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2013年4月 夢舞台(前編)

 4月7日、桜の木の花びらが散りかけている中、いよいよ待ちに待った桜花賞(GⅠ、阪神芝1600m、1着賞金8900万円)の日がやってきた。

 トランクバークに乗る騎手はもちろん久矢大道騎手だった。

 彼はチューリップ賞の時点では通算30勝だったが、その後、1ヶ月の間に2勝を挙げたため、無事に桜花賞騎乗を果たすことができた。

(※騎手は通算31勝を挙げないとGⅠレースで騎乗することができません。)

 彼はトランクバーク以外で重賞レースに騎乗したことがなく、当然GⅠレースの騎乗は初めてなので、夕べはなかなか寝付けなかったそうだ。

 求次は資金に余裕ができたことや、笑美子と可憐の都合もつけることができたこともあって、初めて2人を競馬場に招待した。

 彼女らは特に競馬に興味を持っていたわけではないが、家族そろって旅行ができるということで、一緒に来てくれた。

 競馬場には厩舎の星君、村重君、スクーグさんの3人もそろって来てくれた。

 彼らが3人そろって関東以外の競馬場に来るのは初めてだった。

 厩舎にはホーソンフォレスト、ムラサキツユクサの2頭がいたが、代わりの人に世話を依頼したため、全員そろって来ることができた。


「こんにちは。こちらが妻の笑美子と娘の可憐です。」

 求次は厩舎の3人に妻と娘の紹介をした。

 笑美子は

「はじめまして。木野笑美子と申します。今日はよろしくお願いします。」

 と、緊張しながら控えめにあいさつをした。

 一方の可憐は

「はじめましてぇっ!可憐と申しまーす!」

(※申しまーすの「ま」にアクセントを置いて言っています。)

 という感じで、茶目っ気たっぷりに自己紹介をした。

「はじめまして。星厩舎の調教師、星駿馬です。よろしく。」

「厩務員の村重善郎です。トランクバークのほとんどの調教を担当してきました。」

「厩務員になって2年目のスクーグ咲です。Nice to meet you。」

 星厩舎の3人も自己紹介をした。

「あら?その女の人って外国人なの?」

 可憐はスクーグさんについて興味深そうに質問した。

「日本国籍だけれど、父はハワイ出身よ。」

「じゃあ、英語話せるんだあ!」

「そうよ。やろうと思えば通訳だってできるわ。現に外国人騎手が乗る時に買って出たことがあるわよ。」

(1回だけだけどね。)←スクーグさんのセルフツッコミ。

「すごーい!じゃあ、英語で話しかけてもいい?」

「Oh, sure。」

 可憐はスクーグさんのゴーサインを受けて、早速英語で話しかけた。

 しかし、すぐに英語に訳せない単語に出会ってしまい、自分の言いたいことがなかなか言えなくなった。

 さらにはスクーグさんの話す英語を聞き取ることができなかったため、会話は1分も経たないうちに成り立たなくなってしまった。

「だめだわ。問題集の英語なら何とかなるのに。」

「Never give up, Karen!もしよければ、私のe-mail addressを教えてあげるから、これで色々とやり取りしない?」

「えっ?いいの?」

「My pleasure。」

「マイ…プレジャー?どういう意味?」

「喜んで。という意味よ。」

「じゃあ、早速教えて!」

 可憐はそう言うと、早速筆記用具とメモ帳を取り出した。

 スクーグさんはそこに自分の名前とメールアドレスを書き込んでくれた。

 2人は8歳の年齢差があって、この日が初対面だったにも関わらず、すっかり意気投合していた。

 一方の笑美子は緊張しながらも、何とか厩舎の人と会話をしていた。


 トランクバークは5枠10番に入っていた。単勝オッズは101倍で、18頭立ての15番人気だった。

 優先出走権を持って出走したにも関わらず、評価は意外なまでに低かった。

(しかし、同枠に入ったチューリップ賞優勝馬のオミナエシが2番人気だったため、5-5を除いて5枠絡みの枠連は意外に低い数字だった。)

 恐らくはこの馬に1600mは長過ぎること、チューリップ賞での好走をフロック(まぐれ)と判断した人が多いためだろう。

 だが求次をはじめとする人達に、悲観的な雰囲気はなかった。

 むしろ、初めての経験で失うものはないのだから、精一杯走ってきてくれることを考えていた。

 その気持ちは久矢騎手も同じで、作戦どうこうと言うよりも、とにかく雰囲気を楽しもうと考えていた。

(実際にはあがってしまうほど緊張していたが…。)


 桜花賞の発走1時間前、求次と村重君は関係者エリアを離れ、パドックの近くの建物にいるトランクバークに会いに行った。

 2人は歩きながらこの1ヶ月の間に起きたことを話し合った。

「木野さんのところはチューリップ賞以来、何か変わったことはないですか?」

「特にないですね。僕はこれまでどおり、イベントスタッフとして働いていましたし。」

「そうなんですか?こちらは取材をいくつも受けるようになりましたよ。」

「取材ですか?」

「はい。これまでのトランクバークについてとか、桜花賞に向けての意気込みについてとか、色々聞かれました。やることが増えて大変でしたが、それでも新聞や競馬雑誌にうちらのコメントや記事が載るのはうれしかったですねえ。」

「うらやましいですね。うちなんか全然取材がなかったのに。何で来なかったんだろう?」

「まだ無名だからじゃないですか?それに東海地方に競走馬の牧場があるなんて、なかなか考えないでしょうから。」

「かもしれませんね。普通はみんな北海道にあると考えるし。」

「でも、トランクバークが活躍して、木野牧場も有名になるといいですね。」

「そうですね。」

 2人はトランクバークのいる場所にたどり着くと、早速馬の調子について確認をした。

 そして関係者エリアにいる星君達に報告をした。


 求次と村重君はパドックの間、2人でトランクバークを引いていた。

 その間、彼らは今、全国放送のテレビに映っているんだろうなと意識しながら歩いていた。

 そのためだろうか。求次の歩き方はどこと無くぎこちなかった。


 パドックが終わり、18頭の馬は本馬場に入場していった。

 そして10番目にトランクバークが入場してきて、テレビ画面にアップで映し出された。

『チューリップ賞ではクビの上げ下げで3着に入り、見事に出走権を勝ち取りました。700万円で競り落とされた馬が、再び下克上を見せるか?トランクバークと久矢大道!』

 アナウンサーは、トランクバークをそのように紹介してくれた。

 それを聞いて、陣営からは拍手と歓声が沸き起こった。

 時に可憐は

「キャー!うちの馬が紹介されてる!!」

 と、飛び上がって喜んでいた。

 求次と村重君はそれから間もなく、急ぎ足で関係者エリアに戻ってきた。

 桜花賞発走まで、あと15分。


(後編に続く)


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