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2013年12月 走れ! 魂を込めて!

 可憐、笑美子、スクーグさんの3人は、メインの一つ前に行われる、第10レースの発走前に戻ってきた。

 その時、星君と村重君は作戦の打ち合わせのために、久矢騎手のところに行っていて不在だったため、求次が一人で帰りを待っていた。

「お父さん、遅くなりましたあっ!」

(※にこやかな表情で言っています。)

「あのなあ可憐、そんな口調でそんなこと言うか?」

 求次は苦笑いしながら言った。

「だって、競馬場の探検って楽しいんだもん。あちこち歩き回っていたら、色々知りたいことができちゃって。」

「そうそう。それで私にずいぶん質問をしてきましたよ。」

「咲さんって、すごく物知りなんだよ。競馬博士みたい。」

「ま、まあ、こう見えても厩務員やっていますから。」

 可憐とスクーグさんは楽しそうにいきさつを話してくれた。


 それからしばらくして、いよいよパドックに16頭の馬達が姿を現した。

 トランクバークは1番のゼッケンをつけ、村重君に引かれながら堂々と先頭を歩いていた。

 その後ろには、ゼッケン2番をつけたフォーククラフト(単勝2.9倍、1番人気)が歩いていた。

 一方のトランクバークは単勝91.8倍の14番人気で、全くの無印だった。

 パドックに集まったほとんどの人達は、トランクバークには見向きもせずに、フォーククラフトをじっと見ながら手を振ったり、声をかけていた。


 やがて星君との打ち合わせを終えた久矢騎手がトランクバークの背中に乗り、再び周回を始めた。

 そして本馬場入場の時間になると、各馬は地下通路をくぐっていった。

 しばらくして、星君と村重君の2人は関係者エリアに戻ってきて、作戦を求次達に伝えた。

「なるほど。今日はそんな作戦ですか。」

「はい、そうです。ちょっと思い切ったやり方で行こうと思いまして。」

 求次と星君の2人は他の陣営に知られないように、作戦について話し合った。


 本馬場に出てきた16頭の馬達は、各自でウォーミングアップを開始した。

 その中で、トランクバークはフォーククラフトと並んで走っていた。

 求次はCBC賞の時にも2頭が同じような行動をしていたことを思い出した。

 彼はもしかしたら、2頭でこのような会話をしているのだろうと想像した。


『あの、フォークさん…ですよね?』

『やあ、トランクちゃん、久しぶり。』

『そうですね。お久しぶりです。』

『今日はお隣で、同じ1枠だよ。よろしくね。』

『こちらこそ、よろしくお願いします。精一杯頑張って…、今度は勝って見せますっ!』

『こっちだて負けないよ。今日は僕の引退レースだから、絶対に負けるわけにはいかないんだ。』

『えっ?引退レースなんですか?じゃあ、これで会えるのは最後なんですか?』

『レースではそうなるね。でも、引退後にもしかしたら牧場で会えるかもしれないよ。』

『牧場でと言いますと?』

『僕、馬主の大車さんが経営している牧場で種牡馬になるんだ。馬主さんに認められて、そこに来ることができれば会えるよ。』

『それなら、ぜひ行きたいです!フォークさんの馬主に認めてもらえるように、がんばります!!』


(あの2頭、本当にお似合いだな。血統的にもよさそうだし。あとはうちに十分な資金ができれば…。)

 求次はしばらくの間、レースのことを忘れて、そのように考えていた。


 16頭の馬達はウォーミングアップを済ませると、やがて2コーナーとの合流地点付近にあるスタート地点に集まってきた。

 トランクバークに乗っている久矢騎手は、(フォーククラフトと仲良く並走していたときを除いて)今日の走りに確かな手ごたえを感じていた。

(よし、これならいける。大穴をあけて、みんなをあっと言わせてやる。そして初めての重賞制覇を達成してやる!)

 彼は、そう思いながらスタート地点の後ろで馬を周回させていた。

 やがて、スターターが台に乗り、辺りにはファンファーレがこだました。

 いよいよ発走だ。求次達6人は息を飲んで様子を見守った。

 トランクバークと久矢騎手は真っ先にゲートへと入っていった。

 ゲートの中では、特に暴れる様子も見せず、落ち着いていた。

(もうすっかり気性難も解消されたみたいだな。ずっと着用しているブリンカーの効果もあるかもしれないが、馬自身が成長した証だろうな。)

 求次はそう考えていた。

 間もなく、16頭の馬は次々とゲート入りし、ついにゲートが開かれた。

 会場からは「ワーッ!」というGⅠ並みの大歓声が起こった。

 トランクバークは勢い良く飛び出すと、そのまま全力疾走をしてすぐに先頭に立った。

 2番手には、ゼッケン9番をつけたゴールデンコンパス(単勝23.0倍、8番人気)がつけた。

(この馬は、重賞勝ちこそまだないものの、オープン特別のアネモネSと紫苑Sを勝っているため、あなどれない存在だった。)

 ゴールデンコンパスは最初、トランクバークをライバル視しているかのように、後を付け回していた。

 しかし、トランクバークがその後も全力疾走を続け、どんどん差を大きくしていったため、無理に追うことをやめ、マイペースで2番手をキープした。

 フォーククラフトは4~5番手につけ、やはりこちらもマイペースを保っていた。

 もう一頭の有力馬、ファントムブレイン(単勝3.0倍、2番人気、ゼッケン12番)はフォーククラフトのすぐ後ろにつけた。

 唯一のGⅠ牝馬として参戦したマイティファントム(単勝5.8倍、3番人気、ゼッケン16番)は中盤よりやや後方につけた。

 トランクバークは内回りの3コーナーに差し掛かる頃には、2番手のゴールデンコンパスとの差を5馬身にまで広げていた。

 3番手のホタルブクロ(単勝8.9倍、5番人気、ゼッケン7番)馬はゴールデンコンパスのさらに2馬身程度後ろにいるため、レースは縦長になった。

 その後ろには、フォーククラフトとファントムブレインがいた。

 場内からはどこからともなくどよめきが起こった。

(これじゃ大逃げだな。最後までもってくれればいいが…。)

 求次はあらかじめ作戦を星君から聞いていたため、こうなることは知っていた。しかし実際にそうなると、やはり不安がこみ上げてきた。

(よし、そのまま行け!思い切って走れ!)

(14番人気のうちらに失うものはない。精一杯走って来い!)

 星君と村重君は表情一つ変えずにレースを見守っていた。

 鞍上の久矢騎手は3コーナーを回っている間もスピードを落とさず、後続とは大きな差をつけていた。

「1番の馬、飛ばしすぎだな。」

「最後にバテるぞ。きっと。」

「どうせ玉砕覚悟よね。」

「ああいうのは無視無視。」

 求次の周りにいる関係者やファンからはそのような声が聞こえ始めた。

 だが、その中でも求次達はトランクバークと久矢騎手を信じ続けていた。

(走れ!トランクバーク!魂を込めて走りぬけ!)

 久矢騎手は4コーナーに差し掛かっても、ペースを落とそうとはしなかった。

 後続の馬は、まるでトランクバークを無視しているかのように走り続けていた。

 そのため、先頭から2番手のゴールデンコンパスとの間には、すでに6馬身の差がついていた。

(トランクバークから3番手のホタルブクロとの差は8馬身。)

 それから間もなく、3番手は少し早めにペースを上げたファントムブレインに変わり、フォーククラフトは末足にかけているのか5、6番手に後退した。

(よし、作戦通りだ。あとはこのリードをどこまで保てるかどうかだ。)

 星君はむっつりと黙ったまま、心の中でそのような作戦を描いていた。

 トランクバークは真っ先に4コーナーを抜けて最後の直線に姿を現した。

 2番手以降の馬は、それから1秒以上遅れて姿を現し始めた。

(あと300mだ。苦しいだろうが、魂を込めて走ってくれ!)

 久矢騎手は必死になってトランクバークを走らせた。

 すでにスタンドからはものすごい歓声が沸き起こっていた。

 2番手のゴールデンコンパスはその歓声に一瞬驚きながらも、ペースを上げ、先頭との差を縮め始めた。

 しかし、まもなくラストスパートをかけたファントムブレインが、GⅠ馬の意地を見せるかのようにゴールデンコンパスをかわして2番手に上がった。

 ほぼ同時にラストランのフォーククラフトもスパートをかけ、順位を上げ始めた。

 先頭を走るトランクバークは、久矢騎手の思いを受け止めて、死に物狂いで走り続けた。

 しかし、ファントムブレインとの差はみるみるうちに縮まってきた。

 後ろからは、CBC賞で見せたような末足を発揮したフォーククラフトが、ぐんぐん迫ってきた。

 前半で3番手だったホタルブクロは伸びが鈍く、掲示板に載る5着以内も苦しい状態だった。

 ゴールデンコンパスは、ファントムブレインにかわされた後も懸命に粘り続けたが、間もなくフォーククラフトにもかわされ、4番手に後退した。

 後方待機していたマイティファントムは直線で必死に追い込みをかけた。

 しかし、トランクバークの大逃げでペースを狂わされたのか、まだ7、8番手の位置にいた。果たして届くのかどうか。

 残り200mの時点では3馬身以上あったトランクバークのリードは、ゴールに近づくに連れてさらに縮まっていった。

「頼む!早くゴールが来てくれ!」

「トランク、逃げ切ってくれ!」

「頼む!」

「神様…。」

 求次や星君達はみんな必死に願い続けた。

 残り150m。トランクバークのリードは2馬身半に縮まった。

 2番手にはファントムブレイン。3番手にはフォーククラフト。その後にはゴールデンコンパス、マイティファントムが続いていた。

 残り100m。リードは1馬身半になった。

(このままでは抜かされる!トランク、あと少しだ!あと少しだけ頑張ってくれ!!)

 久矢騎手は鬼のような形相でムチを振るい続けた。

 2番手はまだファントムブレインだったが、外からはフォーククラフトが並びかけてきた。

 4番手のゴールデンコンパス以降は、もはや届きそうにない状態だった。

 残り50m。トランクバークのリードはついに1馬身を切った!

 ここでフォーククラフトが2番手に上がった!

 フォーククラフトはさらにトランクバークにも迫る!

 しかしファントムブレインも引き下がらない!抜き返しにかかった!

 勝つのはトランクバークか!?フォーククラフトか!?それともファントムブレインか!?

 3頭並ぶか!?並んだか!?

 並んだままゴールイーーーン!!!


(決着は次の章で)


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