#椿002:教祖伝説開始 、私が神になる
──私は今日も聖女だった。
望んでいないのに、崇められている。
拒めば「悪魔め!神罰が下るぞ!」と脅され、
うなずけば「さすが聖女様」と持ち上げられる。
詰んでる。完全に詰んでる。
(どうしてこうなったの……誰かたすけて……)
豪華な天蓋付きベッドの上で、私は頭を抱えていた。
だが、私にはひとつだけ──昨日、覚醒した希望があった。
左目から放たれた光と、心に刻まれた言葉。
『神よ…その手が差し伸べるのなら、俺の影まで抱きしめてみせろ。
── Contradiction.』
神アニメ『堕光のカイ』の主人公カイ様が第十話で放った、魂のセリフ。
ただのアニメのセリフだけど、今の私にとっては、すがるべき本物の祈りだった。
私はベッドから起き上がり、鏡の前へ立つ。
右目を閉じ、左目にぐっと力を込めた。
「……我が眼はすでに覚醒している……」
誰に聞かせるわけでもない。ただ、自分を奮い立たせるための儀式。
いつものルーティン。
「万象よ、黙して我が視線を浴びよ。
灼き尽くすは理、そして秩序。
我が名はツバキ……灼瞳の神子。世界を燃やし、神を嘲る──」
ポーズを決める。完璧だ。
これさえやっておけば、辛い聖女生活も耐えられる。
「……なーんて。出るわけ……」
カッッッ!!!!
左目が熱を持った瞬間──視界が白く染まった。
ビーーー♡
「……デタ……」
──やっぱり、ビームが出た。
ジュウウウゥゥゥ……
何かが焦げる嫌な音とともに、部屋の一角が赤く染まっている。
恐る恐る視線を向けると──本棚に並べられた古びた聖典、
歴代の聖女の教えを記した“光の契約録”が、一瞬にして炭化していた。
「……あッ!」
私は慌てて駆け寄る。
左目がじんわりと熱を帯びて、涙が出てくる。
「やっば……!! 重要文化財じゃないのこれ!?」
触れた瞬間、灰と化した革表紙が、パラパラと虚しく床に崩れ落ちた。
(怒られる! 絶対怒られる……! どうする!? どう言い訳すれば!?
『すみません、目からビームが出て歴史を焼きました』? 即処刑だよ!!)
だが、その時だった。
「……聖女……様……?」
背後で、低く震えた声がした。
心臓が止まりかけた。
ギギギ、と油切れのロボットみたいに振り向く。
そこには、朝食のワゴンを押した侍女のローザが立ち尽くしていた。
目を見開き、胸元の十字架を白くなるほど強く握りしめている。
「ローザ……!? ち、違うの! これは!」
「……今のは……光の裁き……!」
「え?」
ローザの瞳が、怪しく輝き始めた。
「旧き契約を焼き尽くす、“新たな啓示”……!
やはり今の教団は腐敗していたのですね!?
だからこそ、聖女様が直接その御手で……!」
「ちょ、いつから見てたのッ!?
……恥ず……って違、あれは、ただアニメの──」
「いいえ! あの詠唱……間違いなく神託でした!
『我が眼はすでに覚醒している』……その一節、
書き残してもよろしいでしょうか!?」
「ぎゃあああ! 聞かれてたああ! 恥ずかしいい!!!」
私は頭を抱えてブンブンと振り回した。
聞かれた! あの中二ポエムを! フル詠唱で!
「申し訳ありません!! 私の記憶力では限界が!
今すぐ筆録隊を呼んできます!!」
「待って!? そんなの呼ばないで!?!?」
バタンッ!!
ローザはワゴンを放置して、全力疾走で廊下へ消えていった。
「…………」
扉が閉じた瞬間、残された私はただ、呆然と立ち尽くした。
静まり返る部屋。
床には、黒く焦げた本の残骸と、
世界が変わってしまった気配だけが残っていた。
私は小さく呟いた。
「……これ……普通にやばいな……」
◇◇◇
あれから、どれだけの時間が経ったのだろう。
私はひとり、部屋の隅で膝を抱えていた。
(お願いだから誤解であって……いや、あの勢いはもう……
教義にされてる未来しか見えない……)
心の中でカイ様に祈った。
でも帰ってくるのは静寂だけ。
天井が高い。逃げ場がない。
──バーンッ!!
扉が乱暴に開かれた。
「聖女様ァァーッ!!」
ローザが凄い勢いで帰ってきた。
ドアを開けたまま、ズザザザァッ!
とスライディングで私の前に膝をつく。
「ただいま戻りました!『カメリア聖典・第一章』の筆録が開始されました!!」
「カメリア!? 私の好きな花だけど! 勝手に聖典にしないで!!」
「すでに数名の修道士が、涙を流しながら御言葉を複写中です!」
「御言葉じゃないの!! あれはただのノリなの!! 朝のテンションなの!!」
「謙遜なさらないでください! では! 第一章、冒頭の一節をお聞きください」
「この人! 人の話しを聞かないタイプ!!」
ローザは懐から巻物を取り出し、高らかに読み上げた。
「『我が眼はすでに覚醒している……黙して視線を浴びよ。
灼き尽くすは理、そして秩序。』」
「うわああああバッチリ記録されてるぅううううう!?」
「やめてえええええぇぇぇぇぇ!!」
私は床にのたうち回った。
公開処刑だ。これぞまさに公開処刑。
ローザは止まらない。
「次に第二節──『世界を燃やし、神を嘲る──灼瞳の巫、ここに在り。』」
「これも記されるの!? 恥ずぅうあううううう!」
私は床に何度も頭を叩きつけた。
ゴンゴンゴンッ!
「素晴らしい……なんと激しい祈り……!」
ローザが感涙にむせんでいる。
(……だめだ、このままじゃ死ぬ。恥ずかしさで死ぬ)
(とりあえず椅子に座って落ち着こう……深呼吸だ、ツバキ)
私はふらふらと立ち上がり、近くの椅子へ向かった。
──ズルッ!
足元の焦げ跡(さっき私が焼いた本の灰)で、椅子の脚が滑った。
「あっ──」
ドガァッ!!
思いっきり、尻餅をついた。
尾てい骨に、ダイレクトな衝撃。
「ッッッ……!!(声にならない悲鳴)……っはぁ……」
私はお尻を押さえてうずくまった。
痛い。死ぬほど痛い。涙が出る。
でも──聖女が「お尻痛い」なんて言えない。
咄嗟に、口をついて出たのは──
「……いったぁ……!
……闇に堕ちた者は光を求める……だが私は、
闇に腰を据えようと玉座を求めて腰を落としたら、
そこにあったのは虚無──臀部に運命の審判が下された……」
……はっ。
やべ、ついカイ様のセリフ(のアレンジ)、口に出してしまった!
「あっ、今の忘れて!! アニメのセリフだから!!」
顔を上げると──
「聖女様……! なんと深遠な啓示……!」
ローザが目を輝かせ、両手を胸に当ててプルプル震えていた。
いや、違う違う違う。これはただのオタクの口癖で──
「いやいやいや、これ絶対誤解されるやつ!!」
ローザは腰に下げた小型ベルを鳴らした。
シャラン♪ シャラン♪ シャラン♪
「修道士! 【カメリア聖典 第一章・第三節】の筆録を開始します!!」
「は? 第三節? もう二節まで終わってたの? 早くない?」
修道士たちがぞろぞろ入ってきて、私の周りで羽ペンをカリカリ走らせ始めた。
怖い怖い怖い!
「これは“座の無き啓示”として記録します!
記せ!『闇に堕ちた者は光を求める。
しかし聖女は闇を玉座とし、
虚無の座に腰を落とし──臀部に神罰を受けた』!」
「……崇高……!」
修道士が羽ペンを落とし、両手を合わせて拝みだした。
「さらに追記──『臀部の痛みこそ魂の浄化なり』!」
「かしこまりました!」(カリカリカリ……!)
「いや違うってば! ただお尻を打っただけなの!!」
……こうして、カイ様の中二セリフは、“座の無き啓示”として、
しっかりカメリア聖典に組み込まれてしまった。
おそらく未来永劫、削除されることはない。
◇◇◇
──私は、知ってしまった。
この世界では、ノリで発した中二ワードが宗教になる。
侍女は震える指で完成した巻物を開き、うっとりと目を細めた。
「……聖女様の御言葉は、美しいですね……」
「あなたさ! もっと人の話に耳を傾けようよ!?」
──そしてその日。
私の“日常語録”は、カメリア聖典・第一章として正式に聖堂へ奉納された。
左目のビームは、教皇庁により「ホーリービーム♡」と名付けられた。
「ダサッ!? 名付けセンスぅ!?」
……こうして私は、完全に誤解されたまま、本物の聖女として崇められていく。
だけど、いい。本当の私は、知ってるから。
私はただのツバキ──
でも、今は「聖女ツバキ様」って呼ばれてるからには──やるしかない。
(サクラなら……きっとこうやって開き直るだろうしね。ふふふ……はぁ……)
この世界の神が偽物なら──私が、神になる。
いや、神アニメの布教者になる。
(ああ、カイ様。私は……今、確かに、あなたの影を受け入れた)
窓の外を見上げる。
どこまでも広がる空は、あのアニメのエンディングみたいに青かった。
──こうして、聖女ツバキの教祖伝説が始まった。
……まずは、お尻の痛みが引いてからだけど。
(つづく)
◇◇◇
──【今週のカイ様語録】──
『闇に堕ちた者は、光を求める。だが俺は、
闇に腰を据えようと玉座を求めて腰を落としたが、
そこにあったのは虚無──臀部に運命の審判が下された。』
【カメリア聖典 第一章・第三節・座の無き啓示】
聖女ツバキ様は語った──
「玉座を探す者は多い。だが、尻で世界を悟った者は少ない」
よって正座は神意。椅子は反逆。死刑。ケツも痛い。
ツバキ「言ってない! 言ってない!」




