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2013年2月 会心のレース

 年が明けて、トランクバークは3歳になった。

 トランクバークは1月下旬のレースに向けて調教を重ねていた。

 しかし、出ようとしたレースでは出走頭数超過のために除外を受けてしまった。

 気を取り直した陣営は、翌週の2月2日に行われる春菜賞(東京芝1400m、1着賞金1000万円)に登録することにした。

 このレースは牝馬限定なので、トランクバークにとっては好都合だった。

 さらには課題だった気性難も解消されつつあるため、今度こそ1着を取ろうとみんな意気込んでいた。


 このレースに登録した馬は12頭だったので、今度は除外されることなく出走にこぎつけることができた。

 トランクバークは8枠11番と外枠の方に入った。

 人気は3番人気だが、1番人気と僅差だったため、かなりの支持を集めていた。

(1番人気の馬は単勝2.6倍、トランクバークは3.4倍だった。)

 レース当日、この日は東京競馬場に求次、星君、村重君、そして厩舎のもう一人の厩務員であるスクーグ さきさん(24歳)がいた。

 彼女は父親がハワイ出身のアメリカ人、母親が日本人で、ほとんどの時を日本で過ごしてきた。

 以前は騎手を目指していたが合格できず、その後、星厩舎に厩務員として採用されることになった。

 彼女は厩舎に3頭しかいない馬のうちの1頭、ムラサキツユクサ(6歳馬、1000万下)を管理していた。

 ムラサキツユクサは、今放牧中で厩舎に不在なので、今日は競馬場に来ることができた。

 求次とスクーグさんは、星君と村重君からからお互いのことを聞いてはいたが、会うのは初めてだった。

「こんにちは、トランクバークの馬主の木野求次です。」

「スクーグ 咲です。Nice to meet you。」

「君、英語得意そうですね。」

「Yes。英語も日本語もペラペラですよ。だから外国人騎手に騎乗を依頼する時には頼りになるわよ。」

「確かにそうだね。これまで実際に依頼したことはあるの?」

「Only onceよ。もっとそういう機会があればと自分で思ってはいるんだけれど、何せうちはまだまだ無名で3頭しか馬がいないし、依頼しても他の厩舎の馬に乗ってしまうことがあるから、思うようには依頼できないけれど。」

「でも、早く依頼する回数が増えるといいね。」

「そう。だから早く馬を勝たせて、大きなRaceにも出られるようになって、厩舎の知名度もあげないとね。」

「うん。でもトランクバークはすでに重賞にも出ているから、少しは厩舎の知名度も上がったかな?」

「Only a littleよ。あれだけではまだまだ足りないわ。せめて重賞で好走して、GIにも出られるようになりたいわね。」

「出られるといいね。」

「うん。今の段階でその望みがありそうなのはTrunk Bark onlyね。そのためにはまずOpen classに入り、重賞にも出られるようにならなければ。」

「そうだね。出たいなあ…、また重賞レースに。」

 2人は初対面にも関わらず、色々話をしていた。


 春菜賞でトランクバークに騎乗した騎手は、前回と同じ坂江騎手だった。

 星君は久矢騎手にも依頼を考えていたが、彼はこの日、小倉の競馬場に行くことになったため、結局坂江騎手が乗ることになった。

 坂江騎手はレースがスタートすると、いきなりダッシュをかけてトランクバークを先頭に立たせた。

 距離が1400mで、最後の直線が526mある東京競馬場で、逃げの競馬をすることは、一見すると危ない行為だ。

 しかしそこはベテランの腕の見せ所なのだろう、彼は先頭に立つと他の馬達に気付かれないような形でゆっくりとスピードを落としていった。

 トランクバークもブリンカーの効果のおかげか、他馬を気にするようなことはなかった。

 後ろにいる馬達も無理に競りかけようとする気配はなく、3コーナーに差し掛かってもレースは淡々と進んだ。

 トランクバークは内ラチ沿いを進みながら、半馬身ほど先頭でコーナーを回り続けた。

 そして最後の直線、後ろにいた馬達は次々とスパートを開始した。

 ブリンカー越しに他馬の姿が見えたトランクバークはビクッと反応し、自分もスパートしようとした。

(おっと、まだスパートは早い。今は我慢しろ。)

 坂江騎手は変化を敏感に察知し、手綱を引いた。

 トランクバークは素直にそれに応え、じっとこらえた。

 スパートをした何頭かの馬は、先頭のトランクバークに並びかけ、抜き去っていった。

 それでもまだ坂江騎手はスパートを許さなかった。

(抜かれたぞ。どうするんだ?)

 スタンドにいる求次は、この後どうなるのか気になってきた。

 一方で、トランクバークの実力を信じ、坂江騎手に全てを任せた星君は

「それでいいんだ。」

 と言っているかのように、表情一つ崩さずにいた。

 やがて直線の途中にある坂に差し掛かった。すると、意外なことに前を走っている2頭のスピードが落ち始めた。

 どうやら坂でバテてしまったらしい。

 すると坂江騎手は「今だ!行け!」と言っているかのように、ムチを振るってスパートをかけた。

 坂を登り切る頃にはトランクバークは再び先頭に並び、そのまま抜き去っていった。

「よし!そのまま!」

「突っ走れ!」

「Go for it!」

 求次、星君、スクーグさんも叫んだ。

 トランクバークは持ち前の俊足振りを存分に発揮した。

 差はどんどん広がっていき、残り50~60mの時点では、すでにセーフティーリードをつけた状態になった。

 トランクバークは2着に2馬身の差をつけてゴールインした。

「やったーーー!!」

「最高おおぉぉーー!!」

「これでオープンだ!!」

「勝ったーーー!!」

 求次達4人は両手を挙げて喜んだ。その中で村重君はカ○ダンスまでして喜びを表現した。

「やっと2勝目だ。良かったーーっ!」

 星君は重圧から解放されたように、ほっとしながら言った。

 トランクバークが厩舎に戻ってきて以来、誰よりも1着にこだわり続けてきたのだから無理もないだろう。

「これで牧場経営も楽になる。良かった。」

 求次は勝った喜び以上に、1着賞金1000万円(彼が実際にもらえる額は838万円)を獲得できたことを喜んでいた。


 レースはそのままトランクバークの1着で確定した。

 レース後の坂江騎手のコメントも自信に満ちたものだった。

「折り合いはしっかりとつきましたし、今日は会心のレースができました。勝つべくして勝ったような、そんな感じです。気性が悪いという弱点は、ブリンカーと調教のおかげでかなり克服できてきました。これからが楽しみです。」

 トランクバークは2勝目を挙げ、再びオープンクラスになった。

 これで重賞レースにも再び出られるようになり、夢はさらに膨らんだ。

(これで家族を旅行に連れていける。競馬場に連れてくる余裕もできた。)

 この勝利のおかげで自分の資金が2000万円になった求次は、そのようなことを考える余裕もできていた。



 この時点でのトランクバークの成績

 6戦2勝

 本賞金:900万円

 総賞金:2291万円

 クラス:オープン


 当初、星厩舎のスタッフの中で、セリフつきで登場するキャラは星調教師と村重厩務員の2人だけで、この章から登場するスクーグさんは、直前の第10部分を書いている時まで、単なるエキストラ要員としか考えていませんでした。(性別も考えていませんでした。)

 しかし、これだと厩舎や競馬場のシーンで女性キャラが出てこなくなってしまうため、急きょ追加して登場させることにしました。


 「村重」と「スクーグ」の名前は、生物学の実験でよく使われる、MS培地(Murashige and Skoog medium)に由来しています。

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