2013年7月 中2週
函館スプリントSが終わった後、星厩舎には武並の所有馬、ウェーブマシンが入ってきた。
この馬は前脚にソエを抱えていたために満足な運動ができず、結果的に入厩がこの時期になってしまった。
(※ソエ…骨膜炎のことで、脚にコブができる症状です。骨がまだ成長途上の若い馬がかかりやすい。軽めの調教ならば行うことが可能です。)
この馬を担当しているスクーグさんは、調教を終えると、事務室で経理の仕事をしている星君のところに、報告に来た。
「先生、咲です。ウェーブマシンの調教、終わりました。」
「ご苦労。調子はどうだった?」
「まだまだです。今しばらくはプール調教が中心になりそうです。」
「ウッドチップや坂路はできそうか?」
「私が乗って、軽めに走らせる程度ならできないこともありませんが、やはりプールの方がいいと考えています。」
「そうか。治るまでは気長に調整をすることになると思うが、頑張ってくれよ。」
「はい。何とか年末までにはデビューできるように、頑張ります。」
彼女は事務室を後にすると、今度はホーソンフォレストの調教をしに行った。
余談だが、彼女は元々騎手を目指していただけに、厩舎の3人の中で最も身軽だった。
(※騎手になるために競馬学校に入る場合、体重44kg以下という規定があります。)
そのため、馬の脚元を考えれば、彼女が乗って調教するのがベストだった。
一方、函館にいる村重君は、競馬場構内にあるウッドチップコースで調整を重ねていた。
彼は調子を見極めながら、次走を決め、星君に連絡を取った。
「先生、トランクバークですが、7月28日に行われるオープン特別のUHB杯(函館芝1200m、1着賞金2200万円)に出すことに決めました。」
『そうか。中2週で出しても大丈夫そうか?』
「はい。函館スプリントでの疲れもそれ程ないですし、馬体重もベストの440kgを維持できています。僕としてはいけると見ています。」
『分かった。では頼んだぞ。』
「はいっ!」
星君はそれを聞いて、早速出走手続きを取り始めた。
同じ頃、木野牧場では家の改装工事が行われていた。家の外壁には鉄骨が組まれており、外壁はきれいに塗りなおされつつあった。
また、家の内部も着々とリニューアルされていた。
馬房は一旦取り壊された後、新しいものが建てられつつあった。
求次はこの頃にはアルバイトに行く頻度は少なくなり、主に家庭菜園で作業をしたり、自分で木材を集めては古い柵を作り直して過ごしていた。
もちろん、厩舎とは頻繁に連絡を取り、トランクバークに関する情報も集めていた。
UHB杯の日、求次は再び函館競馬場に行き、星君と村重君に合流した。
レースは13頭立てとなり、トランクバークは4枠4番の6番人気だった。
負担重量は53kgとなった。
パドックでのトランクバークは以前と違い、落ち着いていた。
それを見て、求次達は出遅れさえしなければ、今度こそ実力を発揮してくれるだろうと見ていた。
13頭の馬達は本馬場入場してウォーミングアップをした後、2コーナーポケットにあるスタート地点に集まった。
そしてファンファーレの後にゲート入りをすると、いよいよレースがスタートした。
レースでは、アナウンサーが次のように実況をしていた。
「スタートしました。各馬きれいにそろいました。」
「まず先頭に立ったのは4番のトランクバークです。」
「それに続くように、内から1番のサバイバルヒーロー、外から9番のカーテンコールが競りかけてきました。」
「ここで先頭が変わった。先頭はサバイバルヒーロー。すぐ後ろにカーテンコールとトランクバークが並走。」
「その後ろに7番のアウトオブブレス、外から13番のフォークダンス、少し間が空いて6番のレインと続いています。後ろには3番のソディウムと10番のヒカリファイバー。」
「また少し間が開いて11番のムクロジ、5番のグルービータワー。内から2番のボルケイノー。」
「最後方には8番のコクシムソウと12番のラン。」
「先頭からシンガリまでは大体10馬身、少し縦長になりました。」
「先頭はサバイバルヒーロー、トランクバーク、カーテンコール。3頭並んでいます。」
「3コーナーのカーブに入りました。」
「最内のサバイバルヒーロー少し前に出た。」
「トランクバークとカーテンコールは2番手に後退。それを見計らうようにレインが上がっていった。」
「アウトオブブレスとフォークダンスはまだ動かない。」
「4コーナーのカーブに入りました。サバイバルヒーロー相変わらず先頭。2番手はトランクバーク。」
「後ろの各馬もペースを上げ始めました。」
「トランクバークもここでペースを上げた。先頭に再び並ぼうという勢いだ。カーテンコールとレインも先頭を伺っている。」
「最後のコーナーを回って、いよいよ直線に入ります。」
「先頭はまだサバイバルヒーロー。しかしすぐ横にはトランクバークがいる。」
「後ろからはレインも来ている。ここでアウトオブブレスも上がってきた!」
「さすがはハンデ戦。大混戦になってきた!」
「先頭はここでトランクバークに変わった!サバイバルヒーロー、懸命に粘る!」
「鞍上の久矢騎手、懸命にスパートをかける。しかし、サバイバルヒーローが抜き返した!」
「200の標識を通過!サバイバルヒーロー先頭!リードを少しずつ広げていく!」
「トランクバークは2番手!後ろからはレインとアウトオブブレスが迫ってきた!」
「カーテンコールは馬群に沈んだ!」
「先頭はサバイバルヒーロー!2番手はアウトオブブレスに変わった!」
「レインも来た!トランクバークはちょっと苦しいか!」
「先頭はサバイバルヒーロー!アウトオブブレス交わせるか!」
「サバイバルヒーロー!アウトオブブレス!」
「2頭がほとんど並んでゴールイン!!」
「わずかにサバイバルヒーローが形勢有利か!?」
「そして追い込んだレイン、トランクバークと入線したように見えましたが、レースはハンデ戦らしく大混戦となりました!!」
「勝ち時計は1分8秒3。上がり4ハロンは48秒4、上がり3ハロンは35秒6!」
結局勝ったのはサバイバルヒーロー、2着アウトオブブレスとなり、トランクバークは4着だった。
(3着はレイン。カーテンコールは10着だった。)
4着と言っても、先頭からはアタマ差、2分の1馬身差、2分の1馬身差(その後はクビ差、アタマ差)なので、先頭からそれ程引き離されたわけではなかった。
「まあ、何とか実力は出し切った感じだな。」
「そうだな。オープンクラスで4着ならまあいい方だろう。」
「気性面でも成長したし、スタートで失敗しなければ十分勝負になるな。」
求次、星君、村重君の3人にも悲観的な雰囲気はなく、納得の表情でレースを振り返っていた。
彼らは今回のレース結果を踏まえて、これからどうするかについて話した。
だが、求次は厩舎に戻って秋華賞のトライアルに出る、星君は休養、村重君は北海道にこのまま滞在と、3人の意見は分かれた。
結局その場で結論を出すことはできず、ひとまずこのまま函館競馬場に滞在することで意見がまとまった。
「じゃあ、善郎君。少しここに置いて様子を見るということで、大丈夫か?」
「はい。僕としては、先生の決断に従うまでです。」
「じゃあ、頼んだ。また気がついたことがあったら報告をしてくれ。」
「はい。」
3人は一通りの打ち合わせを終えた後、解散していった。
この時点でのトランクバークの成績
11戦2勝
本賞金:1700万円
総賞金:5201万円
クラス:オープン
この章では、アナウンサーの解説に力を入れました。
これまでのレースでは、主な馬しか名前を挙げませんでしたが、それではちょっと不完全燃焼な気がしていたので、ここでは出走した13頭全部の名前を出しました。
書いてみて、改めてアナウンサーって大変なんだなと感じました。




