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8話 辺境の楽園と、元王国の末路

国境を越え、馬車が揺られること数日。

ようやく辿り着いたのは、エリュシオン聖王国の最果て――私が「二束三文の荒野」として購入しておいたはずの領地だった。


「……ねえ、レオ。私の記憶が確かなら、ここは石ころだらけの不毛の地だったはずなんだけれど」


馬車の窓から顔を出した私は、絶句した。

視界に広がるのは、手入れの行き届いた豊かな麦畑と、透き通った水が流れる水路。そして中央には、こぢんまりとしているが、新築の木の香りが漂う美しい屋敷が建っている。


「お嬢様が購入された後、私の息のかかった者たちを先行させて整備させました。……それと、この土地の地下には、あなたが予想されていた通り、膨大な魔力鉱石の脈が眠っていましたよ」


レオが事も無げに言い、馬車のドアを開けて私を抱き上げた。

お姫様抱っこのまま、ふかふかの芝生の上へと降ろされる。


「えっ……? 私が教える前から、鉱脈に気づいていたの?」


「お嬢様の選ばれた場所に、価値のないものなどあるはずがありません。……ここは、今日からあなただけの王国です。そして私は、あなたの生涯の奴隷であり、守護者です」


レオは私の手を取り、跪いてその甲に深い口づけを落とした。

村人らしき人々が遠巻きにこちらを見ているが、皆、レオに対して畏怖と敬意を織り交ぜたような、奇妙な視線を向けている。


(……なんか、私が『経営』するまでもなく、すでに出来上がってる気がするわね)


私がポカンとしている間にも、レオは甲斐甲斐しく荷物を運び込み、「お嬢様、お疲れでしょう。まずはハーブティーを」と、まるでおままごとのような完璧なホスピタリティを発揮し始めた。


一方その頃。リゼットを追い出した旧グラナード王国は、未曾有の混乱に陥っていた。


「……おい、どういうことだ! なぜ今年の税収の計算が合わない!」


王宮の執務室。アストル王子は、机に積み上げられた書類の山を前に、頭を抱えていた。

隣には、華やかなドレスを着たマリアが立っているが、彼女には数字の羅列など一文字も理解できない。


「殿下、そんな難しいお顔をなさらないで。……リゼット様がいなくなったのですから、これからはもっと自由に、楽しいことだけを考えましょう?」


「そうだな、マリア。……だが、先刻から財務官たちが『リゼット様がいなければ、隣国との貿易協定の更新ができない』だの『王室予算がどこにも残っていない』だのと、うるさくてかなわないんだ!」


そう。アストルは知らなかったのだ。

彼が「遊び歩くための金」をどこから捻出し、誰が隣国との複雑怪奇な交渉をまとめ、誰が毎日深夜まで書類の不備を直していたのかを。


そこへ、財務卿であるカイル――リゼットの兄が、氷のように冷たい足取りで入ってきた。


「アストル殿下。……失礼、もはや『殿下』と呼ぶべきか迷うところですが」


「カイル! 貴様、財務卿だろう! 何とかしろ、この書類の山を!」


カイルは眼鏡の位置を直し、アストルが差し出した書類を一瞥して、鼻で笑った。


「無理ですね。……この国の運営システムは、すべてリゼットの脳内に最適化されて構築されていました。彼女というメイン基盤を無理やり引き抜いたのです。……バックアップ(代わり)など、この国には存在しませんよ」


「な、なんだと……!?」


「さらに言えば、彼女は去り際に、王家の資産を『正当な退職金』として持ち出しました。手続きはすべて完璧です。……今、この王宮に残っているのは、貴方の派手な借用書だけですよ」


カイルは淡々と告げると、辞令書を机に叩きつけた。


「私も今日で辞職させていただきます。……妹に誘われましてね。これからは、彼女の新しい領地で『顧問』として働くことにしました。……では、ご機嫌よう。無能な王太子殿下」


「ま、待て! カイル! 戻れ! 命令だ!」


アストルの叫びは、虚しく空に消えた。

リゼットがいなくなった一週間後、王国の経済は完全に停止し、マリアは「お金がないならお菓子を食べればいいじゃない」という言葉すら吐けないほどの困窮に直面することになるのだが――。


そんなことは露知らず、リゼットは辺境の屋敷で、レオに「あーん」と果物を食べさせられながら、困惑していた。


「……ねえレオ、甘すぎるわ。……あと、距離が近すぎない?」


「いいえ。これまでの数年間、私たちが我慢してきた時間を考えれば、これでも足りないくらいです」


レオの腕が、リゼットの腰をがっちりとホールドして離さない。

知略で勝ち取った「自由」なはずが、どうやら彼女は、王宮よりもさらに逃げられない「愛の檻」に飛び込んでしまったようだった。

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