2012年11~12月 気性難対策
再び厩舎にに戻ってきたトランクバークは、寮馬であるホーソンフォレスト、ムラサキツユクサと一緒に調教の日々を送ることになった。
トランクバークは放牧と求次の世話によってすっかりリフレッシュし、ストレスから開放されたこともあって、伸び伸びとした走りを見せた。
(もしかしたら、これまでのレースで見せたかかり癖は、ストレスが原因だったかもしれんな。)
求次からのバトンタッチを受けた星君と村重君は、今度は自分達ががんばる番だと張り切った。
調教では厩務員だけでなく、久矢騎手も馬に乗った。
「大道君、どうだ?調子は?」
「先生、休養前よりも走りはいいです。多分、500万下のレースなら十分に勝てると思います。」
久矢騎手は乗った時の印象を事細かに話してくれた。
それを踏まえて星君と村重君は、色々な対策を立てた。
その甲斐あってか、トランクバークは展開を無視して勝手に前に行こうとする悪癖も、少しずつ解消されていった。
星君は欠点を克服するためのさらなる手段として、ブリンカーをつけさせることを決めた。
(※ブリンカー:気性が悪く、周りを気にしてしまう馬につける装具。馬の視野をさえぎり、後方を見えなくさせることができます。)
また、彼は久矢騎手には内緒で他の騎手のDVDを見て、データを集めていた。
「この騎手は、追い込みが得意か…。トランクは逃げ切りのタイプだからな…。」
「この騎手はいいかもな。まあ、人気があるだけに、騎乗を承諾してくれるか分からんが…。」
彼は厩務員が寝静まった後もDVDやパソコンを繰り返し見続けていた。
星君は、色々試行錯誤を重ねた結果、次走を12月23日に行われる2歳500万下(中山ダート1200m、1着賞金740万円)に決めた。
本当は1週前に出走させたかったのだが、納得できる騎手が定まらず、考えた末に回避していた。
彼は考えに考えた末に、このレースの騎乗依頼を坂江騎手に依頼することに決めた。
坂江騎手は年間勝利数ランキングのトップ10に毎年入るベテランジョッキーだ。
重賞も毎年のように制覇し、GⅠをこれまで7勝していた。
また、馬の実力を引き出すのがうまく、気性難の馬でも上手に乗りこなせることで知られていたので、思い切って依頼してみることにした。
久矢騎手はこれまで調教の時にトランクバークに何度もまたがり、努力を重ねてきたが、この決定にショックを受け、電話で星君に食って掛かってきた。
「何で僕じゃないんですか!?今度こそと思っていたのに!!」
『すまない。君の働きは確かに認めている。しかし、今回は勝つために心を鬼にすることにしたんだ。悪いが、許してくれ!』
「……!!」
『君には、また騎乗依頼をするつもりだ。だから今度のレースのビデオを見て、大いに参考にしてほしい。』
「……分かりました。」
久矢騎手はがっくりとうなだれながらも、力を振り絞るようにして言い切った。
その後、彼は別の馬の騎乗依頼を受け、トランクバークと同じレースに出走することになった。
レース当日、この日の中山競馬場ではファン投票で選ばれた馬達が出走するGⅠレース「有馬記念」が行われることになっていた。
求次は朝6時台に名古屋駅を出発する新幹線に乗って移動し、午前10時過ぎに競馬場に着いた。
まだ第1レースの未勝利戦が終わったばかりだったが、会場にはすでに大勢の人が詰め掛けていた。
(すごい人だかりだ。こんなに人が集まる中で競馬をするのか。いつかこんな日のメインレースに、自分の持ち馬を出走させることができればなあ…。)
彼はその盛り上がりに圧倒されながら、関係者エリアへと移動していった。会場では星君が一人で待っていた。
「やあ、星君、こんにちは。」
「こんにちは。今日は早起きだったと思いますが、眠くありませんか?」
「大丈夫です。新幹線の中で寝ましたから。それにしてもさっきモニターで見たんですが、トランクバークが1番人気なんですね。」
「そうでしたね。」
確かにトランクバークは単勝倍率2.5倍で、10頭立ての1番人気になっていた。
「何だかうれしいな。うちの馬が支持されるのって。」
「だが、本当にうれしいのはそれではなく、1着だ。今回は1着だけを狙う。」
初めて経験する1番人気に気をよくする求次に対し、星君の顔は真剣そのものだった。
勝利のために久矢騎手を降ろしてしまったのだから無理もないだろう。
トランクバークは5番のゼッケンをつけ、顔には黒のブリンカーがつけられていた。
レースは2コーナーのポケット付近からスタートした。
最初は芝コースを少し走り、それからダート(砂)コースに入った。
トランクバークに騎乗している坂江騎手はまず折り合いに専念し、3番手につけた。
前には1番と4番のゼッケンをつけた2頭の馬がいたが、追い抜きにかかろうとはせず、マイペースを守り続けていた。
(どうやらこれまでの調教の成果が出たようだな。)
星君はひとまずほっとした。
3コーナーに入ってもトランクバークはじっと我慢を続けていた。
4コーナーに入ると、後続の馬達は次々とスパートを開始し、トランクバークは4番手、5番手と後退した。
310mの最後の直線に入ると坂江騎手はゴーサインを出し、スパートを開始させた。
すると持ち前の俊足ぶりを発揮し、抜かれた馬を抜き返し始めた。
しかし直線の途中にある上り坂に差し掛かると、一瞬スピードが落ち、少し左右によれた。
すると大外から10番の馬、コクシムソウが猛然と襲い掛かってきた。まるでその馬だけ異次元の走りをしているようだった。
トランクバークは坂を登りきると「置いていかれてたまるもんですか!」と言わんばかりにまた俊足と勝負根性を発揮した。
しかし、末足を爆発させたコクシムソウが他馬をごぼう抜きにして、先頭でゴールに飛び込んでいった。
トランクバークはゴール寸前で逃げた2頭のうちの1頭を追い抜いたが、もう1頭(1番の馬)と並んでのゴールとなった。
2、3着は写真判定となった。
「頼む。2着になってくれ!」
少しでも多くの賞金を稼ぎたい求次は両手を合わせて願った。
「勝てなかったか…。」
星君は2着でも3着でも関係ないとばかりに顔をしかめていた。
しばらくして3着のところに5の数字が灯った。
1着から3着までの着差はクビ、ハナだった。
僅差だったとはいえ、3着は3着。必勝を喫していた陣営にとっては残念な結果となった。
敗因は休み明け、直線の坂、初めてのダートなど、色々考えることができた。
しかし坂江騎手は
「自分のスパートが遅かったのが敗因です。勝てるレースを落としてしまって申し訳ない。」
と、一切の言い訳をしなかった。
「確かに負けたが、ブリンカーとこれまでの調教方法、そして坂江さんの乗り方のおかげで、気性難とかかり癖は克服できそうだ。ありがとう。」
「そうです。次は必ず勝てる気がしますから、気にしないでください。」
星君と求次はそう言って、坂江騎手をなだめた。
余談だが、このレースの2着馬には、これまでの主戦騎手である久矢騎手が乗っていた。
つまり、彼はトランクバークに乗せてもらえなかったことに対するキツ~イ恩返しをお見舞いしたことになった。
(これで、少しは後悔してくれたかな?今度は乗せてもらえるかな?)
彼はその日の競馬終了後、そう思いながらビデオでこの日のレースの映像に見入っていた。
この時点でのトランクバークの成績
5戦1勝
本賞金:400万円
総賞金:1291万円
クラス:500万下




