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2013年7月 再び函館へ

 トランクバークの次走は、7月7日に行われる函館スプリントステークス(GⅢ、函館芝1200m、1着賞金4000万円)に決まった。

 レース数日前、追い切りを済ませたトランクバークは馬運車に乗り、函館に向かった。

 去年は寮馬のホーソンフォレストと一緒だったが、今度は1頭だけだった。

 同じ日に、村重君も飛行機で現地入りした。

 函館スプリントSの負担重量は次のようになっていた。

 3歳53kg(7月1日以前の場合は52kg)、4歳以上56kg、牝馬2kg減。

 本賞金3000万超過馬は超過額2000万円毎に1kg増(つまり、本賞金が5000万になると1kg増、7000万になると2kg増)。

 これに当てはめると、トランクバークは53kgの2kg減で、51kgでの出走になった。

 久矢君にとってはまた厳しい減量と闘うことにはなったものの、努力して乗り越えることができた。


 この日、求次は11ヶ月ぶりに函館競馬場にやって来た。

(あのデビュー戦での劇的な勝利から、もう1年か…。あの感動は本当にすごかったな…。)

 彼は思い出に浸りながら競馬場のゲートを通過していった。

 関係者エリアに到着した時、星君と村重君はトランクバークの様子を見にいっていたため、不在だった。

 そのため、彼はスタンドから見える海をじっと見つめていた。


 彼が景色にすっかり見とれていると、ふと

「君、木野さんですか?」

 と言う声がした。

「はい?」

 求次は振り返り、声のした方を見た。そこに立っていたのは、あの武並だった。

 2011年11月に、トランクバークを1500万で買い取ろうと持ちかけてきた男だ。

 因縁の人を目の前に、求次は思わず身構えた。

「お久しぶりですね…。来ていたんですか?」

「はい。持ち馬が今日の準メインのレースに出るので。」

「そうですか。」

 求次はしかめた表情をしながら応えた。

「そんな警戒しなくてもいい。別に魂胆があるわけではないんだ。リラックスして話しましょう。」

 武並に言われ、求次は少しずつ警戒心を解いていった。

 そして、ようやく穏やかな表情になった。

 2人は横に並んで会話を続けた。

「あれから、お宅の牧場の経営は持ち直しましたか?」

「ええ、何とか。これまで4800万円稼いでくれたので、倒産の危機を回避できただけでなく、貯金もできました。そのおかげで、現在、家の改装工事と馬房の建て替えを行っています。」

「それは良かったですね。」

「はい、まあ。」

「工事をやっていて、馬の迷惑にはなりませんか?」

「なっていません。お恥ずかしい話ですが、所有しているのはトランクバーク1頭だけなので、今牧場には馬がいないんです。」

「その1頭で、そこまで賞金を稼ぐなんて、やはり木野さんはすごい人だ。」

「そういうわけでも…。運が良かっただけです。」

「いえ、運だけでそんなに稼ぐなんて僕にはできない。やっぱり実力ですよ。馬を見る目があって、きちんと馬を管理するだけの実力が備わっていたんですよ。」

「そうでしょうか?」

「その通りです。それで、そんな木野さんの実力を見込んで、僕から一つ提案があるんですが。」

「何ですか?」

「木野さんの牧場を、自分が所有している馬の放牧に使えないかと思いまして。」

「ええっ!?」

 意外なことを言われ、求次は驚いて返した。

「かなり驚いたようですね。」

「そりゃそうですよ。本気で言っているような口調でしたので。」

「本気ですよ。あなたさえ良ければ、利用させていただけないかと思っています。うちの牧場は本州のかなり北の方にあるので、馬を厩舎から、特に栗東から放牧に出す時、長い距離を輸送しなければならないんですよ。だから不便を感じることが多かったんです。」

「厩舎で休ませることはしなかったんですか?」

「する時もありました。しかし預託料が月60万かかってしまうので、もう少し安くできないかと思っていたんです。そこで木野さんの牧場に白羽の矢を立ててはどうかと思ったんです。」

「気持ちはうれしいんですが、いきなりそう言われても…。」

「すぐに決めてくれとは言いません。それにお金は払いますよ。いくらがよろしいですか?」

「それもちょっと…。自分で価格は決められないですし、第一、厩舎も通さずにそんなことを決めていいのかという気持ちもあるので。」

「そうですか。では、こちらから一つ提案がありますが、いいですか?」

「何ですか?」

「うちの所有馬で、まだ入厩前の2歳馬が1頭いるんですよ。名前は「ウェーブマシン」。その馬をトランクバークが所属する厩舎に入れようと思うのですが、どうでしょうか?これならやりやすくもなると思いますが。」

「星厩舎にですか?」

「はい。調教師さんが来たら交渉してみようと思っています。」

「分かりました。では戻ってきたらそのように言っておきます。」

「どうも。」

 武並は求次との会話が終わると、一旦自分の持ち場に戻っていった。


 求次は星君、村重君が戻ってくると、持ちかけられた話を早速打ち明けた。

 そして3人で武並のいるところに行き、話し合いを始めた。

 結果、星君はウェーブマシンを一度見にいった上で、受け入れるかどうかを決めることにした。

 そして、求次は星君の後押しも受けて、自分の牧場を休養する馬の放牧地として使うことを決心した。

 預託料は1頭当たり、月25万円でまとまった。

(本来は月30万円だが、キャンペーンとして25万円に割引となった。)

 交渉が終わると、武並は

「木野さん、どうもありがとう。それから星さん、そちらの都合のいい時にうちの牧場に来てください。」

 と言って、深々とお辞儀をした。

「こちらこそ。では、新しい馬房が完成した後になりますが、放牧の時には連絡をしてください。」

「うちの厩舎を頼りにしていただき、こちらもうれしいです。」

「わざわざありがとうございました。」

 求次と星君、村重君もそう言いながらお辞儀をした。

 武並を加えた彼らは、トランクバークを通じて新たなつながりが生まれたことを素直に喜んでいた。


 一方で、トランクバークはずっと辺りをキョロキョロ見渡していた。

 パドックでは解説者から

「さっきから落ち着きがなく、イレ込んでいるのが気がかりですね。レースで落ち着いてくれればいいのですが。」

 と言われるあり様だった。

 そのため、求次と村重君は2人がかりで手綱を引き、どうにか落ち着けようとしながら歩いていた。

 一方のトランクバークはお目当ての馬が出走しているのか、気になって仕方なかった。

 そのために、辺りをキョロキョロ見渡していた。

(フォークさん、来ていないかしら?「また一緒のレースを走ろうね。」とは言っていたけれど、果たしてこのレースに出走しているのかしら?)

 しかし、いくら見渡しても、お目当てのフォーククラフトは見当たらなかった。

 彼女はその馬がいないことが分かると、今度は首をだらりと下げながら歩き出した。

(※フォーククラフトは、このレースに出走すると61kgを背負うことになるため、陣営は当然回避を選択しました。)


 レースは主にトランクバークにスポットを当てながら解説すると、次のようになった。


 スタートしました。バラバラとしたスタートになりました。

 11番のトランクバークはいきなり出遅れました!

 4番人気に支持されたトランクバーク、逃げ馬にもかかわらず最後方についてしまいました。

 先頭に立ったのは14番サバイバルヒーロー。1番人気の3番ファントムブレインは4、5番手辺り。

 トランクバークは1頭を抜き、13番手に上がりました。

 レースはハイペースの流れとなりました。先頭のサバイバルヒーローからシンガリまでの距離はどんどん広がっていきます。

 トランクバークは依然後方のままです。

 800の標識を通過しました。

 トランクバーク、ここで12番手に上がった。だが先頭からはすでに12、3馬身離れています。

 3コーナーのカーブ、トランクバークはまだ12番手のままです。

 逃げるサバイバルヒーローは早くも4コーナーを回っています。ファントムブレインは4番手につけながらチャンスを虎視眈々と狙っている様子。

 トランクバークの鞍上、久矢騎手はまだ仕掛けません。以前12番手のままです。

 サバイバルヒーローは最後の直線に差し掛かりました。

 トランクバークは2、3秒遅れて最後の直線に入りました。しかしカーブで大きく外に振られたために13番手に後退してしまいました。

 久矢騎手、ムチを入れる。しかしトランクバーク伸びない。

 先頭はここでファントムブレインに代わった!サバイバルヒーローは懸命に粘りますが、その差はどんどん広がっていきます!

 後方からはシルバーサイレンスが追い込んできた!

 残り100を切りました。ファントムブレイン先頭!

 2番手はここでシルバーサイレンスに代わった!サバイバルヒーローは伸びが苦しい!

 一方のトランクバークは最後まで伸びません!馬群に沈んだ!

 先頭はファントムブレイン!しかしシルバーサイレンスが迫ってきた!

 ファントムブレイン逃げ切るか!?

 シルバーサイレンス必死に追い込む!

 シルバーサイレンス追い込んだが、届かない!

 ファントムブレインが1着!2着はシルバーサイレンス!

 サバイバルヒーローは4着、

 トランクバークは51kgを活かすことができずに、シンガリになってしまいました!


 結果を見て、求次と星君、村重君はみんな厳しい表情をしていた。

 それは、厩舎でテレビ越しにレースを見ていたスクーグさんも同じだった。

 レース後の久矢騎手のコメントは次のようなものだった。

「まず出遅れが痛かった。この馬は馬群を嫌うし、後ろにつけてしまうときつい。やっぱりこの馬は逃げるしかないようだ。そのためには出遅れだけは避けなければ。それから、オープン入りはしたけれど、正直、古馬に混ざってどこまでできるのか。もしかしたら場違いなレベルに来てしまったかもしれないとも思った。」

 彼のコメントを聞いた求次と星君は、これからどうすればいいのかを踏まえた上で、話し合いをした。

「次のレースはオープン特別にしておいた方がいいですね。」

「そうなると今月下旬に函館で行われるUHB杯がいいかな?」

 星君と求次は考えながら次のレースプランを立てた。

「それだと、僕は函館に滞在し続けることになりますね。」

 2人の話を聞いて、村重君は渋い表情で言った。

「まあ、そうなると思うが、がんばってくれ。」

「はい…。」

 星君に言われ、村重君は腹をくくることにした。

(それにしても、トランクバークはこれから賞金稼いでくれるかな?もし稼いでくれなくなったら、牧場経営がやばくなるかもしれないけれど…。)

 求次は家の改装のために、すでに1000万円を払ってしまったため、資金的なことが少しずつ気になりだしていた。

(※この時点での資金は約2700万円。)



 この時点でのトランクバークの成績

 10戦2勝

 本賞金:1700万円

 総賞金:4871万円

 クラス:オープン


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