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第6話:村の聖者と、絶望の聖騎士


 アルスが『呪われた屋敷』を浄化して住み着いてから、数日が経った。

 かつての不気味な廃屋は、今や村で一番美しく、澄んだ空気に満ちた聖域へと姿を変えている。


「アルス、朝食ができたぞ。……少し、形は崩れてしまったがな」


 リリスが少し恥ずかしそうに、目玉焼きの乗った皿をテーブルに置いた。


 魔王軍の幹部として破壊の限りを尽くしてきた彼女の手は、今ではアルスのためにフライパンを握っている。少し焦げているのは、彼女が火力を調整する闇魔法を、料理に転用しようと奮闘している証拠だ。


「ありがとう、リリス。すごく美味しそうだね」

「ふ、ふん。お前が喜ぶなら、明日からはもっと上手く作ってみせる」


 リリスはそう言って、満足げにパタパタと翼を揺らした。


 食後、アルスは庭の薬草園の手入れを始めた。

 浄化された土壌からは、王都では見たこともないほど高品質な薬草が次々と芽吹いている。


「少し作りすぎちゃったな。……よし、村の人たちに分けてあげよう」


 アルスは【調合】で余った端材を使い、ごく普通の『初級ポーション』を数十本ほど作った。彼にとっては「失敗作」に近いものだったが、その輝きは市販の最高級品を凌駕していた。


 村の広場へ向かうと、そこには腰を痛めて動けなくなっている老人や、風邪で寝込んでいる子供を抱えた母親たちがいた。


「あの、よかったらこれを使ってください。僕が作ったポーションです」


 アルスが一人ひとりに瓶を手渡していく。


「おや、新しく越してきた青年かい? すまないねぇ……。おおっ!? なんだこれは、飲んだ瞬間に腰の痛みが消えたぞ!」

「うちの子の熱も、一瞬で下がったわ! これ、本当にただのポーションなの!?」


 村中に驚きの声が広がった。

 アルスが「ただの趣味ですから」と謙遜すればするほど、村人たちの崇拝の念は強まっていく。


「あの方は、神様が遣わしてくださった聖者様に違いない!」


 本人の知らないところで、アルスは『リーフ村の聖者』として、伝説の第一歩を踏み出していた。


 ***


 一方その頃。

 勇者レオンたちは、ダンジョンの入り口付近にある野営地で、地獄のような朝を迎えていた。


「……マリア、まだ動けないのか?」


 レオンが、苛立ちを隠さずにマリアを睨みつけた。

 マリアは真っ青な顔で毛布にくるまり、激しく咳き込んでいる。


「……無理……ですわ……。昨日の戦いで魔力を使い果たし……魔力酔いが……ひどくて……」


 聖騎士であるマリアの魔法は強力だが、その分、使用者の精神と肉体にかける負荷が大きい。

 アルスのポーションがあればその負荷も一瞬で中和できたのだが、今の彼らには、街で買った「気休め程度の安物」しかない。


「ちっ、使えない女だな! おい、ゼノ! お前の魔法でなんとかしろ!」

「俺だって限界だ! 魔力が回復しないんだよ! あいつのポーションさえあれば、今頃ダンジョンを制覇できていたのに!」


 魔術師のゼノが、ついに溜まっていた不満を爆発させた。

 戦士のバルガスも、錆びついた剣を眺めながらため息をつく。


「装備のメンテナンスも、あいつが全部やってたんだな。……レオン、正直に言えよ。俺たちは、取り返しのつかないミスをしたんじゃないか?」


 その言葉が、レオンの逆鱗に触れた。


「うるさい! あんなゴミ、今さら必要あるか! ……おい、ゼノ。今すぐ王都に戻って、代わりの調合師を雇ってこい。あいつ以上の奴なんて、いくらでもいるはずだ!」


 だが、彼らはまだ気づいていない。

 アルスの【真・調合】は、この世界のどんな天才調合師にも真似できない、神の領域の技術であることを。

 そして、自分たちが捨てたのが、ただの「荷物持ち」ではなく、この世界を支える「唯一の希望」であったことを。


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