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2013年11月 乗り替わりは突然に

 骨折が完治したトランクバークは10月中に厩舎に戻り、また調教の日々を送った。

 馬体重は放牧前と比べて20kg増えていた。

 そのため、通常の調教に加えてプール調教を多用し、少しずつ体重をしぼることにした。


 11月中旬には10kg程度しぼることができ、どうにかレースに使える状態にまで持っていくことができた。

 それに合わせて、星君は復帰レースをどれにするか考えた。

 その結果、彼は11月24日に行われるオープン特別のキャピタルステークス(東京芝1600m、1着賞金2200万円)に決めた。

 調教を担当していた村重君は「ちょっと復帰が早すぎませんか?」と、一旦は難色を示した。

 しかし星君が

「休み明けだし、一度レースに使ってから仕上げようと思った。」

 と説明をすると、納得してくれた。


 キャピタルS当日、この日は晩秋の好天に恵まれた。

 厩舎の3人は第1レースの前に東京競馬場に到着した。

 この日はジャパンカップ当日だったため、競馬場は多くの外国人であふれていた。


 一方の求次は笑美子、可憐と共に1泊2日で関東に家族旅行をしていた。

 彼らは土曜日に東京スカイツリーや浅草などを訪れ、日曜日に東京競馬場にやってきた。

 可憐はスクーグさんを見つけると、真っ先に駆け出した。

「咲さーん!」

「Karen、久しぶり!9月はそちらに泊めてくれてありがとう。」

「You’re Welcome!私も咲さんと一緒に過ごせてすごくうれしかったわよ。本当に来てくれてありがとう!」

 2人は早速、仲良く会話を始めた。

 求次達もお互いの近況などを話しながら、会話を楽しんだ。

 以前は競馬場の雰囲気になじめずにいた笑美子も、今では星君達と色々話せる間柄になっていた。


 キャピタルSにはいつものとおり、久矢騎手がトランクバークに騎乗することになっていた。

 ところが、この日の第2レースに思わぬことが起きた。

 レース中、久矢騎手は落馬負傷をしてしまい、医務室に運び込まれた。

 診断の結果は打撲だった。

 幸い骨折はしておらず、立ち上がることはできたものの、この日の騎乗に関しては無理という判断が下されてしまった。

 この知らせは求次達や星君達にも届いた。それを聞いて雰囲気は一変した。

 星厩舎の3人は、急いで代わりの騎手を確保しなければと求次達に言い残し、急いで調整ルームの方に向かっていった。

 そしてキャピタルSに騎乗予定がない騎手に交渉を試みた。

 しかし、なかなか代わりを引き受けてくれる人は見つからなかった。

「まずいな。何とか早く交渉をしたいところなんだが…。」

「まあ、キャピタルSよりも前に行われるレースでの騎乗が優先ですからねえ。」

 星君と村重君は焦りの表情を浮かべながら歩いていた。

 一方、スクーグさんは近くにいた人の話が気になったのか、急に立ち止まった。

「どうした?咲さん。」

 村重君が聞いた。

「今、外国人関係者の人が『ジャパンカップの前に何か一つ、レースを経験しておきたかった。』と言っていたんです。それを聞いて、今日のジャパンカップに登場する外国人騎手に依頼できればと思いまして。」

「そうか、そういう手があったか!」

 スクーグさんの意見を聞いて、村重君はでかしたとばかりに声をかけた。

「じゃあ、早速交渉をしてみよう。それでは咲に通訳をお願いしてもいいか?」

「はい。それでは早速行きましょう。」

 スクーグさんは星君からの通訳の依頼を喜んで引き受けた。

 そして3人はすぐに外国人騎手に交渉を開始した。


 その後、トランクバークにはベニー・ベラクア(登録名はベニー)という騎手が乗ることになった。

 彼はジャパンカップ以外に騎乗機会がなく、その前に一度レースに出てこの競馬場を経験しておきたいと考えていたため、喜んで引き受けてくれた。

 ベニー騎手と星君はスクーグさんを介して、色々な情報を交換した。

(※以下の会話で、右矢印に続くカッコ内の文章は、スクーグさんによる訳です。)

「It’s been for almost four months since this horse, named TrunkBark, experienced the last race, right?」

 ⇒(この馬、トランクバークは最後にレースに出てからほぼ4ヶ月が経過したということですか?)

「はい。ですからまだ万全なコンディションではないです。

 ⇒(Yes. Therefore, this horse hasn’t been in the best shape.)

「So, do you want TrunkBark to win the race or to get accustomed to it?」

 ⇒(それでは、トランクバークが1着を取ることか、レースに慣れることか、どちらを望みますか?)

「そうですねえ…。今回は、レースに慣れることを望みます。」

 ⇒(Let’s see. We hope TrunkBark will get accustomed to it this time.)

「I see. Say, would you mind if I think this race is a warmup of the Japan Cup?」

 ⇒(分かりました。それから私はこのレースを、ジャパンカップに向けてのウォーミングアップとして考えてもいいですか?)

「はい、いいですよ。この馬は前半で前に行きたがりますので、それを踏まえた上で乗っていただければ結構です。」

 ⇒(No problem, go ahead. This horse wants to go forward in the first half. So please consider this one when you run the race.)

「Gocha. Do you have any DVDs of this horse? I’d like to watch them before I ride.」

 ⇒(分かりました。この馬のDVDはありますか?乗る前に見ておきたいのですが。)

「確か、久矢騎手が持っているはずです。」

 ⇒(I think Mr. Hisaya, the jockey who was supposed to ride today, has them)

「If not trouble, could you ask him, please?」

 ⇒(失礼でなければ彼に聞いてみてくれますか?)

「OKです。今から行ってきます。」

 ⇒(It’s OK. We’re going to ask him.)

 会話が終わると、村重君が久矢騎手のところに向かっていった。

 しばらくして、彼はうれしそうな表情で戻ってきた。

「ぜひ僕のDVDを参考に使ってくださいと言っていました。」

 ⇒(He said you can use his DVD. It’ll be helpful.)

「Oh, he’s so nice. Please tell him I appeciate it.」

 ⇒(親切ですね。彼にありがとうと伝えてください。)

 ベニー騎手はそう言って3人と握手をすると、久矢騎手の調整ルームに向かっていった。

 村重君はお礼を伝えに、もう一度久矢騎手に会いに行った。

 星君はひとまず一件落着したことで、ほっとしていた。

 スクーグさんも通訳という大役を果たすことができたことを、心の底から喜んでいた。


 そして、いよいよキャピタルSの発走時刻がやってきた。

 レースは15頭立てだった。

 8枠14番に入った8番人気のトランクバークは、スタートするとベニー騎手の指示通りに3番手につけた。

 先頭に立ったのは1番人気のサバイバルヒーローだった。

 そのすぐ後ろにフォークダンス(11番人気)がつけ、トランクバークはさらにそのすぐ後ろにいた。先頭との差は大体1馬身程度だった。

 2番人気のシルバーサイレンスは後方に待機していた。

 GⅠ秋華賞に出走(8着)した後にこのレースに出てきた4番人気のゴールデンコンパスは、トランクバークのすぐ後ろにつけていた。

 15頭の馬達はほとんど一団となり、レースはゆったりと進んでいった。

(それにしてもこのペースは遅すぎじゃないかなあ?)

 求次は時計を見ながら思った。

 前半800mのタイムが51秒なのだから無理もないだろう(普通は48~49秒。)。

 レースはその後もスローペースで、順位の変動もほとんどないまま進んでいった。

 4コーナーに入った時、ようやくペースが上がり出した。

 それまで一団となっていた馬群は少しずつ崩れていき、スパートをかける馬が出始めた。

 トランクバークに乗っているベニー騎手は、まだ動く気配がなかった。

 そして最後の直線。各馬は一斉にスパートを開始した。

 ベニー騎手もムチを振るい始めた。

 しかし休み明けのせいか、それとも馬体重がベストよりも8kg重いせいか、伸びはいつもと比べて鈍かった。

 先頭のサバイバルヒーローは直線の坂に差し掛かると、差をさらに広げた。

 これまでサバイバルヒーローとトランクバークの間を走っていたフォークダンスは坂でバテたらしく、ずるずると後退をしていった。

 一方で後方待機していたシルバーサイレンスは末足を発揮して、どんどん追い上げていた。

 トランクバークは並走しているゴールデンコンパスには負けられないとばかりに、懸命に粘り続けた。

 残り200m。先頭のサバイバルヒーローはすでに2馬身以上のリードをつけていた。

 後方待機していたシルバーサイレンスは懸命に追い込み、順位をどんどん上げていた。

 さらには最低人気のチドメグサ(単勝105倍)も追い込んできた。

 この2頭はトランクバークとゴールデンコンパスをごぼう抜きにすると、さらに加速をつけて追い上げていった。

 残り50m。トランクバークはついにゴールデンコンパスとの根比べに負け、5番手に後退した。

 先頭は逃げたサバイバルヒーローがとシルバーサイレンスの追い込みをアタマ差振り切ってゴールインした。

 少し遅れてチドメグサがゴールを駆け抜け、複勝とワイドで大穴を開けた。

 トランクバークはゴールデンコンパスに続き、5着でゴールした。


「まあ、色々不利な条件が重なる中で、この順位ならいいとしますか。」

 求次は少し悔しい気持ちを持ちながらも、賞金220万円を獲得できたことにはほっとしていた。

「そうだな。突然の乗り替わりというハプニングにも見舞われたが、今回はベニー騎手に感謝しよう。」

「それに咲さんの大活躍もあったことだし。」

 かたわらにいる星君と村重君にも悲壮感は感じられなかった。

 スクーグさんは2人の話を、少し誇らしげに聞いていた。


 レース後、ベニー騎手は

「It wasn’t so bad. TrunkBark ran well in spite of the interval. We don’t have to be pessimistic and we can expect the better result next time.」

 ⇒(悪くはありませんでした。トランクバークは休み明けにも関わらず、よく走ってくれました。悲観的になる必要はありません。次はもっといい結果が期待できると思います。)

「For me, this race was a good opportunity to directly experience the Tokyo race course. Doumo arigatou.」

 ⇒(自分にとっては、このレースは東京競馬場を直に経験する、いい機会になりました。ドウモアリガトウ。)

 というコメントを残して、次のジャパンカップの準備に向かっていった。


 星厩舎の3人はキャピタルSが終わり、トランクバークの世話まで終わると、久矢騎手の状態を確認しに行った。

 そして来週からはまた騎乗できるから大丈夫という報告を受けると、再び木野家の3人と合流した。

 その後は、6人でジャパンカップをゆっくりと見物した。

 ベニー騎手が乗る「SilverLilyシルバーリリー」という馬は、そのレースで3着に入った。

 レース後、彼は事前にキャピタルSを経験できたことに感謝するコメントを残してくれた。

 通訳を通じて大活躍をしたスクーグさんにとって、この日は忘れられない1日になった。



 この時点でのトランクバークの成績

 12戦2勝

 本賞金:1700万円

 総賞金:5421万円

 クラス:オープン


 この章で登場したベニー・ベラクア騎手について解説します。


 名前の由来

 「ベニー」は「星野求次の英会話ジョーク」からの使い回しです。

 「ベラクア」は映画「ライラの冒険 黄金の羅針盤(原題:The Golden Compass)」の主人公、ライラ・ベラクアに由来しています。

 この映画は僕の大のお気に入りです。



 この章は、スクーグさんに何か活躍の場を与えたいという思いから、このような展開にしました。

(個人的には、彼女が何か地味な存在に思えていましたので。)

 そのために、落馬負傷するハメになった久矢騎手、ごめんなさい。

 なお元々のゲームでこのレースに騎乗したのは、久矢騎手に該当する騎手です。

(ゲームではさすがに落馬負傷による当日乗り替わりという事態は起きません。)


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