十塚の家
次もスタンドマイクでいきますよー。
あー、また来ちゃいました?
あんたも好きねぇ。
せっかくだし、リクエストに応えちゃおうかな……学校の怖い話?
確かに、高校――しかも女子校で先生してたことあるから、ネタはありますよ。
その学校、ミッションスクールでね、先生にも修道女が何人かいて、校長先生も例に漏れずシスターで。
一般的なイメージからすると、修道女になるなんて、人に言えないような理由があるんじゃないかと勘ぐるワケですよ。
だから野暮な生徒が、独身の男性教師を「あれは校長先生の隠し子だ」と噂したりね。
その子、退学になってたな……。
あ、そういうのじゃない?
うーん、じゃあ、「十塚の家」の話をしようかな。
私がその女子校の先生になったのも、コネみたいなモンで。
要するに、卒業生だった訳ですよ。
その学校、卒業生が先生になってるパターンが多くて。成績や態度が記録に残ってるから、適正があるか分かりますもんね。
で、そういう学校だからこそ、公立の学校でやっていけないタイプの子も集まる訳で。
他でもない、私もそうだったけど。
学校もそれを承知の上で、教室で団体行動ができない子たちが過ごす場所が用意してあって。
図書館と保健室の間にある『自主学習室』に、私は三年間、通学してましたね。
私の他にも何人かいました。増えたり減ったりはあったけど、平均すれば、三学年で十五人くらいいたんじゃないかな。
自主学習室は、文字通り自習がメインで。授業の空いた先生やシスターが自習の進行を見てくれて、テストさえ成績が出せれば卒業できたんですよね。
そこに居続けるのが難しい子は、保健室や図書館で息抜きしたり。そういう場所です。
どんな子がそこに集まるのか……まあね。人間不信だったり、男の人と同じ空間にいるのが無理だったり、他人と合わせるのが難しかったり……。
私は三番目のタイプかな。
まあ、そんなあぶれ者の集団だから、学校の大きなイベント――キャンプとか修学旅行とか、そういうのに参加できない子も多かった訳ですよ。
でも、せっかくの高校生活で、何のイベントもないのは可哀想ってことで、夏休みはじめの三日間、海沿いの民宿で合宿するってのが、恒例行事だったんですね。
もちろん、行きたい人だけ。
学年関係なく、一年から三年まで、自主学習室に通ってる子なら誰でもいい感じで。
私は三年とも参加しましたね。
その民宿ってのが『十塚の家』です。
合宿っていっても、県内ですよ。
特殊な事情がある子たちばかりだから、何かあって、家族に迎えに来てもらわなきゃならない可能性が高かったのもあるし……。
どうも十塚の家ってのが、校長先生の知り合いらしくて、事情を理解してそれなりに接してくれるから、ってところもあったでしょうね。
学校から車で一時間半くらいかな。
海水浴で賑わう有名な海岸から少し外れた漁港の近くにありましたね、その民宿。
モルタルの二階建ての、かなり古ぼけた感じなんですけど、漁港の近くだから、魚料理が絶品なんですよ。
女将さんが一人で切り盛りしていて……そういうところも、事情がある子には良かったのかも。
今回話すのは、私が三年の時のこと。
体操服にスポーツバッグを担いで十塚荘へ入っていくと、まず玄関ホールと、ソファーが置いてある小さなロビーがあって。そこで部屋割りを決めるんです。
ロビーから奥へ伸びた廊下の左右に、調理場やら食堂やらお風呂やらの扉が並んでて、廊下の突き当たりの左手が二階への階段。
客室は、一階の突き当たりに一部屋、二階に三部屋。
その年の参加者は、生徒が十人と引率の先生が三人。校長先生と養護の先生と、自主学習室出身の現代文の先生。
校長先生と養護の先生は毎年参加してましたけど、残りの一人は回り持ちみたいな感じでしたね。
で、部屋割りはあみだくじがお約束で。
自主学習室の面々は特殊だから、誰それと特に仲がいいとかなかったんですよね。そもそも、誰それと気が合わないってタイプの子は参加してないし。
だから、あみだくじもひとつのアトラクションって感じで。ワイワイしながら盛り上がる訳ですよ。
でもその時は、私だけ除け者で。
なんでかっていうと、足捻挫してて。二階はキツいから一階って、合宿に参加する時点で決まってたんですよね。
なのに、なんで合宿に参加したのか?
うめえ魚が食いたいからに決まってンだろ。
それはさておき。
毎年、一階の部屋は先生たちで、二階が生徒に割り振られるんですけど……階段のすぐ下だから、見張りにもなるし。
そういう事情でその年だけは、私を含めた生徒三人が一階で、先生三人と残る七人が二階になったんですよ。
部屋割りが決まると、女将さんから約束事の説明があって。
食事は食堂で。食事の時間は何時と何時。配膳と皿洗いは交代で手伝うこと。風呂の利用は何時から何時まで。
――そして。
「階段横の扉は絶対に開けないこと」
階段のすぐ横……一階の客室の向かいに、南京錠がされた扉があるんです。
これも、毎年言われるんですけどね。
物置に危ないものが入ってるとか、そんな理由だろうと、その当時は思ってたんですよ。
でも、よくよく考えると、おかしいんですよね。
配膳や皿洗いを任せるくらいだから、調理場もオープンで……包丁やら火の元やらもある場所なのに。
調理場の奥に女将さんの住まいがあるんですけど、手伝いが終わるとそこへ行って、アイスをかじりながらテレビを見たりするくらい、アットホームな民宿なんですよ。
それなのに、物置だけ入っちゃいけないって、不自然でしょ。
これまでは何の気なしに通り過ぎてたんですけどね。その年、一緒の部屋になった子に、異常に頭がいい子がいて。
仮にMちゃんとしておきます。
一年生だけど、頭が良すぎて周りと話が合わないタイプで。近々アメリカの大学に留学するとか、そんな子でした。
だから、一階の部屋に入った途端に、Mちゃんが言ったんですよね。
「あの扉、何のためにあるんだろう」
って。
ザッと調理場を覗いて廊下を歩いて、おかしいと思ったみたいですね。
「あの空間、せいぜい一畳しかないから、物置にするより戸棚にした方が使い勝手がいいのに」
と、首を傾げるんです。
私と、もう一人、同室になった二年生のRちゃんは「へぇー」ってなってましたけど、さらにMちゃんは言いました。
「この民宿、『浜野屋』って名前なのに、どうして『十塚の家』って呼んでるの?」
確かに玄関には、剥がれたペンキで『浜野屋』って書いてあるけど、私は気にしたこともなかったです。
うーんと考えてから、Rちゃんが答えました。
「こういう田舎って、『屋号』ってのがあるんだよね」
古くからの地域には同じ苗字の家が多く、区別のために、苗字とは別の呼び方をすることがあると。
なるほど……と、Mちゃんは納得しつつも、
「じゃあ、なんで『十塚』って屋号なんだろ?」
と気にしていました。
やっぱり頭が良すぎる子は考えることが違うな……と、その時、私もRちゃんも苦笑して流しました。
それからの三日間の合宿は、昼間は漁港を見学したり、近くの浜を散歩したり、そんな感じで過ごすのが恒例で。
私も満足に歩けないながら、浜を散歩したりしました。
砂浜じゃなくで、ゴツゴツした岩が折り重なった「磯」ですね。
防波堤に座って、岩の隙間に波が砕けるのを見てると、いつの間にか時間が過ぎてくんですよね。
で、最後の三日目。
昼食後に帰る予定で、午前は近くの水族館に行くってことになってました。
けど、私、あんまり歩けない上に……ちょうど月のモノが来て。
体調だるいし、部屋で寝てることにしたんです。
他のみんなは出かけて、当時はスマホもないから、天井を眺めてるしかないんですよね。
エアコンの効いた部屋で布団に横になって、うつらうつらしてました。
――そしたら。
カチャッ、という音がして、私は目を覚ましました。
ドアのノブを回す音だと、すぐに分かりました。
何事!? と思ったんですけど、その音が、ゆっくりと忍んでるような感じだったんで、ちょっと不気味になって。
寝たフリをしてた方がいいだろうと思ったんですよね。
それで私、眠ってる格好で少しだけ細目を開けて、扉の方に目を向けたんです。
そしたら。
細く開いた扉から、女将さんが覗いてたんですよ。
心配してくれてるのかな?
とも思ったんですけど、しばらくじーっと私を見てるから、ちょっと怖くなって。
「何ですか?」
って聞こうとした寸前、ようやく扉が閉まったから、何だったんだろ……と、また目を閉じたんですけど。
そしたら、廊下から聞こえたんですよ――鍵が開く音。
あの扉だ――と、すぐ分かりました。
私の部屋から廊下を挟んで、ちょうど真向かいですからね。
あの扉に用があるけど、途中で私に出くわしたらまずい。そう考えて、女将さん、部屋を覗いたんでしょうね。で、私が寝入ってると思って、扉を開けた。
――気になるじゃないですか。
私はそっと起き出して、扉に耳を当てて様子を伺いました。
すると、パタン、っていう扉が閉じる音がして、静かになりました。
その時、気になったのが……。
扉が閉じる直前、ザザーッて波の音が聞こえたんです。
聞き間違いかとも思ったけど、窓を閉めてエアコンをかけてると、部屋では波の音が聞こえないんですよね。
何だろう……と、どうしても気になって、私は扉を開けました。
そしたら、真正面にある扉の南京錠が開いて、金具にぶら下がってる訳ですよ。
気にならないはずがないですよね。
私はそっと廊下に出て、閉まった扉の隙間を覗いてみたんですけど、真っ暗で何も見えなくて。
でも耳を当てると、やっぱり波の音がするんです。
絶対何かある!
そう確実して、私は細く扉を開いてみました。隙間に目を当てて目を凝らしてみると……。
階段があったんですよね、地下へ下りるための。
人ひとりがやっと通れるくらいの古い石段です。長年使われて擦れて傾いた感じの。
で、磯の香りがブワーッとしてきて。
女将さんの姿はなかったです。
その代わり、階段の下の方がぼんやりと明るくなってて、なんか声が聞こえるんですよね。
もう好奇心に抗えなくて、私はそっと、石段に足を踏み出しました。
転ばないように座った格好で十段くらい下りると、その先が洞窟みたいな空間になってて。
声はそこからしてるみたいで、でもさすがに下りてくのはまずいと思って、私は階段に伏せて、洞窟を覗き込んだんです。
青の洞窟ってあるじゃないですか。半水没した洞窟の内部が青く光るの。
まさにアレで。
多分、磯の岩に、外から見えないような隙間があるんでしょうね。
で、洞窟の奥が陸地になってて、岸壁に祠が並んでたんです――十個。
まさに、十塚ですよね。
女将さん、お経みたいなのを唱えながら、そこに何かを供えて回ってて。
これは見ちゃいけないものだと思って、私、それで部屋に戻ったんです。
そこで見たものは心にしまったまま合宿を終えて、四年後に先生としてあの高校に戻った訳ですけど。
自主学習室も合宿も健在で、引率も校長先生、養護の先生と同じメンバーで。
で、もう一人の引率が自主学習室出身の私になったんですよ。
事前の打ち合わせで、どうしても気になって、校長先生に聞いたんですよね。
「あの扉の下の洞窟は、何なんですか?」
校長先生、一瞬固まってから、諦めたみたいに言いました。
「あなたも『知る』べき立場になったのだから、あの扉を入ったことは目を瞑りましょう」
――うちの学校は、様々な事情でトラウマを抱えた生徒を受け入れているけれど、彼女たちがトラウマを克服するには、トラウマの原因を排除する必要がある――神の裁きは下されると、示さなければならない。
あの洞窟は、そういう場所なんです――。
その後、私、地方の文献を調べまくったんですよ。
そしたら、ありました――十塚の謂れ。
――髪を供えて祈ると、呪いが成就する。
合宿は、決まった部屋で、決まった枕で寝ますもんね。
昼間、漁港の見学やら散歩やらで出かければ、枕に付いた抜け毛を回収するのは簡単なこと。
それをお供えして、トラウマの原因の「排除」を祈る。
職員だから、卒業生の名簿なんかも見える立場です。コッソリ調べてみて、驚きましたよね。
イジメを受けてた子の加害者や、性的虐待をした父親、その全員が事故死してるとか、信じられます?
「軽い気持ちで行ってはいけない神社仏閣」が最近、話題になりましたよね。
でも、本当にヤバい場所は、誰にも知られない場所にあるんですよ。




