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4話 資産隠しは華麗に、大胆に

「お嬢様、本日の『教育予算』の収支報告書です」


レオが差し出したのは、厚みのある羊皮紙の束。私はそれを開き、思わず「ふふっ」と声が漏れるのを抑えられなかった。

そこには、王太子の婚約者として私が管理を任されている「次期王妃教育費」および「王宮行事運営費」の数字が並んでいる。


「あら、素晴らしいわ。今月も『マリア様のための特別講義費』として、かなりの額が計上されているわね」


もちろん、そんな講義は一度も行われていない。

その予算は、私が馴染みの商会を通じて、隣国「エリュシオン聖王国」の辺境にある広大な土地の購入費用へと姿を変えている。


「お嬢様……あのような荒野に近い土地を、これほどの高値で買い取ってよろしいのですか?」


レオが怪訝そうに眉を寄せた。

彼から見れば、私が買っているのは「価値のないゴミのような土地」に見えるのだろう。

だが、前世の記憶――つまり原作小説の知識を持つ私には、そこが数年後に「伝説の魔力鉱山」が発見される黄金の土地だと知っている。


「いいのよ、レオ。今はただの荒地でも、私たちが住む頃には『宝の山』に変わるわ。……それに、何もない場所の方が、誰にも邪魔されずに二人で過ごせるでしょう?」


「……! 私と、二人で……?」


レオの瞳が、これまでにないほど大きく見開かれた。

彼の黒い瞳の奥に、猛烈な情熱が宿る。


「はい。お嬢様。その土地、例え地の果てであろうとも、私が最強の城を築いてご覧に入れます」


「城なんていらないわよ。可愛いお家でいいの。……それより、レオ。例の『換金』の方はどうなっているかしら?」


「はい。王家から贈られた『二度と返却する必要のない』宝石類。すべて、精巧な模造品レプリカと入れ替え、本物はすでに隣国の商金庫へ移送済みです。鑑定士には、多額の口止め料を支払いました」


「完璧ね」


私は満足げに頷いた。

アストル王子が私に機嫌取りで贈ってきた高価なジュエリー。

彼は私がそれらを身に着けていると思い込んでいるが、今私の首に掛かっているのは、見た目だけはそっくりのガラス細工だ。

本物のダイヤモンドやエメラルドは、すでに私の「逃走資金」に変わっている。


「……ですが、お嬢様。少しばかり、動きが大胆すぎます。王宮の会計官の中に、不審を抱いている者が数名。……消しておきましょうか?」


レオが、影の中から抜き放ったナイフの刃を指でなぞる。

その瞳は冗談を言っているようには見えない。


「ダメよ、レオ。殺生はなし。……その代わりに、彼らには『もっと美味しい餌』を与えてあげて。王子の遊び歩いている領収書を、わざと彼らの目に触れる場所に置いておくの。私の微々たる使い込みなんて、王子の放蕩に比べれば霞んで見えるわ」


「……御意。王子の愚行を盾にするわけですね。流石はお嬢様」


レオは心酔したように、私の手の甲に唇を落とした。


その時だった。


「――おやおや。仲睦まじいのは結構だが、少しばかり『仕事』が雑ではありませんか? リゼット」


低く、しかし背筋が凍るような冷徹な声が、部屋の入り口から響いた。

レオが瞬時に私の前に立ち、抜剣する。


そこに立っていたのは、銀髪を後ろに流し、冷酷な美貌を湛えた青年。

私の実の兄であり、この国の財務卿を務める、カイル・エル・グラナードだった。


「……お兄様」


私は冷や汗が背中を伝うのを感じた。

マリアや王子は騙せても、この「国の財布」を握る氷の天才だけは、誤魔化しがきかない。


「レオ、剣を引きなさい。……お兄様、勝手に入られるなんて失礼ではありませんか?」


「失礼なのは、王家の予算を私用で流用している不届きな妹の方だろう。……リゼット、貴様、何を企んでいる?」


カイル兄様が、一歩、また一歩と近づいてくる。

彼の眼鏡の奥の瞳は、すべてを見透かしているようだった。


「……隠しても無駄だ。エリュシオンの土地購入。宝石の換金。そして、あの無能な王子への『餌付け』。……貴様、まさか『婚約破棄』されるつもりか?」


心臓が跳ねた。

流石は、原作でも「裏の支配者」と恐れられた兄様だ。


「……もしそうだとしたら、お兄様は私を告発なさるの?」


私は覚悟を決め、兄を真っ直ぐに見つめた。

兄様はしばらく沈黙した後、フッと、凍てつくような笑みを浮かべた。


「……面白い。あんな無能の元へ嫁ぐよりは、その方がマシだ。……いいだろう。貴様の『遊び』、私が少しばかり手助けしてやってもいい」


(……え? 助けてくれるの!?)


予想外の展開に、私は目を瞬かせた。

兄様は私の机に乗り出し、低い声で囁いた。


「ただし、条件がある。……私が王家を内部から完全に解体するまで、貴様は完璧に『悪役』を演じきれ。……分かったか?」


どうやら、お兄様もお兄様で、この腐った王国に愛想を尽かしていたらしい。

こうして、私の「追放戦略」に、最強の(そして最凶の)味方が加わったのだった。

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