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魔王の姉、はじめました。 ──〈魔王がポンコツだから私がやる。〉Re:Novel Edition  作者: さくらんぼん
第03章:【ツバキ】中二病、聖女ツバキだ…左目が疼く…
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#椿002:教祖伝説開始 、私が神になる

 ──私は今日も聖女だった。


 望んでいないのに、崇められている。

 拒めば「悪魔め!神罰が下るぞ!」と脅され、

 うなずけば「さすが聖女様」と持ち上げられる。


 詰んでる。完全に詰んでる。


(どうしてこうなったの……誰かたすけて……)


 豪華な天蓋付きベッドの上で、私は頭を抱えていた。

 だが、私にはひとつだけ──昨日、覚醒した希望があった。


 左目から放たれた光と、心に刻まれた言葉。


『神よ…その手が差し伸べるのなら、俺の影まで抱きしめてみせろ。

  ── Contradiction.』


 神アニメ『堕光のカイ』の主人公カイ様が第十話で放った、魂のセリフ。

 ただのアニメのセリフだけど、今の私にとっては、すがるべき本物の祈りだった。


 私はベッドから起き上がり、鏡の前へ立つ。

 右目を閉じ、左目にぐっと力を込めた。


「……我が眼はすでに覚醒している……」


 誰に聞かせるわけでもない。ただ、自分を奮い立たせるための儀式。

 いつものルーティン。


「万象よ、黙して我が視線を浴びよ。

 灼き尽くすは理、そして秩序。

 我が名はツバキ……灼瞳の神子。世界を燃やし、神を嘲る──」


 ポーズを決める。完璧だ。

 これさえやっておけば、辛い聖女生活も耐えられる。


「……なーんて。出るわけ……」


 カッッッ!!!!


 左目が熱を持った瞬間──視界が白く染まった。


 ビーーー♡


「……デタ……」


 ──やっぱり、ビームが出た。


 ジュウウウゥゥゥ……

 何かが焦げる嫌な音とともに、部屋の一角が赤く染まっている。


 恐る恐る視線を向けると──本棚に並べられた古びた聖典、

 歴代の聖女の教えを記した“光の契約録”が、一瞬にして炭化していた。


「……あッ!」


 私は慌てて駆け寄る。

 左目がじんわりと熱を帯びて、涙が出てくる。


「やっば……!! 重要文化財じゃないのこれ!?」


 触れた瞬間、灰と化した革表紙が、パラパラと虚しく床に崩れ落ちた。


(怒られる! 絶対怒られる……! どうする!? どう言い訳すれば!?

 『すみません、目からビームが出て歴史を焼きました』? 即処刑だよ!!)


 だが、その時だった。


「……聖女……様……?」


 背後で、低く震えた声がした。


 心臓が止まりかけた。

 ギギギ、と油切れのロボットみたいに振り向く。


 そこには、朝食のワゴンを押した侍女のローザが立ち尽くしていた。

 目を見開き、胸元の十字架を白くなるほど強く握りしめている。


「ローザ……!? ち、違うの! これは!」


「……今のは……光の裁き……!」


「え?」


 ローザの瞳が、怪しく輝き始めた。


「旧き契約を焼き尽くす、“新たな啓示”……!

 やはり今の教団は腐敗していたのですね!?

 だからこそ、聖女様が直接その御手で……!」


「ちょ、いつから見てたのッ!?

 ……恥ず……って違、あれは、ただアニメの──」


「いいえ! あの詠唱……間違いなく神託でした!

 『我が眼はすでに覚醒している』……その一節、

 書き残してもよろしいでしょうか!?」


「ぎゃあああ! 聞かれてたああ! 恥ずかしいい!!!」


 私は頭を抱えてブンブンと振り回した。

 聞かれた! あの中二ポエムを! フル詠唱で!


「申し訳ありません!! 私の記憶力では限界が!

 今すぐ筆録隊を呼んできます!!」


「待って!? そんなの呼ばないで!?!?」


 バタンッ!!


 ローザはワゴンを放置して、全力疾走で廊下へ消えていった。


「…………」


 扉が閉じた瞬間、残された私はただ、呆然と立ち尽くした。


 静まり返る部屋。

 床には、黒く焦げた本の残骸と、

 世界が変わってしまった気配だけが残っていた。


 私は小さく呟いた。


「……これ……普通にやばいな……」


◇◇◇


 あれから、どれだけの時間が経ったのだろう。

 私はひとり、部屋の隅で膝を抱えていた。


(お願いだから誤解であって……いや、あの勢いはもう……

 教義にされてる未来しか見えない……)


 心の中でカイ様に祈った。

 でも帰ってくるのは静寂だけ。

 天井が高い。逃げ場がない。


 ──バーンッ!!


 扉が乱暴に開かれた。


「聖女様ァァーッ!!」


 ローザが凄い勢いで帰ってきた。


 ドアを開けたまま、ズザザザァッ!

 とスライディングで私の前に膝をつく。


「ただいま戻りました!『カメリア聖典・第一章』の筆録が開始されました!!」


「カメリア!? 私の好きな花だけど! 勝手に聖典にしないで!!」


「すでに数名の修道士が、涙を流しながら御言葉を複写中です!」


「御言葉じゃないの!! あれはただのノリなの!! 朝のテンションなの!!」


「謙遜なさらないでください! では! 第一章、冒頭の一節をお聞きください」


「この人! 人の話しを聞かないタイプ!!」


 ローザは懐から巻物を取り出し、高らかに読み上げた。


「『我が眼はすでに覚醒している……黙して視線を浴びよ。

 灼き尽くすは理、そして秩序。』」


「うわああああバッチリ記録されてるぅううううう!?」

「やめてえええええぇぇぇぇぇ!!」


 私は床にのたうち回った。

 公開処刑だ。これぞまさに公開処刑。


 ローザは止まらない。


「次に第二節──『世界を燃やし、神を嘲る──灼瞳の巫、ここに在り。』」


「これも記されるの!? 恥ずぅうあううううう!」


 私は床に何度も頭を叩きつけた。

 ゴンゴンゴンッ!


「素晴らしい……なんと激しい祈り……!」

 ローザが感涙にむせんでいる。


(……だめだ、このままじゃ死ぬ。恥ずかしさで死ぬ)


(とりあえず椅子に座って落ち着こう……深呼吸だ、ツバキ)


 私はふらふらと立ち上がり、近くの椅子へ向かった。


 ──ズルッ!


 足元の焦げ跡(さっき私が焼いた本の灰)で、椅子の脚が滑った。


「あっ──」


 ドガァッ!!


 思いっきり、尻餅をついた。

 尾てい骨に、ダイレクトな衝撃。


「ッッッ……!!(声にならない悲鳴)……っはぁ……」


 私はお尻を押さえてうずくまった。

 痛い。死ぬほど痛い。涙が出る。


 でも──聖女が「お尻痛い」なんて言えない。

 

 咄嗟に、口をついて出たのは──


「……いったぁ……!

 ……闇に堕ちた者は光を求める……だが私は、

 闇に腰を据えようと玉座を求めて腰を落としたら、

 そこにあったのは虚無──臀部に運命の審判が下された……」


 ……はっ。

 やべ、ついカイ様のセリフ(のアレンジ)、口に出してしまった!


「あっ、今の忘れて!! アニメのセリフだから!!」


 顔を上げると──


「聖女様……! なんと深遠な啓示……!」


 ローザが目を輝かせ、両手を胸に当ててプルプル震えていた。


 いや、違う違う違う。これはただのオタクの口癖で──


「いやいやいや、これ絶対誤解されるやつ!!」


 ローザは腰に下げた小型ベルを鳴らした。


 シャラン♪ シャラン♪ シャラン♪


「修道士! 【カメリア聖典 第一章・第三節】の筆録を開始します!!」


「は? 第三節? もう二節まで終わってたの? 早くない?」


 修道士たちがぞろぞろ入ってきて、私の周りで羽ペンをカリカリ走らせ始めた。


 怖い怖い怖い!


「これは“座の無き啓示”として記録します!

 記せ!『闇に堕ちた者は光を求める。

 しかし聖女は闇を玉座とし、

 虚無の座に腰を落とし──臀部に神罰を受けた』!」


「……崇高……!」

 修道士が羽ペンを落とし、両手を合わせて拝みだした。


「さらに追記──『臀部の痛みこそ魂の浄化なり』!」


「かしこまりました!」(カリカリカリ……!)


「いや違うってば! ただお尻を打っただけなの!!」


 ……こうして、カイ様の中二セリフは、“座の無き啓示”として、

 しっかりカメリア聖典に組み込まれてしまった。


 おそらく未来永劫、削除されることはない。


◇◇◇


 ──私は、知ってしまった。


 この世界では、ノリで発した中二ワードが宗教になる。


 侍女は震える指で完成した巻物を開き、うっとりと目を細めた。


「……聖女様の御言葉は、美しいですね……」


「あなたさ! もっと人の話に耳を傾けようよ!?」


 ──そしてその日。


 私の“日常語録”は、カメリア聖典・第一章として正式に聖堂へ奉納された。


 左目のビームは、教皇庁により「ホーリービーム♡」と名付けられた。


「ダサッ!? 名付けセンスぅ!?」


 ……こうして私は、完全に誤解されたまま、本物の聖女として崇められていく。


 だけど、いい。本当の私は、知ってるから。


 私はただのツバキ──

 でも、今は「聖女ツバキ様」って呼ばれてるからには──やるしかない。


(サクラなら……きっとこうやって開き直るだろうしね。ふふふ……はぁ……)


 この世界の神が偽物なら──私が、神になる。

 いや、神アニメの布教者になる。


(ああ、カイ様。私は……今、確かに、あなたの影を受け入れた)


 窓の外を見上げる。

 どこまでも広がる空は、あのアニメのエンディングみたいに青かった。


 ──こうして、聖女ツバキの教祖伝説が始まった。

 ……まずは、お尻の痛みが引いてからだけど。



(つづく)



◇◇◇



──【今週のカイ様語録】──


『闇に堕ちた者は、光を求める。だが俺は、

 闇に腰を据えようと玉座を求めて腰を落としたが、

 そこにあったのは虚無──臀部に運命の審判が下された。』


【カメリア聖典 第一章・第三節・座の無き啓示】

 聖女ツバキ様は語った──

「玉座を探す者は多い。だが、尻で世界を悟った者は少ない」

 よって正座は神意。椅子は反逆。死刑。ケツも痛い。


ツバキ「言ってない! 言ってない!」

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