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12話 聖騎士という名の強盗

「……こ、国債を三割だと……!? 貴様、虚勢を張るのも大概にしろ!」


聖騎士団長ゼノスの叫びが、静まり返った荒野に響き渡る。

彼の白銀の鎧が、午前の陽光を反射して眩しく輝いている。だが、その下にある顔は、先ほどまでの余裕を失い、怒りと焦燥で醜く歪んでいた。


私は扇をパチンと閉じ、あえて優雅な動作で一歩前へ出た。

レオが影のように私の斜め後ろに付き、その漆黒の剣の柄に手をかけている。彼の発する冷気が、ゼノスが放つ「聖法気」を霧散させていくのがわかった。


「虚勢、ですか。……ゼノス様、貴方は戦場での駆け引きには長けていらっしゃるようですが、国の『台所事情』には疎いようね」


私はドレスの隠しポケットから、さらに数枚の羊皮紙を取り出した。

それは、エリュシオン聖王国の国立銀行が発行した、正式な債権証明書の写しだ。


「貴国の聖教教団が、新聖堂の建設と聖騎士団の装備新調のために、莫大な資金を民間から募ったのは一年前。……その際、買い手が付かずに市場に流れた債権を、匿名の商会を通じてすべて買い取ったのが、私……リゼット・エル・グラナードですわ」


ゼノスの目が見開かれる。

「な、なぜ追放された公爵令嬢が、それほどの資金を……」


「あら、忘れたのかしら? 私はグラナード王国の『次期王妃』として、十数年も国の予算管理を任されていたのですよ。……合法的な投資と、わずかな『お小遣い』の積み立て。……それが、貴方の国の国家予算の数年分にまで膨れ上がっただけですわ」


私はにっこりと、最高に「悪役令嬢」らしい微笑みを浮かべた。

実際には、レオに命じて隣国の闇市場や汚職枢機卿の弱みを握り、かなり「えげつない」方法で資産を転がしてきたのだが、それを教える義理はない。


「今、私がこの債権を一斉に市場へ放出したらどうなるかしら? ……エリュシオン聖王国の通貨価値は暴落し、ハイパーインフレが発生する。……明日の朝には、貴方たちの給料でパン一つ買えなくなるわよ」


「ぐ、ぬ……っ……!」


聖騎士たちがざわめき始める。

彼らにとって、戦場での死は名誉かもしれないが、「一文無しになって路頭に迷う」ことは恐怖でしかない。


「それに、ゼノス様。……貴方はこの土地を『聖域』と呼びましたが、私が所有する登記簿には、貴国の枢機卿エドワード様の署名と捺印がしっかりと刻まれています。……『この土地は永久にリゼット・エル・グラナードの私有地であり、聖教は一切の権利を主張しない』という一筆も添えてね」


「エドワード枢機卿が……裏切ったというのか……!?」


「裏切ったのではなく、『誠実なビジネスパートナー』になっただけですわ。……彼は、私が贈った『魔力増幅の秘宝』――実はこの鉱山で採れた最高級の魔石ですが――に、いたく感激していらっしゃいましたもの」


聖騎士団の正義が、内部の腐敗によって足元から崩れ去っていく。

ゼノスの顔は、もはや怒りを超えて、どす黒い殺意に染まった。


「……黙れ。……黙れ、黙れ! 詭弁を弄するな! 結局は金と汚職で神の正義を汚したに過ぎん! ……全軍、突撃しろ! この魔女と怪物を、力ずくで排除する!」


ゼノスが狂乱したように剣を振り下ろした。

「神は我らと共にあり! 異端を殺せ!」


(……やっぱり、話が通じないタイプね。脳まで筋肉でできているのかしら)


私は溜息をつき、一歩後ろへ下がった。

「……レオ。……後はお任せするわ。……ただし、私の屋敷に血が飛ばないようにしてちょうだいね」


「――御心のままに。……マイ・レディ」


レオの身体から、爆発的な闇の魔力が放出された。

彼の瞳は完全に紅く染まり、その背後には巨大な魔獣の影が揺らめいている。


「……『聖なる力』? ……滑稽ですね。……私の主が作り上げたこの楽園を、汚そうとした罪……。死をもって償うことすら、生ぬるい」


レオが地を蹴った。

次の瞬間、最前列にいた五人の聖騎士が、悲鳴を上げる間もなく吹き飛ばされた。

レオの剣は、もはや視認できない速度で振るわれ、白銀の鎧を紙細工のように切り裂いていく。


「な、なんだこの速さは……!? 聖なる結界が、全く効かないだと……!?」


ゼノスが驚愕に目を見開く。

通常、魔人の力は聖騎士の「聖法気」によって中和されるはずだ。

だが、レオの力は、その「聖」なる概念そのものを飲み込むほど、純粋で、深く、どろりと重い「愛」という名の執着に満ちていた。


「……私の名はレオ。……リゼット様のためだけに存在する、彼女の影だ。……彼女を不快にさせた貴様の舌、二度と動かぬようにしてやろう」


レオの剣先が、ゼノスの喉元をかすめる。

ゼノスは必死に剣を振るうが、レオの動きはまるで見切っているかのように、すべての攻撃を無効化し、一方的にゼノスの手足を切り刻んでいく。


「ヒッ……! た、助けてくれ! ……私は聖騎士団長だぞ! 私を殺せば、聖王国が黙っていないぞ!」


先ほどまでの威勢はどこへやら、ゼノスは地面を這いずり、涙を流して命乞いを始めた。


「……黙っていないのは、こちらの方ですよ」


私は、逃げ惑う聖騎士たちの中心で、冷徹に告げた。

「……今回の不当な侵入および攻撃について、すでにエドワード枢機卿を通じて、聖王国の国王陛下へ『宣戦布告に近い抗議文』を送ってあります。……賠償金として、鉱山の利権どころか、貴国の国境沿いの領地を三つほど、いただこうかしら?」


聖騎士団の全滅。

そして、国家レベルの経済的・政治的敗北。

ゼノスは絶望のあまり、泡を吹いて気絶した。


レオが剣を鞘に収め、何事もなかったかのような爽やかな笑顔で、私の元へ歩み寄る。


「お嬢様。……掃除、完了いたしました。……少し風が冷たくなってきましたね。屋敷の中へ戻りましょう。……特製のココアを淹れますよ」


「……ええ、お願い。……レオ、貴方の淹れるココアは、世界で一番甘いものね」


私はレオの差し出した手を取り、背後で転がっている「鉄のゴミ」たちを一瞥もせずに、屋敷へと戻った。

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