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第2話:魔王軍の幹部を助けたら、懐かれてしまった


 アルスの前に立ちはだかるのは、三頭の巨大な魔狼ガルムだった。

 普通の冒険者なら足がすくむような凶暴な魔物だが、今のアルスの体には先ほど飲んだ自作ポーションの力が満ち溢れている。


「……いける」


 アルスは地面に落ちていた手頃な枝を拾い上げると、無造作に振り抜いた。

 その瞬間、アルスの体から黄金のマナが噴き出し、ただの枝が聖剣のような輝きを放つ。


 一閃。


 たった一振りで、魔狼たちは悲鳴を上げる暇もなく消し飛ばされた。


「えっ、今ので倒せちゃうの?」


 アルス自身が一番驚いていた。

 【調合】スキルで高められた身体能力は、本人の想像を遥かに超えていたのだ。


 アルスは慌てて、倒れている少女の元へ駆け寄った。

 近くで見ると、彼女の負っている傷は凄まじかった。

 背中の黒い翼は半ば引き裂かれ、そこからどす黒い魔力が漏れ出している。


「……これは、高位の聖騎士による呪いの攻撃だ。普通の回復魔法じゃ、絶対に治せない」


 アルスは冷静に状況を分析した。

 だが、彼の手には、先ほど街道の薬草で作った『金色のポーション』がある。


 アルスは少女の体を抱き起こすと、その唇に瓶を当てた。


「頼む、効いてくれ……」


 黄金の液体が、少女の喉を通っていく。


 その瞬間、奇跡が起きた。


 少女の傷口から溢れていた黒い霧が、弾けるような光の粒子となって消えていく。

 引き裂かれた翼は、まるで時間を巻き戻したかのように再生し、青白かった彼女の肌に、みるみるうちに赤みが差した。


「……ん、あ…………」


 少女の瞼が、ゆっくりと持ち上がった。

 紅い瞳が、間近にあるアルスの顔を捉える。


「……お前、は……。私は、死んだはずでは……」

「よかった、気がついたんだね。気分はどうだい?」


 アルスが微笑むと、少女――リリスは、自分の体を確かめるように触り、驚愕に目を見開いた。


「な、なんだこれは!? 聖騎士に刻まれた死の呪いが……完全に消えているだと!? そんな馬鹿な、魔王様ですら解呪には数日かかると言っていたのに!」

「あはは、ただのポーションだよ。僕の【調合】で、ちょっと工夫して作ったんだ」

「【調合】……? 貴様、ふざけているのか! これは神の奇跡、あるいは伝説の秘薬の類だろう!」


 リリスは勢いよく立ち上がろうとしたが、あまりの回復の早さに脳が追いつかなかったのか、ふらりとアルスの胸の中に倒れ込んだ。


「わわっ、大丈夫?」


 アルスが慌ててその細い肩を支える。


「……っ!? な、ななな、何を、触れて……!」


 リリスの顔が、一瞬で耳まで真っ赤に染まった。

 彼女は魔王軍十二将の一人として、恐れられてきた存在だ。

 人間に、それも自分を救った得体の知れない青年に抱きしめられるなど、数百年の人生で初めての経験だった。


「……あ、あの、お前の名前は」

「僕はアルス。ただの調合師だよ」

「アル、ス……。……私はリリスだ。魔王軍の幹部を務めている」


 リリスは少しだけ顔を離したが、その手はアルスの服の袖をぎゅっと掴んだままだった。


「……助けられた恩は、魔族として返さねばならない。お前、行く宛はないのだろう?」

「まあ、クビになっちゃったばかりだからね」

「ならば、私が面倒を見てやる。……いや、その……私が、お前の側にいたいのだ。お前の作ったあの薬……すごく甘くて、温かかったから」


 そう言って俯くリリスの背中で、再生したばかりの黒い翼がパタパタと嬉しそうに揺れている。

 どうやら、最強の魔族の一人に懐かれてしまったらしい。


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