち向かわせるための努力を続けていた。

 余談だが、ホーソンフォレストは2勝目を挙げることができないまま、6歳になってしまった。

(しかもここ7戦、5着以内にも入ったことが無かった。)

 そのため、今後は勝たない限り裏開催でのレースでしか出走できなくなってしまった。

 厳しい状況には立たされたが、それでも馬主の人は現役続行を決断した。

 一方、ウェーブマシンはやっとソエが治ってまともに調教ができるようになり、2月にデビューできるように調整が進められていた。


 1月下旬のある日のことだった。

 求次がトランクバークの世話を終えて、ペットボトルに入ったお茶を飲んでいると、ふと笑美子が「あなた。」と声をかけてきた。

「ん?どうした?」

「トランクバークの調子はいかがですか?」

 彼女も気になっていたのだろう。心配そうに話しかけてきた。

「最近になって、少しはカイ食いも良くなってきた。馬体重は減ったままだが、これからは多分上向きになっていくだろう。」

「そうですか。それはよかったですね。」

「ああ。でも、レースに出られるまでにはまだまだ時間がかかるだろう。」

「どれくらいかかりそうですか?」

「そうだなあ…、順調に体調が上向いて馬体重が回復すれば2月下旬か3月はじめには厩舎に戻れるだろう。でも、それから調教をしてレースに出られる状態に持っていくには最低1ヶ月はかかる。そうなったら復帰は4月だろうな。」

「かなり先になりそうですね。」

「ああ。しかも予定では今年の3月で引退し、繁殖にあげるつもりだったんだ。だから、このままでは間に合わない。」

「じゃあ、どうしますか?」

「それで頭を悩ませているんだ。できることならレースに復帰させたい。でも、引退の予定を撤回しない限り無理だろうな。」

 求次は顔をしかめ、悔しそうな口調で言った。

「でも撤回なんかしたら、大車さんに迷惑をかけることになるでしょう。」

「そう…。だからどうすればいいのか結論が出せなくて…。」

「頭の痛い問題ですね。」

「まあな…。」

 2人は会話が終わると馬房に歩いていき、トランクバークと顔を合わせた。

 求次はトランクバークの顔を優しくなでながら、心の中で語り出した。


 どうしたんだ、元気を出してくれよ。

 まだやり残したことがあるんだぞ。

 8200万稼いだとは言え、まだ2勝馬だし、重賞も未勝利なんだ。

 このままで引退しないでくれ。

 夢はまだ終わっていないんだぞ。


 しかしいくら語りかけても、トランクバークの闘志は戻る気配はなく、魂が抜けたような目で求次と笑美子を見つめていた。

 まるで阪神Cの時とは別人(別馬?)のようだった。

 もはや引退しかないのか。それとも大車さんに断りを入れて現役を続行するのか。

 決断の時は、刻一刻と近づいてきた。


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