6話 断罪パーティーは計画通り
王立学院の卒業パーティー。
シャンデリアが眩いばかりに輝き、最高級のワインの香りが漂う会場は、異様な熱気に包まれていた。
中央で胸を張り、隣に震える男爵令嬢マリアを抱き寄せているのは、我が婚約者アストル王子だ。
そして私は、彼から数歩離れた場所で、冷ややかに、しかし内面では「ようやくこの時が来た!」と狂喜乱舞しながら立っていた。
「リゼット・エル・グラナード! 貴様の悪行はすべて調べがついている!」
アストルの声が会場に響き渡る。音楽が止まり、貴族たちの視線が突き刺さる。
あちこちから「やはりか」「あの傲慢な令嬢ならやりかねない」というヒソヒソ声が聞こえてくる。
(……いいわ、いいわよ! その偏見、大好き!)
「殿下、藪から棒に何を仰るのですか? 私はただ、皆様と卒業を祝っていただけですわ」
私はわざとらしく、扇で口元を隠して首を傾げた。
アストルは顔を真っ赤にして、懐から一通の書面を取り出した。
「しらばっそれると思うな! 貴様はマリアを執拗に虐め、彼女のドレスを汚し、さらには暗殺者まで差し向けただろう!」
(……おっと、暗殺者は私の脚本にないわね。マリアさん、盛りすぎじゃないかしら?)
マリアを見れば、彼女は私が贈った「王子の庇護欲を刺激する」薄桃色のドレスを身にまとい、大きな瞳に涙を溜めてこちらを見ている。
その隣で、アストルはさらに声を張り上げた。
「これを見ろ! 貴様が毒薬を購入したという証拠の領収書だ!」
突きつけられた紙を見て、私は危うく吹き出しそうになった。
それは、私がレオに頼んで「わざとらしく」ゴミ箱に捨てさせた、ただの「胃薬」の領収書だ。最近、公務のストレスで胃が痛かったのは事実なのだから。
「……それが、私がマリア様を害しようとした証拠だと仰るのですか?」
「そうだ! 言い逃れはできん! 貴様のような醜い心を持つ女は、王妃にふさわしくない! 今この時をもって、貴様との婚約を破棄し、国外への追放を命ずる!」
(キターーー!! 「国外追放」の四文字、最高に響きが良いわ!)
会場が騒然となる中、私は深く頭を垂れた。
肩を震わせる。……笑いを堪えるために。
だが、周囲には「絶望して泣いている」ように見えただろう。
「……殿下。……本気で、仰っているのですか?」
「ああ、本気だ! 貴様は今すぐこの国を出ていけ! 宝石も、地位も、すべて置いていくんだな!」
「……分かりましたわ。殿下がそこまで仰るのなら」
私は顔を上げた。
目元を赤くし(これもメイクの技術だ)、悲痛な表情を作り上げる。
「婚約破棄、謹んでお受けいたします。……ですが、殿下。一つだけ……最後のお願いを聞き届けていただけますでしょうか?」
「ふん、最後か。情けだ、言ってみろ」
私は、背後に控えるレオを振り返った。
レオは、今にもアストルの首を撥ね飛ばさんばかりの殺気を放っていたが、私の視線に気づくと、スッと表情を消して膝をついた。
「私は身一つで出てまいります。……ですが、この不器用な護衛騎士レオだけは、連れて行くことをお許しください。彼をここに残しても、きっと新しい主君に馴染めず、無駄死にするだけでしょうから……」
アストルは鼻で笑った。
「あんな無愛想で、剣しか能のない平民崩れか! 好きにするがいい! むしろ、そんな薄汚い男が王宮にいない方が清々するわ!」
(……言ったわね、バカ王子。これでレオの「所有権」も公的に私に移ったわ!)
私は一礼し、レオの手を取った。
レオの大きな手が、私の指を壊れ物を扱うように、けれど力強く包み込む。
「行きましょう、レオ。……私たちを必要としない場所には、一刻も居られませんわ」
「……御心のままに。マイ・レディ」
レオの低い声が、ゾクりとするほど甘く響いた。
私たちは、呆然とする群衆を割り、堂々と会場を後にした。
馬車に乗り込んだ瞬間、私は背もたれに深く体重を預け、長い、長い溜息をついた。
「……ぷはっ! あー、終わった! 終わったわよ、レオ!」
「お疲れ様でした、お嬢様。……素晴らしい演技でしたよ」
レオが、馬車の遮光カーテンを閉める。
暗くなった車内。レオは私の隣に座り、そのまま私の腰を抱き寄せて、自分の膝の上に乗せた。
「ちょ、レオ!? 近い……」
「……あんな無能の前に、あなたを晒し続けるのは、もう限界でした。……これからは、あなたを汚す者は誰もいません。あなたを裁く者も、あなたを働かせる者も……」
レオの顔が近づく。
彼の瞳は、パーティー会場での殺気とは打って変わって、蕩けるような、それでいて底なしの愛に満ちていた。
「……さあ、リゼット。私たちの『楽園』へ向かいましょうか」
(……ちょっと待って。計画ではもっと『清々しい旅立ち』のはずだったんだけど、なんかレオの雰囲気が、独占欲1000%になってる気がする……!)
こうして、私の「追放戦略」第一段階は完了した。
だが、この先に待っている「レオとの二人きりの生活」が、私の想像以上に刺激的なものになることを、当時の私はまだ知る由もなかったのである。




