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2013年6月 道悪巧者

 中京競馬場は2011年の時点ではリニューアル工事中で、2012年に新しくオープンします。

 その際、コースの形や距離設定が変更になりますが、この作品ではリニューアル前の設定で書いています。

 あらかじめご了承下さい。

 6月3日、トランクバークが中京競馬場にやって来る日、村重君はおみやげ品をたくさん持って、名古屋駅にやってきた。

 新幹線の改札口では、車でやってきた求次が待っていた。

「こんにちは、善郎君。」

「こんにちは、木野さん。お久しぶりです。」

「こちらこそ。たくさんのおみやげを持っていますね。持ちましょうか?」

「お願いできますか?それではこれをお願いします。」

 村重君は左手に持っていた紙袋を求次に手渡した。

「これらは全部おみやげですか?」

「はい、そうです。僕が持っているのが関東で人気のおみやげです。そして木野さんが持っているのが、東北のおみやげです。」

「わざわざ東北まで行ったんですか?」

「いえ。東京で買いました。さすがに東北までは行く時間がなくて。」

「そうですか。でも、東京で買えるって便利ですね。」

「はい。買える店を知っていますので。僕自身、買い物を通じて少しでも東北の力になりたいと思っています。」

「本当に東北想いですね。」

「はい。時が流れても、支援は続けていかなければならないと考えていますから。」

「それでは、僕達はこれらのおみやげをおいしくいただくことにしましょう。」

「ぜひお願いします。それが現地の人達の支えになりますので。」

「分かりました。」

 2人は車に乗り込むと、求次の自宅に向かっていった。


 村重君は家に到着すると、求次や家にいた笑美子、さらには回覧板を届けに来た人に、おみやげをふるまった。

 彼らは笑顔を浮かべながら、おいしそうに食べてくれた。

 1時間後、トランクバークが中京競馬場に到着したという連絡が入ると、求次と村重君は再び車に乗って競馬場に向かい、馬の状態をチェックした。


 それから村重君は、毎日求次の運転する車に乗って一緒に競馬場に出かけ、レースに向けて調整を行った。

 そして2人で調子や仕上がり具合を確認し、厩舎に報告した。


 その頃厩舎では、寮馬のムラサキツユクサ(6歳、通算34戦3勝)が、ここ数戦全く掲示板に載ることができず、さらに疲労もたまっていたため、放牧に出されることになった。

 もう1頭の寮馬、ホーソンフォレストは(5歳)はまだ1勝馬(25戦)だった。

 中央競馬の規定では、6歳以上の1勝馬は裏開催しか出られないことになっていた。

 そのため、年内に2勝目を挙げないと、東京、中山、京都、阪神、表開催扱いの中京競馬場には出走が不可能になり、裏開催が無い時期には出走自体が不可能になってしまう。

 そうなったらますますレースに出しにくくなるため、陣営は何とか2勝目を挙げることができるように努力をしていた。


 星君はトランクバークを「あおぎりS」と「CBC賞」の両方に登録し、双方のレースの出走馬や求次と村重君からの報告を聞きながら、どちらに出走させるか考え続けていた。

 そして締め切り直前になって、ついに結論を出した。

「もしもし、木野さんですか?」

『はい。木野求次です。』

「あの、トランクバークの出走レースですが、CBC賞(GⅢ、中京芝1200m、1着賞金4000万円)に決めました。」

『そちらにしましたか。決め手は何でしたか?』

「いくつかありますが、一番大きな理由は出走頭数です。あおぎりSはトランクを含めて16頭立て、CBC賞は9頭立てでしたから。」

『そうですか。でもGⅠ馬で、出走した全てのレースで2着以内のフォーククラフトが出走するので、勝つのは厳しいと思いますけれど。』

「それは覚悟の上です。ですがハンデ戦ですし、掲示板には十分に載れると見ています。それにCBC賞で2着に入れば、あじさい賞1着よりも多くの賞金が手に入りますし。」

(※CBC賞2着なら1600万円、あおぎりS1着なら1400万円です。)

『分かりました。中京競馬場に行っている村重君には報告しましたか?』

「すでにこちらから済ませました。」

『分かりました。では、当日またお会いしましょう。』

「はい。レース、楽しみにしていてください。」

 星君は求次との電話が終わると、次は久矢騎手に連絡を取り、CBC賞出走を伝えた。

『それって確かハンデ戦ですよね?斤量は何kgなんですか?』

「確か51kgだそうだ。」

『…軽いですね。』

「まあな。君には負担をかけることになるが、何とかがんばってほしい。」

『…分かりました。今から減量に取り組みます。』

「頼んだよ。」

『はい。』

 久矢騎手は少し動揺していたが、それでも気を取り直し、早速ジョギングを開始した。


 6月9日、CBC賞当日。梅雨の時期というだけあってか、中京競馬場には雨が降り、芝状態は不良だった。

 求次と村重君はこの日の朝、車で競馬場入りした。

 星君は、電車を乗り継いで中京競馬場前駅に来ると、お迎えに来ていた求次の運転する車に乗って競馬場入りした。

 6枠6番に入ったトランクバークは格上挑戦にも関わらず、単勝9.8倍の4番人気だった。

 恐らくは軽ハンデのおかげだろう。

 一方で、このレース唯一のGⅠ馬フォーククラフトは60kgを背負うにも関わらず、単勝1.3倍の圧倒的1番人気だった。鞍上は坂江騎手だった。

(フォーククラフトは、本来なら1週間前の安田記念に出る予定だったが、仕上がりがいまいちだったため、回避した。そのため、陣営は酷量を覚悟の上でこのレースに出してきた。)


 CBC賞のパドックの前、村重君は勝負服に着替えたばかりの久矢騎手と話をしていた。

「久矢君、減量きつかったかもしれないが大丈夫か?」

「正直、きついです。ここ数日、懸命に食事制限をしていましたし、腹へっています。のども渇いたままですが、水を飲むわけにもいかないので、口に含んでは飲まずに吐き出していました。」

「それは大変だったな。まあ、僕も騎手ほどではないけれど、やはり体重に気を使わねばならない身だが。」

「でも減量は騎手の宿命ですから。」

「そうか。それで、今日はどういう作戦でいくつもりなんだ?」

「秘密です。星先生にも伝えていません。先生は『乗り方はまかせる。』と言っていましたし。」

「先生としては珍しいな。」

「僕を信じてくれているからじゃないですか?」

「そうか。分かった。がんばってくれよ。」

「はい。」

 2人が会話を済ませた後、村重君はパドックでトランクバークを引くために外に出ていった。

 その頃には、雨はすっかりあがっていて、馬場状態は不良から重に変わった。


 パドックの後、各馬は本馬場でウォーミングアップをした後、2コーナーポケットにあるスタート地点に集まった。

 ファンファーレが鳴ると、各馬は順番にゲートに入っていった。

 トランクバークは驚くような様子もなく、素直にゲート入りをしてくれた。

 8枠9番の1番人気馬フォーククラフトが最後に入ると、ゲートが開き、いよいよCBC賞が発走した。

 レースは4枠4番で、2番人気(単勝5.8倍)のサバイバルヒーローが先頭に立ち、トランクバークは3番手、フォーククラフトは4番手についた。

 フォーククラフトは、トランクバークをまるでペースメーカーにしているかのように、すぐ後ろを走り続けていた。

 馬場状態が重のせいか、ペースは上がらず、レースはスローな展開になった。

 残り800mとなった時、久矢騎手はここだと言わんばかりに合図を送った。

 トランクバークはそれに応え、一気にペースを上げた。

 3コーナーに差し掛かる頃には、トランクバークは先頭のサバイバルヒーローに並んだ。

 そして間髪入れずにそのまま抜き差って先頭に立ち、コーナーを曲がっていった。

「何だ?こんなところでスパートか?」

「また奇襲に出たのか?」

「チューリップ賞の再現を狙っているのか?」

 求次達3人は、久矢騎手がこれから何をするのか読めないまま、戦況を見つめていた。

(よし、そのまま突っ走れ!お前は道悪みちわるが得意なんだ!だから先頭に立って粘りきれ!)

 トランクバークが道悪巧者であることを見抜いていた久矢騎手は、ロングスパートをかけたまま4コーナーを曲がっていった。

 レースはいよいよ最後の直線に差し掛かった。

(よし!あと300mだ!突っ走れ!)

 久矢騎手はビシッとムチを入れ、懸命にスパートを続けた。

 2番手のサバイバルヒーローは道悪が得意ではないのか、伸びがいまいち鈍かった。

 そのため、この2頭の差は少しずつ広がっていった。

 他の馬も不利を受けたりしてスパートが遅れ、トランクバークになかなか迫れなかった。

(※不利…前方を走っている馬が邪魔になって、前に出られないこと。)

「よし、行け!がんばれ!」

「あと200で重賞制覇だ!」

「久矢!頼む!」

 求次達もそんな快挙を期待して声援を送った。

 だが次の瞬間、坂江騎手のゴーサインを受けて、ロケットのようなスパートをかけてきたフォーククラフトが猛然と襲い掛かってきた。

(やっぱり来たな!)

 足音でそれを察知した久矢騎手は、何とか逃げ切ろうと、懸命に馬を走らせた。

 だが、無常にも残り100mでフォーククラフトに並ばれ、一気に抜き去られた。

 その後は差が開く一方で、この時点で事実上、重賞制覇の願いはついえた。

 結局レースは、60kgの酷量に耐えたフォーククラフトが2馬身半差をつけて優勝し、GⅠ馬としての力を見せた。

 トランクバークは最後にペースがガクンと落ちたものの、どうにか2着を死守した。3着との差は2分の1馬身差だった。

 逃げたサバイバルヒーローは3着とクビ差の4着に終わった。

(勝てなかったな…。まあ相手がフォーククラフトでは仕方がない。でも作戦はうまくいった。これなら胸を張って星先生達に会いにいける。)

 久矢騎手は、内心では少し悔しさを抱えながらも、誇らしげな表情を浮かべていた。

「よし!またオープン入りしたぞ!」

「1600万ゲット!僕には80万だ!」

 星君と村重君はそれぞれの思惑で喜んでいた。

(えっと、1600万円の80%と、出走手当ての39万円を合わせて1319万円か。これだけのお金が手に入れば、家の改装と馬房の建て替え費用もねん出できそうだ。早速帰ったら笑美子や可憐にも相談し、話がまとまれば業者を手配しよう。)

 求次はこれまで苦労をかけた彼女らに恩返しをしようと、このようなことを考えだした。

 レースを終え、求次達以上にほっとしていたのが久矢騎手だった。

「あ~、腹減った。それにのどカラカラだ。このままじゃひからびる…。早く水。それにメシメシ。」

 彼はCBC賞がこの日の最後の騎乗だったため、検量を終えると足早に食事ができる場所へと向かっていった。



 この時点でのトランクバークの成績

 9戦2勝

 本賞金:1700万円

 総賞金:4871万円

 クラス:オープン


 この章の冒頭部分は、僕が東北、関東の人達のために何かしたいという思いから書きました。

 僕自身、東北新幹線が仙台まで開通した後、東北に2回行ってきました。

 そして野球場をはじめとする様々な施設や、飲食店に行ってきました。

 もちろん、おみやげもどっさりと買いました。

 そして地元に帰ってきた後、色んな人達にそのおみやげをふるまいました。

 彼らは福島産、宮城産ということを知っても、表情一つ変えることなく、喜んで食べてくれました。

 それがうれしかったですし、僕自身、少しは東北の役に立つことができたかなと思っています。

 これからも何か協力できることがあれば、積極的に取り組んでいきたいです。

 がんばろう、日本!


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