2011年10月 オープニング ~運命を変えたセリ市
この作品の競馬の日程ならびにレース名は、実際の競馬になるべく合わせて記載されていますが、競馬の関係者名、馬名、レース結果などは実際のものとは一切関係ありません。そのため、実際の競馬の参考にはなりませんので、あらかじめご了承下さい。
実際のレースの賞金には付加賞や税金の徴収などがありますが、本編ではそれらを考慮せず、賞金と出走手当てのみを考慮しました。
また、この作品の基になったなったゲームは、10年以上前のものなので、育成牧場という概念が存在せず、現実の競走馬育成と違う点もあるかと思いますが、その点は何卒ご了承を願います。
2011年の秋、ここ、北の大地にあるセリ市の会場ではたくさんの競走馬のセリが行われていた。
大勢の馬主達は観客席に座り、お目当ての馬を手に入れようと凌ぎを削っていた。
そこには本州から来た木野牧場の責任者である、木野 求次の姿もあった。
彼は1ヶ月前、生活費のために所有していた馬を売り払ってしまった。
そのため、今の牧場は馬のいない名ばかりの牧場となってしまった。
彼に残されているものは家と妻子、そして1500万円の資金だけだった。
そんな中で、それでも自分には馬しかないと考えた彼は、最後の望みを託してこのセリ市にやってきた。
求次のお目当ては来年競走馬としてのデビューを控えている1歳の牝馬だった。
母馬はエンドレスレインで、2010年生まれなので、「エンドレスレインの10」という名前がついていた。
提示されている金額は600万円だった。
彼は、これを最高でも700万円以下の金額で落札したいと考えていた。
いよいよそのお目当ての馬がステージに姿を現した。
大勢の人の前に出てきて気を悪くしたか、その馬はステージの上にいることを嫌がるように首を振った。
さらには少し後ずさりを始め、手綱を引く人をヤキモキさせた。
「うーーん…。」
観客席からはまるで「この馬はあかんな。」とでも言っていようかのような声が聞こえた。
一方で求次はこの馬を安く競り落とすチャンスと考えていた。
「それではエンドレスレインの10のセリを行います。金額は600万円からとなります。それでは、始め!」
司会者の人は右手にマイクを持って言った。
「610万!」
求次は早速左手を挙げて叫んだ。
「610万、入りました。他におりませんか?」
司会者が叫んだ。
「660万!」
少し離れた所にいる人が手を挙げて叫んだ。
できれば誰も手を挙げてほしくはなかったが、競合が始まってしまった。
今の求次にとっては少しの価格上昇でも痛いだけに、どうしようか迷った。
「660万!他におりませんか?」
司会者が叫んだ。それから辺りには10秒程度の沈黙が流れた。
「いませんか?いなければ落札となります!」
「700万!」
求次は落札を宣言しようとしていた司会者めがけて、いきなり叫んだ。本当は670万か680万と言おうとしたのだが、口から出た言葉は700万だった。」
「えー…、700万、入りました。他におりませんか?」
いきなり声をかけられたために仕切り直しとなった司会者は、気を取り直してまたセリを続行した。
「いませんか?いなければこんどこそ落札となります!」
「……。」
辺りはシーンと静まり返った。
「いませんね?それでは700万円で落札となります!」
司会者はハンマーをたたいて落札を告げた。
周りからはパチパチと拍手が沸き起こり、求次は起立して深々とお辞儀をした。
彼はこの牝馬に、大きな幹を持ち、樹皮のよろいを身にまとった大木のように立派に育ってほしいという意味をこめて、植物の幹「Trunk」と樹皮「Bark」を合わせて、「トランクバーク」と命名することにした。
これが求次とトランクバークの最初の出会いだった。
そしてこの馬が、やがて求次をはじめ、周りの人達の運命を大きく変えていくことになった。
これは、破産の危機に陥っていた木野牧場を救った、一頭の競走馬「トランクバーク号」の物語である。