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2013年12月 決着

「トランクバーク逃げる!しかし、フォーククラフトとファントムブレイン追う!」

「3頭並んだ!並んだままゴールイーーーーン!!」

「勝ったのはどの馬だーー!?」

 3頭の馬は、アナウンサーの叫び声と、スタンドからの絶叫の中で、一斉にゴールインした。

 ゴール後、スタンドからは様々な歓声や悲鳴のような声がこだました。


 しばらくして、ターフビジョンにはゴールシーンの映像が映し出された。

 3頭の馬は、スローモーションでゴールに迫ってきて、間もなく、ゴールの瞬間の映像が映し出された。

 すると、トランクバークとフォーククラフトの鼻が決勝線にかかった時に、ファントムブレインの鼻はわずかにかかっていなかった。

「うわぁーーー!!」

「負けたーーー!!」

 ファントムブレインはこの時点で脱落となり、この馬を応援していた人達は、途端に落胆の声をあげた。

 残るは2頭。しかし、この2頭の差はスローでも分からなかった。

 結果は写真判定に持ち込まれることになった。

 その後には、少し離れてゴールデンコンパスとマイティファントムが馬体を合わせるようにしてゴールした。

 ホタルブクロは8番目にゴールを駆け抜けていった。

 ターフ上にはレースを終えた馬達が、クールダウンをしながら引き上げ場所に向かって歩き始めていた。

 ホタルブクロとマイティファントムはまだ余力を残したままだったのだろう。鞍上の騎手は悔しそうな表情を浮かべていた。

 フォーククラフトに乗っている坂江騎手は、1コーナーの地点で馬を止め、結果を見守っていた。

 一方、トランクバークは力を使い果たしてしまったのか、フラフラの足取りで歩いていた。

(やれるだけのことは全てやった。出し切れる力は全て出し切った。あとは、結果がどうなるかだけだ。頼む!一世一代の大駆けをしたこの馬を、どうか勝たせてくれ!)

 久矢騎手はよろけるように歩くトランクバークに乗ったまま、必死に願った。

「どっちだ?」

「頼む!」

 競馬場にいる大勢の人達は、そう言いながら息を飲んだ。

「勝ったのか?」

「分からん。でも、確かに勝ったような…。」

「とにかく勝ってくれ!」

 会場にいる多くの人達はフォーククラフトの勝利を信じた。

 一方で、全体の1%にも満たないが、トランクバークの勝利を期待する人達もいた。

「お父さん、お母さん、どうなったの?勝ったの?ねえ?」

 可憐は、祈るように手を合わせながら聞いてきた。」

「よく分からないわね。私あまり目が良くないから。」

 ずっと黙っていた笑美子は、ごまかすように言った。

「…どうだろう…。同着かもしれんな…。」

「同着ってそんなことあるの?」

「過去に1着同着というのは何回もある。だが1cmでも誤差があれば決着がついてしまう。だからほぼ確実に決着はつくだろう。」

「でも、私は同着でもいいから勝ってほしい。」

 求次と可憐は心配そうに経過を見守った。

 久矢騎手は引き上げ場所まで戻ってくると、馬を下りた。

 そして求次や星君達と合流し、一緒に写真判定の結果を待つことにした。

「ご苦労だったな。」

「…はい。」

「最高の内容だったな。」

「はい。でも、ここまで来たからには勝ちたいです。」

 星君と久矢騎手は短い言葉を交わすと、掲示板に注目した。

 彼らを含め、辺りには恐ろしいまでの緊張感が漂い続けた。

 求次や星君達、久矢騎手にとって、その緊張感は3着か4着かを分けたチューリップ賞の比ではなかった。

 今度は1着か2着。しかもレースはGⅡだ。勝つか負けるかで、得られる賞金も称号も違う。

 もし掲示板の1着のところに「1」が点灯すれば、トランクバークがフォーククラフトを倒す大金星を挙げると同時に、10ヶ月ぶりの勝利。さらには賞金7000万円獲得。

 そして求次や星厩舎、久矢騎手にとっては初めての重賞タイトルとなる。

 しかし、もし1着のところに「2」が点灯すれば、フォーククラフトがラストランを勝利で飾ることになり、上記のことはご破算となってしまう。

 果たして結末は、どうなるのか?

 トランクバークの大金星か?それともフォーククラフトの感動のラストランか?

 競馬場やWINDSにいる大勢の人達は、祈るような思いで掲示板に注目していた。

 すでに掲示板の3着、4着、5着にはそれぞれ12、9、16の数字が点滅していた。


 そして写真判定の結果が出て、着順の表示が出る時がやってきた。

 掲示板からは「写」の文字が消え、ついに着順が表示された。

 出てきた数字は…!!




「やったあああぁぁっ!!」

「勝った勝ったーー!!」

「おめでとうーーー!!」

 大勢の人達は、1着のところに出た数字を見て、喜びを一気に爆発させた。

 会場からはものすごい喜びが起こり、歓喜の声が飛び交った。




(……負けた……。)

 求次や久矢騎手をはじめとするトランクバークの関係者7人は、1着のところに出た「2」の数字を見て、呆然とその場に立ち尽くした。

 受け入れがたい結果を突きつけられた可憐は、声を出しながら泣き出してしまった。

 そして、声にこそ出さないがやはり涙を流しているスクーグさんのところに行き、抱き合うようにして悔しさを共有した。

 2人は抱き合いながらその場にへたり込み、声を出しながら泣き崩れた。

 それを見て、笑美子も2人のところに行き、涙を流しながら背中を軽くたたいてなぐさめた。

 4人の男性陣は誰も声をかけようとせず、今はただ泣かせておこうと、彼女達をじっと見つめていた。


 少し離れたところからは、大車さんを始めとする、大勢のフォーククラフトの関係者達が泣いたり、抱き合ったりしながら喜びを爆発させていた。

「勝ったーー!」

「良かった!負けたらファンに何てお詫びすればよかったか!」

「心臓が止まりそうだった!」

 その光景を見て、ファントムブレインをはじめとする、他の馬の関係者達は

「おめでとう!」

「良かったね!」

「感動的なラストランだった!」

 と言いながら、大車さん達に拍手を送っていた。

 少し遅れて、求次も拍手を始めた。

 続いて星君、村重君も拍手を始めた。

 久矢騎手は気持ちの整理ができていないのか、まだ呆然と立ち尽くしていて、可憐達はまだ涙を流し続けていた。


 1コーナーのところでフォーククラフトに乗ったまま立ち止まっていた坂江騎手は、喜びながら両手を上に上げてガッツポーズをした。

 そしてコースを逆走する形でフォーククラフトをゆっくりと走らせた。

 会場からはどこからともなく「フォーク!フォーク!」という声が起こり始めた。

 その声はやがてみんなに伝わっていき、ついには会場中からフォークコールが沸き起こった。

「フォーク!」

「フォーク!」

「フォーク!」

 その大歓声に包まれながら、フォーククラフトと鞍上の坂江騎手はウィニングランを始めた。

 坂江騎手は右手を上げながらその声援に応えた。

 すると会場からは「ワーーーーッ!!」という声が響いた。

 アナウンサーも

「フォーククラフト、見事に引退の花道を飾りました!まさしく不死鳥と呼ぶにふさわしいです!」

 と、絶叫しながら、健闘をたたえていた。


 レースは1着フォーククラフト、2着トランクバークで確定した。2頭の着差はハナ差(5cm)だった。

 そして3着はアタマ差でファントムブレイン。その後は3馬身差でゴールデンコンパス、アタマ差でマイティファントムと続いた。

「みなさん、すみませんでした!あと少しで勝てるところだったのに…。」

 久矢騎手は泣きたい気持ちを必死にこらえながら、気持ちを弁解した。

「あやまることはない。十分にやってくれた。」

「持てる力を全て発揮できたんだから、悔いはないよ。」

「こんなすごいレースに立ち会えたことを、誇りに思っている。さあ、胸を張ってくれ。」

 星君、村重君、求次はさわやかな表情を浮かべて、久矢騎手に声をかけた。

「はいっ!」

 久矢騎手は星君達に言われて肩の荷が降りたのか、次第に穏やかな表情を取り戻した。


 しばらくして、大車さんが求次のところにやってきた。

「木野さん、そしてみなさん。こんにちは。」

 それを見て、求次達7人はビクッと反応した。

「皆さん、驚かなくても結構です。本当にすばらしいレースでした。拍手もしていただき、ありがとうございます。できれば同着であってほしかったくらい、すばらしかったです。」

 大車さんはそう言いながら、握手を求めているかのように右手を差し出してきた。

「こちらこそ。負けはしましたが、本当にすごいレースでした。」

 求次はみんなを代表するようにそう言って右手を差し出し、しっかりと握手をしながら健闘をたたえ合った。

 周りにいた人達は、それを見てパチパチと拍手を始めた。

 拍手はたちまち周りに広がり、2人は会場にいる多くの人達から祝福を受けた。

 その拍手には星君、村重君、久矢騎手、そして泣き止んだ可憐、スクーグさん、笑美子や、フォーククラフトの関係者も加わった。

 何人かの人達は、デジタルカメラや携帯電話で撮影をしていた。

「本当に、ラストランでの勝利おめでとうございます。」

「ありがとうございます。」

 求次と大車さんは握っていた手を離すと、親しげに会話を始めた。

「これで、フォーククラフトは種牡馬になりますね。」

「はい。私達はこれから牝馬集めに奔走することになります。来春までに何とか30~40頭は集めたいと思っています。」

「それも大変そうですね。集まりそうですか?」

「正直、分かりません。そこでちょっとお聞きしたいのですが、よろしいですか?」

「トランクバークの今後ですか?」

「よく分かりましたね。これからどうなさるつもりでしょうか?」

「そうですね。僕としては来年3月まで走らせて引退で考えています。正式には調教師の星君と相談した上で決めますけれど。」

 求次がそう言うと、話を聞いていた星君がこちらにやってきて

「はい。来年3月で引退して、木野さんの牧場で繁殖牝馬になる予定です。」

 と言った。

「あっさりと言いますね。まあ星君がそう言うのなら、それで決まりです。今回のレースの賞金で、引退後も牧場に置いておくだけの資金ができましたので。」

「そうなんですね。トランクバークのお相手は決めていますか?」

「実は、フォーククラフトでお願いできればと考えていたんですよ。血統的にも良さそうですし、あの2頭は何か惹かれあっているようなので。」

「木野さん、実は私もそう思っていたのですよ。それでは、来春の時期には、ぜひよろしくお願いします。」

「こちらこそ、よろしくお願いします。」

 大車さんと求次は勝者と敗者の垣根を越えて、親しく話をすることができた。

 会話が終わると、大車さんはトランクバークの関係者の7人に、1人ずつお礼をして、自分の持ち場に戻っていった。


 求次達7人は、トランクバークの世話が終わった後、フォーククラフトの表彰式をじっと見つめていた。

 彼らはすでに悲壮感や悔しい気持ちからは開放され、素直な気持ちで祝福をしていた。

 会場からフォークコールが再度沸き起こった時にも、彼らは声をあげながらそれに参加した。

 レースには負けたけれど、内容では勝つことができた。だから悔いはなかった。

 彼らは表彰式が終わるまでじっとフォーククラフトと関係者の人達を、あたたかいまなざしでじっと見つめていた。



 この時点でのトランクバークの成績

 13戦2勝

 本賞金:3100万円

 総賞金:8221万円

 クラス:オープン


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